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過去の記憶とザクザクのユキ



ザクザク

ザクザク


踏みしめるたび音をならす、中途半端に溶けた雪。

俺は冬の終焉を告げる、こういう雪が大嫌いだった。


ブーツは濡れる。

足先は冷える。

風邪を引く。

おまけに泥と木の枝にまみれた水っぽい雪は、お世辞にも美しいとは言い難い。


つまるところ溶けかけた雪は、いいとこなんて一つもないのだ。


―少なくとも当時の俺にとっては。

…でもそんな事が全然気にならない程、その日の俺は有頂天だった。


初めて1人で魔物の討伐に成功したのだ。


…しかも、姉さんの助力一切なしで。

魔物のレベルもそこまで低級ってわけでもない。

さすがに上級ってわけでもなかったけど。

小型のウルフだったから、中の下という所か。


当時の俺は16歳。

年齢にしては上々の成果を上げて、俺は頬が緩むのを抑えきれなかった。


―俺を姉さんと比較して馬鹿にしてきたギルドの奴ら、ざまあねえな―

―報奨金で何を買おうかな―

―最初はやっぱり父さんと母さんの墓前になんか供えるべきか―

―これでやっと姉さんを見返せる―

―姉さん、どんな顔をするだろう―


等々。

千々に乱れるガキっぽい妄想で、俺の脳内はすっかり春色に染められていた。


ザクザク

ザクザク


音が鳴る。

白い山岳の隙間から、ようやく家の屋根が見えて来る。


―記憶はいつも、ここで途切れる。





ザクザクは、暗い。

自他ともに根暗と認める俺が、そう断言できるほど根暗なユキだ。


俺もユキを使役し始めてからもう5年になるが、アイツほど暗い性格のユキを見たことが無い。まあ、精霊の性格は使役者本人の性格や過去の記憶、イメージに強く影響されると聞いたことがあるので、突き詰めると俺の根暗の証明に過ぎないのかもしれないが。


それにしても、である。


白すぎてむしろ青い肌に、目をもっさりと覆う重めの前髪。

いつも膝を抱えながらぼんやりと浮いていて、目線は常に床の上。

話しかけても頑なに何も答えないので、一体何の能力を持っているのか未だに分からない。


彼女達を使役し始めてすでに3ヵ月半が経とうとしているというのに。

…恥ずかしがりやなのかもしれないが、さすがにもうそろそろ喋ってくれてもいいだろう。

―いい加減にしないと、春になってしまうぞ。


「なあ、ザクザク。…明後日ギルドに行って仕事を取ってこようかと思うんだが…。お前も一緒に来ないか?」

「…。」


沈黙。


「…ザクザクってさ、どんな能力もってるんだ?俺、気になるな~。…なーんて…。」

「…。」


沈黙。


「…別にトゲトゲやキンキンみたいに攻撃特化な能力じゃなくてもいいんだぞ。…フワフワやモコモコみたいに怪我修復の能力もすごくありがたいし…。」

「…。」


沈黙に次ぐ沈黙。


目線を上げようともしない。正に取りつく島がない、といった感じ。


「…ま、その気になったら教えてくれよ。」



俺はため息をついて、夕食の薬草スープの準備に取り掛かろうとした。

―だが腰を浮かせたその瞬間、妙な感覚に囚われた。


胸の中が、いきなり空っぽになった感じ。

膝が震える。

頭が重い。

こめかみの血管が、せわしなく痙攣するのを感じる。



…トントントン


部屋の中に、ノックの音が冷たく響く。


―幻聴だろうか?


いや、違う。

あの音からは、はっきりとした意思を感じる。


―あれは雹といってね。雪が固まってできた氷の塊なんだ―


生前の、母の言葉を思い出す。


―開けちゃいけないよ。絶対に―


脳内に鳴り響く母の言葉とは裏腹に、俺の身体は何かに取りつかれたようにドアの方へと向かっていた。


トントントン


ノックの音は止まらない。

赤茶けたドアノブに、俺はそっと手を掛ける。

その時。

何者かが、すごい力で俺の襟首を引っ張った。

振り返ると、ぼさぼさ頭のザクザクが、膝を抱えて浮いていた。


「―なっ…。」


俺の抗議の声を待たず、彼女はおもむろに目を上げると、俺の目をひたと見据えた。

分厚い前髪の隙間から、強い視線が俺を捉える。


「アケチャイケナイヨ。」


白いまつ毛に彩られた空虚な青い目。

氷河の氷のような透明な青。

その青が、俺の記憶を呼び覚ます。


「…うぁ、…あ…。」


溶けかけた雪に横たわる、姉の青白い顔。

その奥でうごめく、筋骨隆々の白い巨体。

爛々と光る金色の瞳。

肉を貪る赤い牙。


「ヒョウガ、キテルカラ。」

「…ど、どけっ!」


無表情に繰り返すザグザグを押しのけて、一気にドアを開け放つ。



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