1-顕現-
…コ…、…コ…、ハ……?
…ナ、ニ、モ、オ、モ、イダセナイ…。
グッ…!…アタマガ、イタイ…。
ン…? アタマ…?アタまとはなんだ…?
…………………………。
……ああ………頭か……。
「…、ここは何処だ?」
ゆっくりと目を開く。
そこは深い森の中であった。辺りには全く人の気配が無く、日の光もあまり届かず薄暗い…。
身体の節々がチクチクとした痛みがあり、そして重い。視界もぼやけて見える。
「私は…………………、誰だ?」
一人、声が虚しく消えていく。
自身が何者か、という記憶がない。
「誰も、答えてはくれないのか…」
ふと、座っている目の前の林が大きく揺れた。
「?…だれだ?」
『グルルル……』
ガサりと林が割れ、そこから出てきたのは黒い獣であった…。
凍てつくような瞳。
ひと咬みで腕や脚等は容易く持っていくであろう鋭い犬歯。
片足で成人男性の胴回り程もある強靭そうな脚。
…信じられない程の巨体を持つ狼である。
それがこちらを睨みながらゆっくりと迫ってくる…。それが友好的でないという事は確認するまでもなく分かった。
『グルアアアァ!!!!』
口の端から涎を垂らしながら数歩の距離を一瞬で詰め、飛びかかってきた。
食い殺さんとする狼に対し、男が己を庇うかの様に自然とあげた腕に、飛びかかる狼はそのまま食らいつく。
が…、
『グラァ……!!?』
引きちぎられると思われた男の腕はまさかの無傷でそれどころか犬歯すら突き刺さらずそれを押し返していた。
男はそれを物珍しそうに他人事の様に見ながら狼の頭をもう片方の手で掴む。
「…!!!」
狼はこの瞬間、喧嘩を吹っ掛けてはならない相手だと言うことに、遅くも気付かされた。
慌てて逃げ出そうとする狼に対して男の腕は万力の様にギリギリと絞まっていく。
それでも逃げようと地面を蹴るが男の体はびくとも動かず焦ったように地面をガリガリと削る音が聞こえる。
「…グギィィィッ」
バコッ!!っという音と共に狼の頭が男の力に耐えきれず砕け、狼の頭部を潰したしたツンとする血の臭いが辺りを覆う。
狼の身体は一瞬ビクッと痙攣した後に動かなくなった…。
それを無感情に見据え興味を失ったかの様にその場に立った。
まだ身体が本調子じゃ無いのかフラフラしている。
そしてその感触を確かめる様にゆっくりと一歩一歩、歩き始めた。
「そうか、知らないか………………。
なら他の者にも聞いて回るとしよう…。」
鷹の様に鋭い目が辺りの茂みに目をおくる。
すると、タイミングを計らっていた狼らが慌てて森の奥へと逃げていく。
興がそれたかの様に元の方向を向いた。
手にベットリと付着した血を気にする素振りもぜず、迷彩服を着た男が森の奥へと消えていった…。