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私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど  作者: 紗幸


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34 穏やかな変化



 暖かな明るさが瞼を透かし、心地よい重さと温かさに包まれて、私はまどろみからどうにか浮上した。


 ふわふわとしたベッドの上。全身にまとわりつく心地よい暖かさを感じながら、のろのろと目を開けたその瞬間、喉の奥で息を止めた。叫び出しそうになる口を、どうにか抑え込む。



 なぜなら、私の目の前には、カイルさんの顔があったからだ。彼に正面から抱きしめられる形で寝ていた。


(な、な、どうしてこうなったの!?)



 心臓が警鐘のように激しく鳴り響く。しかし、昨夜の出来事を思い出し、顔が急速に熱を帯びる。

 悪夢に苛まれ、カイルさんにすがりついて泣いてしまい、どうやらそのまま寝てしまったようだ。取り乱して泣いた私を、彼は流石に放ってはおけなかったのだろう。申し訳無さと、彼の底知れない優しさに触れ、胸が締め付けられる。



 彼を起こさないように、そっと視線だけを上へと向けた。美しく閉じられた目は蒼を隠している。まつげの本数まで数えられる距離に、胸の鼓動が抑えられない。

 彼の形の良い唇に目が行くと、昨日の記憶が生々しく思い出され、恥ずかしさに耐えきれず目を伏せた。


 カイルさんの腕が私の背中に回される形で抱きしめられていて、起きるかどうか悩む。起きたらカイルさんを起こしちゃうかな、と葛藤しながら彼の顔を盗み見た。

 その時だった。静寂を破って、低く、甘い声が響いた。


「あんまり見るな」

「ふぁっ!?」


 私は飛び上がりそうになる衝動を、かろうじて微かな身じろぎに留めた。


「カ、カイルさん! 起きてたんですか?」

「いや、今起きた」


 彼はそう言うと、ゆっくりと起き上がった。その姿は、いつも完璧に着こなされた制服とは違い、襟元が緩み髪がわずかに乱れた状態。その着崩した雰囲気が、なぜか野生的な色気を放ち、だらしなさなど微塵もなく却って彼の魅力を際立たせていた。


(な、なに、この人……)


 あまりにも様になっている彼の姿に、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。女性である私よりも色気があるのではないだろうかと、理不尽な悔しさすら覚えた。

 カイルさんは私を見下ろし、心底心配しているような眼差しで問いかける。


「よく眠れたか?」

「あ、あの、はい、おかげさまで……本当にすみません」


 添い寝の件を暗に謝罪するが、カイルさんは優しさに満ちた笑みを浮かべた。


「謝らなくていい」


 その甘すぎる笑顔と一言に、思考が停止し言葉を失った。カイルさんは手櫛でさっと髪を整えると、身支度を始めた。


「朝食を取ってくる。タオルはそこにあるから、風呂は好きに使うといい」


 そう言い残し、彼は音もなく部屋から出ていった。しばらく呆然としていたが、穏やかな朝の光が、昨日までの悪夢が本当に終わったことを教えてくれる。

 

 柔らかな温もりを惜しみつつベッドを離れ、暖かいお風呂に入ることができた。体についた汚れが落ち、心身ともに清められた感覚に包まれる。


 しばらくすると、カイルさんが温かい紅茶と朝食を持ってきてくれた。彼は、いつもの鋭い視線を潜め、私がちゃんと食事を取れているかを静かに見守っている。朝の優しい光、温かい紅茶の香り、そしてカイルさんの存在。幸福感に浸り、のんびりとした朝のひとときに、自然と機嫌が良くなっていく。

 それまで柔らかく微笑んでいたカイルさんの表情が、急に申し訳なさそうな色に変わった。


「すまないが、俺はこれから仕事に行かないといけない」


(ん?)

 その言葉に内心驚く。彼は昨夜、私を助けるために動いてくれていた。そしてずっと、私の側で過ごしてくれたのだ。まさか、まだカイルさんを心配させてる? 仕事が滞っているのでは? と、急に焦りが湧き上がる。


「カイルさん、お仕事も立て込んでいるでしょうし、私はもう大丈夫ですから!」


 私は身振り手振りで、もうすっかり元気であることを懸命にアピールすると、カイルさんは私の必死な姿を見て優しく目を細めた。


「ああ、今日はこの部屋をそのまま使っていいから、ゆっくりとしてくれ。何かあれば、ベルを鳴らせば誰かが来てもらえるようにしておくから。俺は、仕事終わりにまた来る」


 いつもの冷徹さとは無縁の、にこやかな表情で言われた。


「気を使わせてしまって、すみ……」

 謝ろうとして、ハッと口を閉じる。「謝らなくていい」と、カイルさんが何度も言ったことを思い出したからだ。私は精一杯の笑顔を作り、感謝の気持ちを込めて伝えた。


「ありがとうございます」


 カイルさんは、その私の笑顔に満足そうに頷いた。


「今日は、セレナ嬢の登城許可の連絡を出しておいた。昼過ぎにユイに会いに来るらしいぞ」


 その嬉しい知らせに、私の顔がパッと輝く。


「行ってくる」

 カイルさんは、優しい笑顔のまま、私の頭をポンッと一撫でして、部屋から出ていった。


 彼を見送った私は、その場に呆然と立ち尽くした。


(いつもの冷徹なカイルさんは一体どこに行った?)


 昨日、私を救い出してくれた英雄が、優しく微笑み頭を撫でて立ち去った。そんな王子様めいたことある?


 目の前の彼の姿と、今までの冷徹な団長としての彼の姿が全く結びつかず、困惑が胸を満たした。






 魔道士団団長室の重厚な扉を開け、一歩足を踏み入れた途端、俺はいつもの自分に戻る。


 机の上には、うず高く積まれた書類の山。団長としての表情を、顔に貼り付けた。次々と持ち込まれる案件に辟易する。

 だが、ふと先ほど別れたユイの姿が脳裏をよぎる。無事に彼女が帰ってきた。その事実だけで、胸の奥に張り詰めていた重い緊張が緩む。無意識のうちに、顔がほころびそうになるのを、即座に理性で抑え込んだ。


 その時、団長室のドアがノックされる。


「入れ」


 入ってきたのは、イリアス副団長だ。彼もまた、疲労の色を隠せない様子で、手に持った羊皮紙を無言で差し出してきた。


「イーグス枢機卿の取り調べ、一旦の結果です」


 イリアスは、淡々と報告を始める。

「北区の教会の偽聖女、そこで使われた人の精神に干渉する違法な薬物、すべてイーグス枢機卿の手によるものでした。それも、すべてユイ殿に向けられた、彼の異常な執着からの行動のようです。聖教会の女神像と混同した、過剰な崇拝の結果と思われます」

「単独犯か?」


 俺は書類に視線を落としながらイリアスに問う。


「はい。周囲の人間には、イーグスの魅了魔法がかけられており、完全に操られておりました。おそらく今回の事件は、イーグス枢機卿単独によるものと見て間違いありません」


 イリアスは、すぐに困ったような顔になり話を続ける。


「北区の偽聖女の事件で使われていた薬は、やはりラザード国の調合物でした。正規の手続きを踏めばラザード国内で入手可能な薬で、本来は魔力過多の患者の魔道回路を正常に整えるために使われます。ですが、薬品の成分に細工が施されており、使用すると魔法効力を一時的に増幅させる効果が付与されていました。おそらくユイ殿に密かに使われていた薬も、ディオンの専門的な判断では、ラザード国の怪我や手術時に使用される麻酔薬の一種だろうとのことです」


 俺は書類から視線を上げ、イリアスを鋭く見据えた。


「今回のイーグスの件に関して、ラザード国の組織的な介入があったと考えられるのか」

「現時点では、入手経路を慎重に探っている段階なので、断言はできません」


 カイルは顎に手を当てて思考する。


「花街区で起こった未だ原因不明の流行病に、ラザード国の薬が関わっている可能性はあるのだろうか。イーグスが、ユイの力を試すため意図的に流行病を仕掛けたと思えなくもないが……」


 今回のユイの失踪、原因不明の病、そして違法薬物の出処。すべてにラザード国の影がちらついている。


「ラザード国が絡んでくると、調べるのが難航しますね。あの国は、極めて閉鎖的で、こちらの干渉を嫌いますから」


 イリアスは本件の早期終結を望むように、小さく息を吐いた。


「ただ、今回の件に関しては、ユイ殿がイーグス邸で魔法を発動してくれて、本当によかったですね。あれがなければ、我々が踏み込むきっかけがなかった」


 彼の言葉に、俺は深く頷く。あの光の柱がなければ、動くための大義名分を得るのに、さらに時間がかかっていただろう。

 イリアスは冗談めかした調子で、肩をすくめる。


「でなければ、不法侵入をしてでも、団長が乗り込みそうな勢いでしたもんね」


 俺は、余計なことを言うなとばかりにイリアスを睨みつけた。ユイがいなくなった後、最も早く容疑者として浮上したのがイーグスだった。彼は、ユイに出会う前から、幾度となくこの国に謁見の申請を出していた。疑いはあったが、確証が持てず、手を出せずにいた。

 北区の教会の件の時、嫌な予感はしていた。事前にユイと話をつけ、教会に来ないよう動けていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。後悔が、胸を抉る。


 イリアスが、再び話題を戻す。

「宰相からは、今後こういう事にならないようユイ殿をもう少し人前に出したほうがいいのでは、という話もされましたよ」


 今までユイを隠していたというわけではないが、本人も希望しないことから、わざわざ貴族たちに合わせるようなことはしてこなかった。だが、ユイの安全を考えるなら、味方は多く作っておいたほうがいいだろうか。と思案する。


「本人次第だな」

 俺は、静かに結論を口にした。


「あ、そういえばこれ」

 イリアスは、そう言って小さな青い石のついたネックレスを、机の上に置いた。


「イーグス邸で押収したものです。団長がユイ殿に渡したものでしょう?」


 それが、ユイに渡したネックレスだと理解した瞬間、鎮めていた感情が一気に沸点に達する。あの男の手に渡っていたという事実が、堪え難い憎しみを呼び起こした。イリアスは、俺の殺気を感じ取ったのだろう。


「そんな人を射殺しそうな目をしないでくださいよ。本当に、取り調べ担当から団長を外してよかったって思います」


 イリアスが冗談めいて言うが、俺は無言で書類に視線を戻すことで、それ以上の言及を拒否した。イリアスは、真面目なトーンに戻る。


「で、ユイさんはどうしますか? 自宅に帰ると言い出しそうですが、本人も不安は残ってるでしょうし」と、今後の対応を思案する。 


 俺は一考する。今のユイの精神状態、そして安全を最優先に考えなければならない。


「しばらくの間、転居してもらいたいと思っている」

「どこにですか?」


 イリアスが、当然の疑問を口にする。俺は、ユイが最も安全な場所。そして、最も俺の目が届きやすい場所を思案した結果を、イリアスに伝えた。




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