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ノックの音とフワフワのユキ


トントントン


冬の嵐が吹きすさぶ夜。

温かいシチューの匂いが広がる部屋に、乾いたノックの音が響いた。



「誰だろう。お客さんかな。」


そう言って俺が鳴りやまぬドアに近づいて行くと、母は俺を両手で抱きすくめ、珍しく厳しい口調で言った。


「あれは雹といってね。雪が固まってできた氷の塊なんだ。それが風に吹かれてドアを叩くと、あんな音が出る。開けちゃいけないよ。絶対に。」


母の声は少し震えているようだった。

いつも明るい母の弱気な態度に違和感を覚えながらも、俺は大人しく食卓に戻った。


トントントン


いつもは穏やかな父が、頬を神経質に引きつらせる。

いつもは騒がしい姉が、シチュー皿を凝視したまま何か考え込んでいる。

奇妙な違和感を覚えつつも、俺は黙ってスプーンを動かし続けた。


トントントン


…ノックの音がする。だがあれは雹じゃない。

今の俺なら、知っている。


…あれは―





「先輩!開けて下さいよ~!僕です!クサカです~!」


能天気な声で強制的にまどろみから意識を引き起こされる。


…なんて最低な目覚めだ。

汗で額に張り付いた髪を横にはらいつつ窓に目を移すと、昨日とは打って変わって明るい陽射しが射している。

映し出される空っぽのダイニングテーブル。4人分のチェア。

…最悪だ。昔の夢を見るなんて。


「マスター、大丈夫ですか?大分うなされてましたけど…。」


髪にゆるいウェーブがかかったユキ…フワフワが、心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫だ。…それよりアイツ。ドアの外にいるアイツ。」

「もう10分くらいドアを叩き続けてますよ。全然めげません。マスター、あの方に居留守は通じないと思います。」

「…。」


居留守を使おうと思っていることが見透かされている。

髪がふわふわしてるからフワフワと名付けたが、性格は全然ふわふわしていない。むしろ厳しい姉御タイプだ。


「ほら、嫌なことはさっさと終わらせた方がいいですよ。」


そう言ってフワフワは、マッチ棒くらいの腕で俺の服をぐいと引っ張った。

やっぱり俺は、クサカの言う通り名づけのセンスが欠落しているのかもしれない。





「先輩、ドア開けるの遅いっすよ~。凍え死ぬかと思った~。マジで。」


クサカはそう言って口を尖らせ、身体に積もった雪を遠慮なく床にまき散らしながらズカズカ部屋に入ってきた。


「…凍え死ねばよかったのに…。」

「え?何か言いました?」


普段はいやに耳がいいくせに、都合の悪い言葉は聞こえないようだ。


「…それよりお前何の用だ。何で俺の家知ってんだよ。」

「ギルドマスターに聞きました。あの人いい人っすよね~。」


クサカのギルドマスターへの好感度が上がるのに比例して、俺のギルドマスターに対する失望感が増していく。…こんなに他人の個人情報をペラペラしゃべる人だったか?研究熱心な偏屈親父だと思っていたが…。人嫌いそうな所に親近感を感じていたのに、俺の勘違いだったのだろうか。

…まあ、こいつ頭悪そうだから、すぐ忘れると思ってつい色々喋ってしまうのかもしれないな。きっとオウムに打ち明け話しちゃうような感覚だ。うんうん、そうに違いない。


「ほら、忘れないうちに渡しときますよ。」


そんな俺の思惑も露知らず、クサカがそう言って、手のひらサイズの麻袋をぽいと投げてよこした。掌に、ずっしりとした金属の重みを感じる。


「分け前ですよ。昨日の報酬の。嵐が来そうだからってギルドハウスに報告しないまま引き上げたでしょう?今日朝一で報告にいってきたんですよ。僕。」

「おい。分け前って…。俺が1人で倒しただろ。お前にやる分け前なんて一銭もねーからな。」

「そんなぁ。僕頑張って声援を送ったじゃないですか~。」


図々しい。厚顔無恥って言葉は、こいつの為にあるんじゃないか?

俺はすうっと息を吸い込んで、クサカに思いっきり否定の言葉を投げつけてやろうとしたその時、それまで黙って傍に浮いていたフワフワが口を挟んできた。


「マスター、わざわざこんな山奥まで報酬を持ってきていただいたのですから、然るべきお礼をお支払すべきだと思いますが…。」

「うっ…、フワフワ!お前は黙っとけ!」

「あ、新しい精霊ちゃんだ。フワフワちゃん?ゆるふわパーマのお姉さん系。うーん、いいねえ。」

「お前は何でもいいんだろ!」

「何でもいいなんてことはないですよ。可愛い子限定です。…あ、お姉さん系といえば、先輩。先輩のお姉さんはどこにいるんです?今出かけてるんですか?実は分け前よりもお姉さんを見るのが主な目的だったりして…。」


そう言ってクサカは、辺りをキョロキョロ見回した。好奇心いっぱいのキラキラした瞳で。

一方の俺は、どんよりとした気持ちで下を向いた。…姉の話はこりごりだ。


汚い床。

独り暮らしで掃除をさぼっている為、床にはそこらじゅうに埃が溜まっている。

そして埃の下には、かつて刻まれた無数の爪痕が隠されている。爪痕の縁にこびりついた赤黒い血も。

いくら掃除をしようがとれやしない。

振り払っても振り払っても。


トントントン


ノックの音がする。

―アイツが、来る。


「…いねえよ。」


絞り出すように答えた。


「え?」


クサカが聞きかえす。都合の悪い言葉は聞き取れないのだ。

全くいいご身分だ。のんきそうな顔しやがって。

会ったばっかりのギルドマスターとも、俺より親しくなりやがって。

どうせ皆に愛されて、幸せに育ってきたんだろう。

劣等感が胸を焦がす。頭がかあっと熱くなる。


「…帰れよ。」


低音のしわがれた声。

でも、今度はちゃんと聞こえたようだ。クサカがポカンとした顔をした。


「分け前なら渡す。四分の一でいいか?」


俺は適当に金を分け、有無を言わさず押し付けた。


「…先輩ちょっと待ってくださいよ。」

「帰れ。」


まだ少し雪が残る濡れた肩を押し出して、無理やりにドアを閉めた。

騒がしかった部屋が一瞬にして静まり返る。


フワフワが音もなく飛んできて、耳元でそっと呟いた。


「マスター、せっかく持って来て下さったのに…。」


うるさい。俺は独りが好きなんだ。

死ぬまでこの家に引きこもり、同じことを繰り返すんだ。

あの、醜い魔物のせいで。


…トントントン


ノックの音が聞こえた気がした。

もしかしたら、クサカがまだいるのかもしれない。

そう思ってそっとドアを開けてみたが、誰もいない。


いつもの通り、白い雪原に小さな墓が3つ仲良く並んでいるだけだ。

青空の中ふわふわと踊る風花が、回り回って俺の頬にピタリと止まる。

俺は首を大きく振るい、バタンとドアを閉め切った。


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