新人クサカとモコモコのユキ
しんしん
しんしん
倒れ伏したケルベロスの死体に雪がつもる。
真っ白な雪は奴の血濡れの身体に触れるや否や、どす黒い赤に色を変えた。
「帰るぞ。」
そう言って踵を返す。するとトゲトゲとキンキンが、慌てたようについて来た。
それから、あのくそいまいましい新人魔導士も。
「待ってください!先輩!すばらしい腕前ですね!僕感動しました!」
クサカと名乗るそいつは今日朝一でギルドに入って仲間を探していたらしい。
…しかし待てど暮らせど人はこず、諦めかけた所に外で声がしたので、勢い込んでドアを開けたら俺がいた…らしい。
全くいい迷惑だ。
俺は勿論こんな知らん奴とモンスター討伐に行くのは嫌だったが、こいつの積極性とギルドマスターの「いいじゃん、先輩面倒見てやってよと」の無責任な一言に抗いきれず、結局は一緒に来ることになってしまった。
くそ、こんなコミュ力のあるやつが、なぜこんな山奥で魔導士になるという選択をしたんだ…?
「ギルドマスターが言ってたんですけど、先輩のお姉さん、すごく優秀な魔導士だそうですね。しかも美人だとか…。」
新人のくせにギルドマスターからもう俺に関する情報を得ている。なんというコミュ力。こいつは明らかに職業選択を間違えている。
「でも3年前くらいから全然ギルドにこないんでしょう?どうしていらっしゃるんです?僕遊びに行きたいな~。美人の天才魔導士見てみたいです!ねえ先輩!行ってもいいですよね?」
全く以て不条理だ。
「それはそうと、先輩が使う雪の精霊二人とも可愛いですね~!名前って何ていうんです?」
世の中は不条理で満ちている。
話しかけてもほとんど反応のない俺の態度に全くめげることなく、クサカの質問攻撃は降り止むことが無い。
「あ、そういえば先輩って―」
「……トゲトゲ…と、キンキン…。」
無視していたら永遠に問いかけ続けそうなそいつを黙らせる為、俺はようやく重い口を開いた。
「え?何ですか?トゲ…?」
「…トゲトゲと、キンキン!…精霊の名前だよ。髪がトゲトゲしてるのがトゲトゲで、声が甲高くてうるさそうなのがキンキン!わかったら二度と話しかけんな!」
クサカは一瞬ポカンと呆けた後、やっぱりそのまま話し続けた。メンタルが半端なく強靭。
というか物事を深く考えない。傷つく繊細さを持ち合わせていない。リア充はこれだから怖い。
「いやいや先輩。お言葉ですが、その名前はないでしょう。せっかくこんなに可愛らしいのに。」
「…。」
「僕だったら、もっとカッコいい名前を付けるけどな~。」
尚も言い募るクサカを放っておいて、俺は黙って天を仰いだ。
しんしん
雪はどんどん振り続ける。
この分だと、明日には嵐になるかもしれない。
しんしんしん
「…マスター、…ここにいたんですね…。よかった…。」
幻聴かと思うほどか細い声に振り返ると、そこには羽のついた銀色のマリモが飛んでいた。
―しかし、否。マリモではない。
ぐるぐるとした重い天然パーマが特徴の雪の精霊。
俺の使役する10人のユキの内の1人だ。名前はまだない。
「あ、また雪の精霊だ!この子も先輩が使役してるんですか?一体何人使ってるんです?まったく浮気性だな~。僕は一途だから一人しか使役してないですよ。まあ、魔力が足りなくて一人使役するのが精いっぱいとも言えますけどね~、あはは。」
「…どうしたんだよ。何かあったのか。」
「いえ…。…ただ、嵐になりそうで。…帰りも遅いし…。心配、だったんです。」
天パのユキはちょっと頬を赤くして、俯きながらそう言った。
「うわっ!かわいいっ!」
その言葉に、クサカが大げさに後ずさった。
「いいなー!かわいいなあ。トゲトゲちゃんのきつい目つきもかわいいし、キンキンちゃんの快活な感じもかわいいけど、この子のオドオドした感じもいいね!」
「…お前、ちょっと黙っとけよ。うるさい。」
「先輩、この子の名前はなんていうんです?トゲトゲ、キンキンときたら…オドオドとか?」
「…。」
クサカはザクザクと雪を蹴散らしながら、ぺらぺらと勝手なことを喋り散らす。
しかしこの天パの精霊は、トゲトゲやキンキンのように人間に慣れていないのか、助けを求めるように俺を見る。
「…オドオドでもビクビクでもない。まだ、つけてねーよ。」
「え?先輩、それはないですわ。」
クサカは呆れたように言い放った。
「いやいや、精霊にとっても主人にとっても、名前ってのは大切でしょう?大切なアイデンテティーですよ。特に雪の精霊は、他の精霊と違って自然の雪との境界が曖昧だから、名前が無いと自我を保ちにくいってギルドマスターも言ってましたよ!」
「…。」
その通りなのだが、こいつに正論を言われると物凄くイラつくのはなぜだろう。押し黙る俺の怒りのオーラが伝わったのか、天パのユキが申し訳なさそうに俺を見る。
しんしんしん
しんしんしん
もこもこもこ
しんしんと雪がつもり、もこもこと頭が丸くなる。細いからだにくっ付いた、でかい頭だけがどんどんと大きくなっていく。まるで、不恰好な雪ダルマみたいに。
「…モコモコ。うん。モコモコでいいかな…。」
俺が思わず呟くと、隣を歩くクサカからすぐさま反論が飛んできた。
「…え?モコモコ?…先輩。それはないっすわ。どうせ頭がモコモコしてるから、とかでしょ。単純だな~。僕だったらもっと…。」
「うるせー!そもそもお前、いつまでついてくるんだよ!」
しんしんしん
しんしんしん
降り積もる雪の中、俺の拳ぐらいに膨らんだ頭を軽く揺らして、モコモコがひっそりはにかんだ。その様子が如何にも嬉しそうだったので、俺も思わず、ほんの少し。
口をゆがめて笑ってしまった。