ルドラス・パリス・アポカリプスとトゲトゲのユキ
銀色の髪の毛は、光を受けてさらさらと揺れる。
肌の色は何処までも白く、瞳の色は何処までも青い。
小指くらいのサイズしかない、触れば今にも溶けてしまいそうな少女。
―ルドラス・パリス・アポカリプス
俺が初めて使役したユキにつけた名前だ。
この名を思い出すと、俺は死にたくなる。いろんな意味で。
「ああああ…死にてえええ~」
嫌な記憶を思い出し、俺はスープ皿を洗いながら顔を歪めてそう呟いた。
つららのようにとがった銀髪を肩まで垂らした一人のユキが、それを聞きつけこう言った。
「死ぬのはいいけど、死ぬ前に早く名前を付けてよね!じゃないと契約成立しなくて私たち溶けちゃうじゃない!」
青い目を怒らせて、小指の爪のカケラくらいの握り拳を振り上げる。
と同時に、垂れていた髪がいきり立ち、針のように逆立つ。
…あのトゲトゲの髪に、刺さったら痛いだろうな。きっと攻撃特化型のユキだ。
「じゃあ…、お前はトゲトゲ…、でいいかな。」
「よくないっ!」
「なんでだよ。ぴったりなのに…。」
「もっとカッコいい名前じゃなきゃイヤ!」
そう言って頬をふくらまし、ぷいっと横を向きやがった。
きたよ。カッコいい名前。カッコよさげな名前を付けたら付けたで「うわぁ…それはないわ」みたいな顔するくせに!俺にはわかってるんだよ!
―げえ!あんたそれが本当にカッコイイと思ってるわけ?そのセンスの無さは、一体誰から受け継いだんだか―
いつも自信満々だった姉。だがその自信は決して根拠のないものではなく、実際あいつは優秀だった。姉としても。魔導士としても。復讐者としても―
…何から何まで、俺と正反対だったな。
そう自嘲して皿を布で拭いていると、髪になだらかなウエーブがかかった、おとなしそうなユキがおっとりとした口調で諭すように言った。
「でもマスター、確か今日こそ稼ぎに行くんでしょう?名前がないままだと私たち、思うように力が発揮できませんよ。」
おっとりした口調でも、言ってることは結構厳しい。
…俺は黙ったまま、ゆっくりと頷いた。
そうなのだ。ユキ達も働け働けうるさいし、食糧も尽きかけてきたので俺はようやく今日働きに行く予定を立てた。
正直、物凄く嫌だ。おっくうだ。俺は独りが好きだ。家の中が好きだ。人間は嫌いだ。
しかし俺の得意な氷の魔法は冬の間最も効果が高いから、今ちょっとは働かないと、来年の生活に確実な支障が出る。まあ、来年まで生きていられたらの話だが…。
唯でさえ食料が少なくて、今俺はびっくりするほどガリガリだ。体の4分の3は、薬草スープとひなびた人参で出来ている。このまま家に引きこもっていれば、飢え死にするかもしれない…。冗談抜きで。
…なあに、この地方の冬は厳しい。この時期にモンスターを狩りに行こうなんて奴は、夏に比べりゃ大分少ないはずだ。それにこんな山奥の魔導士ギルドの奴なんて、俺も含めて引きこもり気質の奴ばっかりだし…。
…無理に自分を鼓舞しても、俺の心はイライラと尖ったままだ。まるで目の前をフワフワ浮かぶ、こいつの頭みたいだな…。
頭の主は不躾な視線に気づいたのか、ちりりと刺すように俺を睨んだ。
トゲトゲの髪に鋭い瞳、小生意気な態度。
うん、トゲトゲだ。
「じゃあ、いいよ。今日はトゲトゲだけを連れていく。なーにみんな心配しなくても、名前なんてちょいちょいとすぐ決めてやるよ。」
「え、ちょっと待ってよ。トゲトゲで決定なの?!」
焦るトゲトゲを軽く無視して、俺は外出用の魔道ローブを探しに倉庫の奥へとひっこんだ。
やっとのことで見つかったローブは白い埃が積もっていて、振るうと狭い倉庫中に舞い立った。
もくもくもく
それをぼんやり見ていると、文句の一つでも垂れに来たのだろうトゲトゲが、コホンと一つ咳をして、俺の方をぴりりと睨んだ。
その眼差しが姉に似ているような気がして、俺は思わず目をしばたいた。