第五章 世界は君を見ている
ノアは、なぜか学院の正門前に立っていた。
隣には、筋骨隆々の男。
「よろしくな、ノア」
「……えっと、どちらさまですか?」
「冒険者のガルドだ。
今日からお前の“同行監視役”を任された」
「監視」
「学院長の言い方だと
『被害が学院外に出る前に確認』らしい」
「俺、災害扱いされてません?」
ガルドは笑った。
「大丈夫だ。
街一つ吹き飛ばすやつは、もっと無表情だ」
安心できない。
任務内容は単純だった。
魔獣出没の調査。
「戦闘は俺がやる。
お前は後ろで見てろ」
「助かります」
森に入ってすぐ、異変は起きた。
「……静かすぎないか?」
ガルドが眉をひそめる。
風がない。
鳥の声も、虫の音もない。
ノアは思った。
(皆、隠れてるのかな)
――正確には、
全員、気配を消していた。
少し進むと、魔獣が現れた。
巨大な狼型。
学院指定危険度「B+」。
「来るぞ!」
ガルドが剣を抜く。
魔獣が吠え、魔力が膨れ上がる。
「お前は下がれ!」
「はい!」
ノアは素直に下がった。
(ガルドさん、無事だといいな)
その瞬間。
魔獣の足が、もつれた。
「――ギャウ!?」
転倒。
地面に顔から突っ込む。
「……は?」
ガルドの剣が止まる。
魔獣は起き上がろうとして、
また転ぶ。
「ギャ、ギャウ……?」
完全に混乱していた。
「……なんだ、これ」
ノアは首をかしげる。
「ぬかるんでたのかな」
ぬかるんでいない。
地面は乾いている。
ガルドは、剣を構え直した。
「……まあ、いい。倒す!」
突撃。
剣が振り下ろされる――直前。
魔獣が、伏せた。
「……降参?」
「ギャウ……」
完全に戦意喪失。
ガルドは剣を下ろした。
「……なあ、ノア」
「はい」
「今、何考えた?」
「え?」
ノアは正直に答える。
「ケガ人、出ないといいなって」
ガルドは、遠くを見る目になった。
「……そうか」
任務は、それだけでは終わらなかった。
帰路、別の魔獣の群れに遭遇。
「今度は多いぞ!」
「数、減らせたらいいですね」
ノアがぽつり。
――次の瞬間。
魔獣たちが、自然解散した。
「え?」
「帰った?」
「……帰ったな」
理由:
なんとなく嫌な予感がしたから。
ガルドは、ノアを見る。
「なあ……」
「はい」
「お前、自分が見られてる自覚あるか?」
「誰にですか?」
「世界に、だ」
ノアは笑った。
「大げさですよ」
そのとき。
空が、ほんの一瞬だけ歪んだ。
ガルドは見逃さなかった。
「……はは」
「?」
「いや、なんでもない」
王都に戻ると、すでに噂が広がっていた。
「魔獣が逃げた?」
「討伐なしで?」
「同行してたの、あの研究生だろ?」
ノアは耳を塞ぎたくなった。
(俺、何もしてないんだけど……)
学院に戻ると、
教員たちがずらりと並んでいた。
「無事だったか」
「はい」
「被害は?」
「ありません」
教員たちがざわつく。
「B+指定区域で?」
「はい」
学院長が、静かに言った。
「……報告書は?」
ガルドが答える。
「魔獣、全撤退」
「理由は?」
ガルドは一拍置いて、
「……本人が後ろにいたからです」
ノアは慌てる。
「違います! たまたまです!」
学院長は、深く息を吸った。
「ノア・リーヴェン」
「はい!」
「君は、
世界にとっての“変数”だ」
「変数……?」
「計算できない存在という意味だ」
ノアは考え込んだ。
「……迷惑ですか?」
沈黙。
そして、学院長は言った。
「いや」
「?」
「目が離せない」
ノアは頭を抱えた。
「静かに学院生活、送りたいだけなのに……」
その願いに、
世界は――
笑うように、応えなかった。




