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私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど  作者: 紗幸


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5 女友達と午後の困惑


 王都の大通りは賑やかだった。街角のパン屋からは焼きたての香りが漂っている。石畳を踏みしめながら、小さく息をついた。


「早く来すぎたかな……」


 噴水広場の縁に腰かけ、広場の時計で待ち合わせの時刻を確かめる。水の音が静かに響く中、通りを眺めていると、ひときわ目を引く姿が視界に入った。


 陽光を背に歩いてくる女性──セレナだ。


 オフホワイトのブラウスに、黒のショートマント。淡いローズカラーのスカートが風を受けて軽やかに揺れる。耳元には小さなパールのピアスがひとつだけ。髪はゆるく結い上げられ、頬をなぞるように柔らかく流れている。

 その姿に、通りすがる人々が振り返る。特に男性たちは、一瞬足を止めて見惚れてしまうほどだ。


(セレナ、ほんとに綺麗……)


 思わずため息が漏れた。以前の派手な化粧は跡形もなく、ナチュラルな艶肌が光を受けて柔らかく輝いている。彼女の本来の美貌が、ようやく素顔として現れていた。


「待たせた?」

「ううん、私が早く来すぎただけ。セレナは今日も素敵だね。街の人が振り返って見てたよ」

「ふ、ふん……当たり前でしょ」


 セレナは照れ隠しのように髪を払う。頬がうっすらと赤い。火事の件での謝罪を経て、気まずさはすっかり消えた。今では名前で呼び合い、こうして買い物に出かけるほどの仲になった。


「今日はどこ行く?」

「決まってるじゃない。今日は、ユイの服を見に行くのよ」

「え、私?」

「そう。いつも同じような服ばっかりなんだもん。素材はいいんだから、たまにはお洒落しないと」


 お洒落か。まあ、たしかにセレナに比べたら地味よね。私定番の紺のシンプルなワンピース。黒のショルダーバッグと黒のショートブーツで、アクセサリーは無し。髪はもちろん、おろしたままだ。


「でも私、セレナと違って地味だし。着飾ってもなぁ」

「なに言ってるの? あんたほんと自分をわかってないのね。髪はツヤツヤ、目はぱっちり、肌なんて触ったら吸い込まれそうよ。ユイみたいな“小リス”みたいなタイプ、王都にはほとんどいないわ。服と化粧次第でモテるようになるわよ」

「そ、そんなことはないでしょ」

「あーるの! というか、あの魔道士団長様に見せなさいよ」

「うぁっ!」


 おっと、セレナが変なこと言うからコケるかと思った。

「な、なんでその名前が出てくるの!?」

「私がユイの家に行くと、かなりの確率で鉢合わせるのよ? ねぇどんな関係なわけ?」

「ど、どんなって……」

「てっきり治癒師として出会って、そこから……って思ってたけど?」

 セレナの目が輝く。

(うわ、その目。完全に恋バナ期待してる!)


「説明長くなるから、カフェ行こ!」

 慌ててセレナの腕を引っ張り、近くのカフェへ逃げ込んだ。



 カフェの中は、木の香りと焙煎豆の匂いが混ざり合う、落ち着いた空間だった。窓際の席に座り、紅茶が届くと同時に、セレナが真剣な眼差しで見てきた。


「……実はね」

 自分が異世界から来たことから話した。最初にこの国に来た日のこと、魔法を得た経緯──王都での暮らし、そしてカイルがよく会いに来てくれること。

 セレナは途中から、ぽかんと口を開けて固まった。


「異世界って……なんで今まで黙ってたのよ?」

「口止めされてる訳じゃないんだけど、わざわざ自分から話を広める事でもないかな……と」

 あ、セレナが頭を抱えた。

「ほんと、早く言いなさいよそういうの。私たち友達でしょ」

「ごめんね」

「まぁ、そういうことなら色々納得したわ。でもね……どうしても気になるのよね。あの人──魔道士団長のカイル様が、あんたに会いに来る理由」

「どういうこと?」

「だってあの人、人に興味持たないんだから」


 セレナは身を乗り出してきた。


「カイル・ヴァレンティス、二十四歳。魔法使いを多く排出する名門ヴァレンティス侯爵家の長子。父親は元王国顧問魔道士、母は元宮廷治癒師。血筋だけでも完璧。でもそれ以上に、あの人は“結果”で頂点に立ったの」

「結果……?」

「十六歳で魔道士団入り、十七歳で中隊を率いて前線に出た。北部戦線では、単独で敵軍の防御陣を破った伝説があるの。二十歳で副団長、二十二歳で団長。最年少記録よ」

「そんなにすごい人だったんだ……」

「ええ。才能も冷静さも規格外。あの美貌で、当時からファンが山ほどいたのよ。女官から貴族の娘まで、みんな彼を追いかけてた。でも誰にも興味を示さなかった」


 セレナの声に少し熱がこもる。


「噂では、王女の側近に推薦されたのを断ったとか、夜会で求婚されて無表情で立ち去ったとか。冷酷だって言われてた」

「……そうなんだ」

「そうよ。だからこそ、“蒼氷の団長”なんて裏で呼ばれたりしてるのに、あんたの家に通うなんてさ何かあるって思うじゃない」

「そ、そんな……」

「ほんと何も知らなかったのね」


 セレナは呆れたように笑い、そして何かを思いついたように立ち上がった。


「よし、決まり。次の店、行くわよ!」

「え、えぇ!? どこに?」

「服屋。見せる相手がいるなら、戦闘服を揃えなきゃね」

「は? いや、だから団長さんとはそういう関係じゃ……」

「いいから!」


 セレナが連れてきたのは、王都でも屈指の洋装店だった。店内には淡い布地が色順に並び、柔らかな花の香りが漂っている。


「これ似合うけど、これは色が駄目ね。これなら、ユイの背丈でも似合うわ」

「ま、待ってセレナ、それ派手すぎ!」

「だーめ。今日のテーマは“華やかで上品”に。地味なの禁止!」


 次々と服を抱えて試着室に押し込まれる。さすが商家のお嬢様。目利きのプロって感じ。どれも華やかだけど、可愛い。でも急にこんな服を着ろって言われても恥ずかしい。


「ちょ、ちょっと待って心の準備が……!」

「いいから着て出てきなさい」


 淡いピンクのドレスを着たとき、セレナは首を振った。

「違う、甘すぎる」


 紺色のタイトなワンピースを着たときは「うーん、真面目すぎ」


 最終的に選ばれたのは、ラベンダーブルーの膝丈ドレスだった。肩口が少し透けるデザインで、光に当たると淡く艶めく。ウエストラインには細い銀糸のリボンが施され、シルエットをすっきり見せていた。


「……これが一番、ユイらしいわ」


 鏡に映った自分を見て、息を呑んだ。落ち着いた色合いなのに、不思議と華やかに見える。頬に紅が差したように感じるのは、照明のせいだろうか。


「この服に合うように、この子の髪のセットもお願い」

「はっ、はい?」

「軽く編み込んで、横に流して。前髪は少し上げて」


 店員が器用に手を動かし、髪を整えていく。鏡の中、いつもの自分が少しずつ変わっていく。完成した姿に、セレナは満足げにうなずいた。


「うん、完璧」

「……私じゃない」

「でしょ? これを見たら、絶対落ちる」

「な、なにその言い方!」


 会計のとき、ユイが小声で「いいお値段……」とつぶやくと、セレナがすかさず言った。

「あんた、稼いでるでしょ」

「な、なんでそれを」

「商人の娘の勘。懐具合は顔に出るのよ」

 そんなセリフに思わず笑ってしまう。


 外に出ると、セレナが馬車を用意していた。

「どこ行くの?」

「王城」

「なんで?」

「決まってるでしょ。筆頭魔道士団長様に会いに行くの」

「いやいや、急に行っても会えないよ」

「ふふん、知らないの? 今日は公開練習日よ。午後から一般人も見られるの。チャンスよ」


 半ば強引に馬車に押し込まれ、ユイは頭を抱えた。


 王城の演習場は広大だった。

 青空を背景に、魔法の光が飛び交い、地面には魔力の痕跡が残る。観覧席は多くの人で賑わってる。女性たちは色とりどりのドレスで華を競い、時折歓声を上げていた。


「これが、公開練習……」

「来たことなかったの?」

「魔法を教わるときに演習場には何回か来たけど、こういう事やってるって初めて知ったよ」


 そのとき、轟音が響いた。観覧席がざわつく。ひときわ強い光が演習場中央に現れた。女性たちが色めき立つ。


「カイル様よ!」

「見て、黒の制服が素敵ねぇ」

「こっちを見て下さらないかしら!?」


 歓声が次々と上がる。その熱気に思わず息を呑んだ。

 黒の魔道士団制服。胸元には銀糸の紋章。風に靡く外套の裾、背筋の伸びた立ち姿。冷ややかで整った横顔が陽光を受け、まるで彫像のように輝いている。

 彼が片手を上げるだけで、場の空気が変わる。静寂と緊張――そして、次の瞬間。鋭い詠唱とともに、巨大な氷壁が形成され、それを一瞬で砕く雷が走った。


 歓声と拍手。

(……やっぱり、すごい)


 彼がほんの少し笑ったように見えた。その一瞬の微笑みで、観覧席の女性たちが一斉に息を呑む。


「……人気すごいね」

「当たり前でしょ。あの人は“王都三大美貌”の一人よ。しかも唯一の男性」

「三大美貌って……」

「残りの二人は女王陛下と、宰相夫人よ」


 そう話していると、演習場から声が掛けられた。

「ユイさん?」

 見覚えのある団員が手を振っていた。

「あれ、ユイさんですよね? きれいだから一瞬わかりませんでした!」

「あ、マルクさんだ。こんにちは」


 手を振ろうとしたその瞬間、背筋に冷たい気配が走った。気づけば──目の前にカイルが立っていた。


「……なぜここにいる」


 低く、抑えた声。突然現れたカイルに、観覧席のざわめきが一段と大きくなる。女性たちが甲高い声を上げたのが聞こえた。


「えっと……その……」


 隣でセレナがにっこり笑い、菓子箱を差し出した。

「差し入れ、ですわ」

「は?」

 慌ててセレナを見る。けど彼女はまったく動じない。


「あの一件以来、ユイとは仲良くなりまして。今日は一緒に買い物をしていたんですの。そこでユイさんが“ぜひお世話になっている団長様に差し入れを”と言うものですから」

(言ってない!そんなこと全然言ってない!!)


「……そうか」

 カイルは短くそう答え、菓子を受け取った。周囲の人たちが小さくざわつく。セレナがさらに微笑む。


「どうですか今日のユイは。一段と華やかでしょう? 団長様」

「……悪くはない」


 その言葉に、鼓動が跳ねた。淡々とした声なのに、不思議と熱がこもっている気がして。

 カイルは背を向け、再び演習場の中央へ戻っていった。セレナは隣でニヤニヤしている。


「団長様が“悪くない”ですってよ」

「……恥ずかしいから、本当にやめて」

「ユイ、やっぱり惚れられてるんじゃない?」

「ち、違うってば……多分あれ、紅茶の味の感想と同じで、不味くはないって言ってるやつだよ」

「団長様が差し入れを受け取ったなんて話、今まで聞いたことがないわ」


 そうなの?という目でセレナを見たら、そうなのよ!という目で返された。そんな事を言わないで。ただでさえ胸の動悸が止まらないのに。


 空には白い雲が流れ、午後の日差しが彼の蒼髪を照らしていた。なんだかいつもより輝いて見えて、彼の背中を見つめ続けた。


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