カチカチのユキとキラキラのユキ
父と母が死んだのは、俺が10歳になったばかりの頃だ。
俺より3つ歳上の姉はしばらく落ち込んだ後、すぐに立ち直って魔導士ギルドで仕事を取って来るようになった。沈み込んで浮き上がれない俺を尻目に。
魔導士としてそれなりに有名だった父の血か、はたまた本人の資質か。姉はたちまち評判の腕利き魔導士として活躍し始めた。泣き言ひとつ言わず淡々と仕事に行く姉の背中を見送りながら、俺は一生この人に頭が上がらないんだろうな、と思ったことを覚えている。
―じゃあ、行ってくるからね。父さんと母さんの墓、綺麗にするの忘れんじゃないよ―
ハキハキとした声色。白いまつ毛に縁どられた、意思の強そうな青い瞳。
全く俺とは正反対の人だった。まさに、鉄の女。殺しても死なないような姉。
…そう信じていた。
―3年前に亡くなるまでは。
父と母が死んでから、墓の掃除は俺の日課だ。
1番右にある四角形の黒い石が父さんの墓で、真ん中にある五角形の灰色の石が母さんの墓。それから、一番左にある六角形の白い石が姉さんの墓だ。
3つの墓が整然と並ぶいつもの見慣れた光景。
…そのはずだったが、墓石を乾いた麻布で拭こうとした瞬間、なぜかちょっとした違和感を覚えた。
異様に綺麗なのだ。
どの石もつやつやと朝の光に照り映えて、まるで掃除は必要としてない様相だ。
いくら毎日掃除しているといっても、ここは風を遮る物がなにもない、いわば野ざらしの状態だ。ゴミが一つもついてないというのはどう考えてもおかしい。しかも最近、こういう事態が多発している。
俺はしばらく首を傾けて思案していたが、まあいいか。という結論に至った。
汚れているならともかく、綺麗ならそれにこしたことはない。
特に今日は掃除にエネルギーを使わなくて済むのはとても助かる。
何故かと言うと、今日は新しく結界を張りかえなければならない日だからだ。
結界は月一で張り替えているのだが、これが結構魔力を喰うのだ。
掃除用に持ってきたほうきの柄を雪の上にサクリと刺して、地面に六角形の魔方陣を描く。3つの墓の周りを廻るようにして。大きく、大きく。でも、正確に。
ぱぁんっ
乾いた音は、成功の合図だ。
透明な結界が、地面から墓を包むように立ち上る。
まるで薄い氷で出来た精緻な彫刻のように。
「カチカチ、お前の出番だ。結界を補強しろ!」
「はいな。」
四角い固そうなおかっぱ頭のユキ…カチカチが魔方陣に飛び込むと、頼りなかった結界が、3倍ほどに分厚くなった。
「よっしゃ。成功やね、マスター。どないですか?うちの腕前。」
「上出来。」
カチカチは防御に特化した優秀なユキだ。
これまでは姉の仕事だった結界張りを引き継いで3年経ったが、カチカチはこの3年で使役してきたどのユキよりも結界を強化することに長けている。
…いや、カチカチだけじゃない。
放出された魔力を針のように尖らせて攻撃力を増加させるトゲトゲや、魔力を冷却して敵を凍えさせるキンキンなど。
今年のユキは昨年までのユキよりも高い能力を持っている奴が多いようだ。
これも、俺の魔力が高まってきた証拠かもしれない。
―やるなら今年だ。
この冬こそ、勝負を決めてやる。
「マスタぁ、あたしはぁ?」
甲高い声色に振り返ると、ウエーブがかったポニーテールに、ゴチャゴチャ色んな飾りをとりつけた、派手なユキが浮かんでいた。
カチカチの双子の妹、キラキラだ。
はっきりとした顔立ちはそっくりだが、性格、能力は全く正反対と言える。
「キラキラ…。お前は結界補強できないだろ。家で皆と遊んでろ。邪魔すんな。」
「やぁだあ。姉さんばっかり使っちゃって。ずるいよ。あたしだってマスターのために働きたいのにぃ。」
「…だから今は必要ないって。大体物をキラキラさせる能力って何の役に立つんだ…。…まあ、敵の目くらましにはちょうどいいかもな。今は敵いないから家に帰れ。」
俺がそう言うと、キラキラは真っ赤になって怒り出した。
「…なにさ!もういいよ!みんな姉さん姉さんって!てゆーかカチカチって名前ダサすぎ。キラキラもだせえ!マスターってつくづくセンスゼロ。ばーか!」
キラキラは言いたいことを言うだけ言って、空の彼方へと飛び去った。
分厚い雲が太陽を遮り、辺りがさっと暗くなる。
「…ごめんなあマスター。でも、悪い子やないんよ。」
小さな掌で頭を抱え、カチカチが済まなそうに眉を下げる。
「…いや、いいんだ。わかってる。」
「…マスター?」
「…まいったな。みんな姉さん姉さんって、か…。」
俺は思わず頭を掻いた。似たようなセリフを、俺も過去に言ったことがあるからだ。
―なんだよ。皆姉さんばっかり褒めやがって。どうせ俺は落ちこぼれだよ―
…優秀な兄弟と比較されるのって、辛いんだよな。
俺も5年前姉さんと初めてギルドに行った時、散々比較されてどれだけ嫌な思いをしたか…。
まして双子だったらなおさらだ。
…帰ってきたら、ちょっとは優しい言葉をかけてやろう。
そう決心したにもかかわらず、その日キラキラは帰ってこなかった。
翌日。
俺はいつもより早くに目が覚めた。
思い立ち、俺の周りに浮かぶユキ達を数えてみる。
1、2、3、4、5、6、7、8、9
…9人。
やっぱりキラキラは帰っていない。
俺はため息をついて、何とはなしに窓の外をちらりと見た。
透き通るような青い空の下、3つ墓が並んでいる。
いつもの光景だ。
―…いや?
あれは、何だ?
父さんの黒い墓石の周りで、なにか白い虫のようなものが飛び回っている。
でも、虫にしては何か変だ。
頭のところにゴテゴテと、光る飾りのような物が沢山ついている。
―キラキラだ。
キラキラが手でそっと撫でると、木の屑や泥がこびりついた墓石が端から綺麗になっていく。綺麗になった墓石は、朝日にキラキラ輝いて、まるで宝石のようだった。
「キラキラ…。」
「あの子、最近毎日のように墓石綺麗にしてるんよ。姉バカかもしれんけど、あの子、物を綺麗にすることにかけては誰にだって負けへんよ。でも意地っ張りだから、マスターには絶対に言うなって。全く、けったいな性格よねえ。」
カチカチが、眩しそうに眼を細めながら窓の外を見遣る。
「…ごめん。気づいてやれなくて。役に立たないなんて言って…。頑張ってたんだよな。…俺の見えない所で。」
「キラキラもマスターも不器用やからね。そっくりですわ。2人とも。」
カチカチはそう言って、嬉しそうに目じりを下げた。