第八章 祭りは突然始まる
ノアは、窓の外を見て現実逃避を始めた。
「……なんで祭り?」
つい昨日まで、
学院は「静かに、刺激するな、視線を合わせるな」という
超・張り詰めモードだったはずだ。
なのに今。
太鼓ドンドン。
笛ピーヒャラ。
花火ドーン。
「学院祭じゃないよね……?」
寮の外に出ると、答えはすぐ出た。
「見ろ! 主役が来たぞ!」
「音量、最大でいけ!」
「いや、まだ足りない!」
「やめて!? 俺を基準にするの!」
学院の中庭は、完全におかしくなっていた。
屋台が百軒以上。
なぜか回転する噴水。
空には浮遊する垂れ幕。
《祝・なんとなくノアが静かじゃなくなった記念祭》
「記念じゃない!」
しかも、全員必死だ。
「もっと盛り上げろ!」
「彼の表情が曇ったぞ!」
「笑わせろ! 世界が危ない!」
ノアは頭を抱えた。
「俺、ピエロ役なの!?」
まず最初に巻き込まれたのは、屋台だった。
「ノア様! 焼き串です!」
「普通に呼んで!」
受け取った瞬間。
焼き串が七色に光った。
「え?」
「今のは!?」
「何もしてない! 肉焼いただけ!」
屋台の親父が震える。
「……肉が、進化した……」
「進化しなくていい!」
次の屋台。
「くじ引きです! 一等は伝説の剣!」
「いや、いらな――」
引いた瞬間。
全てのくじが一等になった。
「え?」
「え?」
「え?」
客が殺到する。
「ノアが引いた!」
「当たりが増えた!」
「確率が壊れた!」
「確率を壊すな!」
ステージでは、即席劇が始まっていた。
「さあ! ノア様を讃える即興劇です!」
「聞いてない!」
役者が叫ぶ。
「魔王が現れたぞ!」
魔王役が登場――した瞬間。
「……あ、やっぱ無理です」
魔王役、土下座。
「ごめんなさい!」
「俺、何も言ってない!」
観客が拍手喝采。
「さすがノア様!」
「存在だけで魔王を折った!」
「折ってない! 心が弱かっただけ!」
空では、花火が暴走していた。
ハート。
星。
なぜかノアの顔。
「誰の許可!?」
研究主任が叫ぶ。
「世界が自主的に!」
「自主的にやるな!」
学院長は胃を押さえながら言った。
「……とにかく、彼を楽しませろ」
「基準が分かりません!」
「分からないから困っている!」
その頃ノア。
ベンチに座って、ぐったりしていた。
「……もう、疲れた」
その一言で。
祭りのテンションが一段階下がった。
太鼓が弱くなり、
花火が小さくなり、
屋台が控えめになる。
「……あれ?」
ノアは目を瞬いた。
「もしかして……俺の気分、反映されてる?」
誰も答えない。
全員、全力で目を逸らした。
ノアは、深くため息をついた。
「……じゃあさ」
全員、固唾を呑む。
「普通でいいよ。
無理に盛り上げなくていい」
世界が、迷った。
太鼓が止まるか止まらないかの瀬戸際。
そして――
屋台が一斉に半額になった。
「そこは引くんじゃないの!?」
観客、歓声。
「半額最高!」
「普通ってこういうことか!」
「違う! 解釈がズレてる!」
ノアは笑ってしまった。
「……もういいや」
その笑顔に反応して、
花火が一発、優しく上がった。
派手じゃない。
でも、きれいだった。
「……これくらいで、いいんだよ」
世界は、その言葉を――
少しだけ、理解した気がした。
たぶん。
ほんの、一瞬だけ。




