9 魔道士大会
朝から王都はざわめいていた。
通りには旗が揺れ、街のあちこちに魔法陣が刻まれた看板が掲げられている。
『年に一度の魔道士大会』それは、この国が活気に溢れ賑わう日だった。
「わぁ……本当にお祭りだ!」
王城の闘技場がある広場に足を踏み入れた瞬間、その華やかさに目が輝いた。闘技場の周りには色とりどりの屋台が並び、焼き菓子や果実の甘い匂いが風にのって漂ってくる。
魔法で彩られた装飾がキラキラと宙を舞い、人々は笑顔で行き交っていた。
「ユイ! ほら、あんまりきょろきょろすると人にぶつかるわよ」
隣を歩くセレナが、楽しそうに笑う。今日のセレナは鮮やかなサーモンピンクのドレスに身を包んでいる。金糸で編まれた髪飾りが陽を受けてきらりと光った。
「だって、すごいんだもん。人も多いし。うわ、あれ全部屋台?」
「そうよ。食べ物だけじゃなくて、魔道具やアクセサリーも売ってるの。見てるだけでも楽しいわよ」
私も今日は少しだけお洒落してきたつもり。レースが入った水色のワンピースに、パールのついた白いカーディガン。髪は軽く巻いて、青いリボンで後ろでまとめた。
まあ、これもセレナが全部「せっかくだから」と半ば強引に整えてくれたのだけど。仕上がりを鏡を見たときには思わず頬が熱くなった。
「この服、華やかすぎない?」
「大丈夫。ユイはこれくらい着飾ってちょうどいいのよ」
「それ褒めてる? 貶してる?」
「もちろん褒めてるわよ」
そう言って笑うセレナは、姉のように頼もしい。彼女と並んで歩いていると、少しだけ自信が持てる気がした。
闘技場では、すでに大会の開会式が始まっていた。巨大な魔法陣が描かれ、上空には光の結晶が舞い上がる。空気そのものが震えるような感覚。魔力の波動が肌をくすぐる。会場には、見たことのないほどの人が集まっていた。煌びやかな服をまとった貴族、各地から集まった冒険者の人たち。そして闘技場には若手魔道士たちがいた。
「出場者は、新人魔道士を中心に五十人以上だそうよ」
「五十人!?」
「ええ。今年は例年以上に盛り上がってるみたい。ほら、貴賓席には国王陛下もいらしてるわ。それに、王立魔道士団も特別観覧席に来るしね」
セレナの話を聞きつつ視線を向け、闘技場の舞台の上に整列する制服姿の若い魔道士たちを見た。一人ひとりが堂々と立っている。その中心に向かって歩く、黒の外套を翻して現れた人物にざわめきが起きる。
「あ、あれ……」
「魔道士団団長、カイル様でしょ」
彼が現れた瞬間、観覧席の空気が明らかに変わった。女性たちの歓声が一斉にあがる。
「きゃーっ!団長様ー!」「カイル様こっち向いてー!」
カイルはその熱気に一切動じず、表情一つ変えずに歩いていく。冷ややかな美貌。無駄のない動き。肩に流れる蒼髪が陽を反射して鈍く光る。
彼の視線がわずかに動くだけで、人々が息をのむのがわかった。
「……ほんとに、すごい人気」
思わず呟いた。その声は人混みにかき消されたけれど、胸の鼓動だけが早くなっていく。彼はまるで知らない人のように見えた。
「相変わらず凄い人気よね。カイル様の実力はみんなが知ってるのよ。去年は討伐任務の最中に魔力嵐を鎮めたんですって。それも一人で。それに、初めて参加した魔道士大会では優勝したのはもちろん、その年のフィナーレで対戦した筆頭魔道士様を一瞬で倒して、引退に追いやったっていう噂もあるわよ」
セレナがさらりと語る。
「そんなこと、できる人いるんだ……」
絶句した。彼の実力って、本当に規格外なんだ。
魔道士団の観覧席の近くには、貴族席がつくられてる。開会式のあと、魔道士団の観覧席へと下がったカイルにはあっという間に人だかりができていた。貴族令嬢たちが取り囲み、誰もが緊張した笑顔で話しかけている。
彼はというと、いつものように冷たく表情を崩さず、淡々と応じている。それでも、その無関心さがまた魅力を増してしまうらしく、周りの女性たちはますます沸き立っていた。
(ほんとに……モテすぎでしょ……)
そんな彼が朝、家の裏庭で洗濯魔法を教えてくれたり、一緒に焼きたてのパンをかじってるなんて。そのギャップを思い出すと、なんだか変な気分になる。なぜか胸の奥がちくりとした。
「さ、屋台で何か食べましょ」
セレナが笑いながら歩き出した。二人で屋台を見て回る。空に浮かぶ飴菓子や炎の中で踊る串焼き、氷魔法で冷やされたフルーツポンチに、色とりどりの果物が入った果実水。見たことの無い屋台ばかりが並んでいる。
「うわぁ、全部食べたい!」
「そんなこと言ってると後でお腹壊すわよ」
「だって全部おいしそうなんだもん」
あちこちの屋台を回りながら、香ばしい肉の串や焼き菓子を頬張る。魔法で保温された串焼きは、最後まで温かくて、肉汁があふれるたびに顔がほころんぶ。
「んーっ! これ、最高っ」
「ほら、口の端、ソースついてるわよ」
「どこ?」
「ふふ、ユイってば子どもみたい」
セレナが笑ってハンカチで拭いてくれる。おかしいな。私の方が年上のはずなんだけどな。
大会は進み、次々と若手魔道士たちが舞台に上がる。氷と炎が交差し、光が弾ける。観客席からは歓声が絶えない。息を呑みながら見つめた。
「……すごい。こんなに、綺麗なんだ……」
魔法というのは、恐ろしいほどの力を持つ。けれど今ここでは、それが芸術のように輝いていた。
「ユイさん!」
声に振り向くと、先日街で会った魔道士団の子たちがいた。魔道士大会の事を教えてくれた子たちだ。
「来てたんですね。今日は団長の応援ですか?」
「いえ、今日は大会を見学に」
「そっか。すみません、今日の団長には会えそうにないですもんね。なかなか席を離れられないと思います。きっとまた今、人だかりできてますよ」
彼は苦笑した。どうやら団員たちも、その人気ぶりには慣れているらしい。そして、なぜ私は謝られるのかね。そしてセレナ、ニヤニヤしながら私を見ないでくれるかな。




