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序章 魔力ゼロの少年


 辺境村セルナは、地図の端に小さく記されるだけの村だった。

 山と森に囲まれ、特別な産業も名所もない。だが、暮らすには不自由のない場所だ。


 ノア・リーヴェンは、その村で生まれ育った。


 朝は畑に出て、昼は井戸水を汲み、夕方には壊れた柵を直す。

 誰に頼まれたわけでもないが、気づけばそうしていた。


「ノア、悪いね。これもお願いしていいかい?」


「うん、大丈夫」


 村人に声をかけられるたび、ノアは笑ってうなずく。

 断る理由も、急ぐ用事もなかった。


 魔法が使えない――それが、彼の日常だった。


 セルナ村では、子どもでも簡単な魔法が使える者が多い。

 火を灯す、風を起こす、水を冷やす。生活魔法と呼ばれる、ごく初歩的なものだ。


 夕暮れ時、広場では子どもたちが競い合うように火花を散らしていた。


「見て、こんなに大きくなった!」


「すごい! もう大人みたいだ!」


 歓声の中、ノアは少し離れた場所で木箱を運んでいた。

 ちらりと視線を向けるが、すぐに作業に戻る。


(相変わらず、きれいだな)


 羨ましいとは思う。

 だが、悔しいとか、妬ましいとか、そういう感情は不思議と湧かなかった。


 自分には向いていなかった。

 ただ、それだけのことだ。


 夜、ノアは畑の端に腰を下ろし、空を見上げる。

 星は多く、月は明るい。


「今年も、ちゃんと実るといいな」


 そう呟いただけだった。


 翌朝、畑の作物は一斉に芽吹いていた。

 まるで、待っていたかのように。


「……あれ?」


 ノアは首をかしげる。

 確かに水も肥料も十分だったが、ここまで揃うのは珍しい。


「まあ、土が良かったのかな」


 彼は深く考えず、再び作業に戻った。


 村の井戸が枯れかけた日も、同じだった。


「このままだと、数日もたないかもしれないね」


 不安げな村長の声を聞きながら、ノアは井戸を覗き込む。


(どうにか、もってくれたらいいけど)


 それだけを思った。


 翌日、井戸水は元通りになっていた。

 村人たちは「地下水脈が動いたんだろう」と納得し、ノアもそれを信じた。


 魔法じゃない。

 自分には関係ない話だ。


 そんなある日、王都からの使者が村を訪れた。


「王立魔法学院より、適性検査の通達だ。対象年齢の者は全員、参加すること」


 広場がざわつく。

 魔法学院は、魔法使いにとって最高の進路だ。


「ノアも行くんだろう?」


 村長に言われ、ノアは少し困ったように笑った。


「一応、年齢には当てはまるから」


 本当は、行く意味はないと思っていた。

 魔法が使えないことは、何度も試して分かっている。


 それでも、村の空気は期待に満ちていた。


「もしかしたら、まだ分からないじゃないか」


「ノアは真面目だからな」


 その言葉に、ノアは何も返せなかった。


(期待させたら、悪いんだけどな)


 夜、荷物をまとめながら、彼は小さく息を吐いた。


「魔法なんて、使えたら便利だろうけど……」


 言葉は、そこで止まる。


 使えなくても、生きてはいける。

 それが、ノアの結論だった。


 窓の外では、風が静かに木々を揺らしている。

 不思議なほど、穏やかな夜だった。


 ノアは知らない。

 その静けさが、彼の無意識の「願い」によるものだということを。


 魔力を使わず、呪文もなく。

 ただ、世界が彼に応えているだけだということを。


 ――そして、この平穏が、長くは続かないことも。


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