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私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど  作者: 紗幸


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23 北区の聖女


 ゼルフィさんは、一緒にいた魔道士団員に「先に行っててくれ」と声をかけると、私の元へ来た。


「ユイ、今日は私服なんだな」

「今日は借りていた制服を返しに来たので」

 私がそう答えると、ゼルフィさんの表情が一変した。

「え? 制服を返すって……ユイ、王宮治癒師をやめるのか!?」

「あ……」


 私は、思わず立ち止まった。

(あれ、ゼルフィさんに私、王宮治癒師じゃないって、言ってなかったっけ……?)


 私たちは、人通りの少ない中庭のベンチに移動して座った。ゼルフィさんに、自分が異世界から来たこと、そしてカイルさんの保護下にあること、そして王宮治癒師を手伝っていたという、一連の流れを話した。

ゼルフィさんは、はぁーっと深く納得した声を出す。


「そうか……そうだったのか。だから、いつ行ってもユイは治癒師の事務所にいなかったのか。俺、てっきり働きすぎかと思ってた」


 ゼルフィさんは、改めて私を見た。

「なるほどな。そして……黒目黒髪の異世界から来た女性って、ユイのことだったのか」

「え? ゼルフィさんも北区の異世界から来たっていう女性の話、聞いてるんですか?」

「ユイも聞いてたのか。ああ、俺を含めた魔道士団が今交代で調査しているとこだ。おそらく偽物だろうという事で、カイル団長を中心に調査している最中だが……」


 ゼルフィさんは、私をちらっと見る。

「ここに本物がいるなら、たしかにそいつは偽物になるな」

「どんな人なの?」

「それがな。黒目黒髪の、ユイと同じくらいの十六歳前後の女性で、一ヶ月ほど前に突然教会に現われて、治癒を始めたらしいんだ。だが、その治癒も本当に効果があったのか、いまだ定かじゃないらしい」

「ん? ちょっと、まって。ゼルフィさんって、私のこと何歳くらいだと思ってる?」


 彼は、真面目な顔で答えた。

「え? 一六、十七歳辺りだろ?」

「……」


 次の瞬間、あたりに響き渡るゼルフィさんの声が響いた。

「二十三歳!? ご、ごめん。同じ歳くらいだと思って、ずっとタメ口で……」

「いいよ、口調は全然気にしないで。でも、若く見られたことはあったけど、そこまで若く見られるの初めてかも」

 私は、優しく微笑みながら、提案した。

「じゃあ、私もタメ口にさせてもらうね?」

「は……お、おう!」


 彼の返事を聞いて、私の心は再び北区の教会へと向かっていた。私と同じ境遇の人物。それが偽物だと魔道士団が疑っている。ぐっと手を握り、強い視線をゼルフィへ向けた。


「ねぇ、私もその北区の教会に行ってみたいんだけど」

 突然の言葉に、ゼルフィは大きく目を見開いた。





 それから数日後。ゼルフィの休日を利用して、共に王都の北区に来ていた。


 私は、目の色をごまかすための認識阻害がついた眼鏡をかけ、髪の色を隠すための帽子を目深にせ被る。さらに状態異常無効化の魔導具であるブレスレットを腕につけて、ゼルフィの前に立っている。

 彼は、私の姿を上から下まで確認し、静かに頷いた。


「ひとまず良いな。服も目立たないものを選んでくれて助かる」


 正直、ここまで徹底するのかと、少し戸惑っている。

「ユイが行くのは本当なら進められない。この変装が妥協案だ。相手の目的が分からない以上、念のためここまで準備したほうがいい」


 ゼルフィの表情は真剣だった。そして、彼は魔道士としての本領を発揮した。

「じゃあ行くぞ」

 彼はそう言うと、自分と私の二人を包むように、極めて高度な認識阻害の魔法をかけた。彼の魔力が、風のように私たちの周囲を覆う。


「これで俺たち二人は、そこら辺の空気と変わらない。よほどの熟練者でない限り、俺たちの存在を意識することはできないはずだ」


 ゼルフィの魔法はすごかった。私たちは、王都の北区の賑やかな通りを、堂々と並んで歩いた。すれ違う人々は、誰も私たちに気づかない。まるで、幽霊にでもなったような気分だ。

 

 教会に近づくにつれて、人通りが増えてきた。教会の入り口には、見知った魔道士団員が物見のフリをして張り込んでいる。


「……あ、張り込みしてるんだね」

「ああ。あれは同期のクルトと、ティナだな。だけど見ろ。誰一人として俺たちには気づかないだろ」


 ゼルフィの言葉通り、魔道士団員たちは真剣な顔で教会の出入り口を監視しているだけで、そのすぐそばを歩く私たちには全く関心を払わない。


「ゼルフィ、休みの日なのにごめんね」

 私は、申し訳なさがこみ上げる。彼は緊張感を少しでも和らげようとしたのか、困ったように笑った。

「ほんと、これ見られたら、休みの日に何してんだって団長に小言を言われるな。まあ、誰も見てないから大丈夫だけどな」


 彼の魔法の自信が、その言葉には滲んでいた。私たちは、警戒されずに、教会へと近づいていく。

(私と同じ黒目黒髪の、異世界から来たかもしれない女性……)

 胸の奥で、不安と、抗いがたい好奇心が渦巻いていた。



 教会の入口には、驚くほどの長い人の列が出来ていた。中に入りきれない人々が、ざわめきながらも、皆、熱に浮かされたような顔で、教会の扉を見つめている。ゼルフィと私は、その異様な熱気を帯びた人々の波をかき分け、教会の重厚な扉を静かに開けた。


 教会内部は、外の喧騒とは違う、特殊な雰囲気に満ちていた。薄暗い堂内は人で溢れかえり、祈りの言葉ではない、熱狂的な讃美の声が響いている。


 私たちは、隅の影に陣取り、その光景を見つめた。

参拝に来ている人々の表情は、信仰というよりも、まるで陶酔しているようだ。目線は祭壇の一点に集中し、その口からは、抑えきれない興奮が漏れ出ている。


「アンジェ様は聖女様だ。世界をお救いくださる女神様だ」

「ああ、愛しております、アンジェ様……」


 男女問わず、誰もが同じ言葉を口にし、その女性を崇拝している様子が見えた。彼女の名前はアンジェというらしい。


「これは凄いね……」

 思わず息を飲んだ。その熱狂は、私がこれまでに経験したどんな宗教的な集まりとも違う、粘りつくような違和感を伴っていた。


 隣に立つゼルフィが、低く唸るような声で囁いた。

「な、ヤバいよなコレ」

 私も深く同意した。これは、ただの信仰ではない。

そして、祭壇の中央に立っている、黒目黒髪の女性を見た。

 背は低く、線は細いが、たしかに黒い瞳と深い黒髪。年齢はゼルフィの言う通り、若そうだ。可愛らしい顔立ちしていて、人々に笑顔を向けていた。

 女性は集まった人々に、にんまりと微笑みながら語りかける。


「わたくしがおりますので、この国の平和が守られるのです」


 私は、その言葉に強い違和感を感じた。

(この国の平和は、魔道士団や騎士団、そして多くの人々の努力によって守られている。一人で守られるものではないわ……)


 しかし、人々はその声を聞くたびに、さらに熱気を帯びて興奮していく。まるで、彼女の言葉が、彼らの心を直接掻き乱しているかのようだった。

 アンジェの近くには、教会の司教らしき人物も立っていたが、彼もまた、他の信者と同じく、彼女を崇拝しているような目で見つめている。完全に彼女の支配下にあるように見えた。


 ゼルフィが、さらに小さな声で囁く。

「おそらく魔法のたぐいだとは思うが、確定できていない。それをカイル団長が探っているはずなんだけど……」


 彼がそう言った、その瞬間だった。アンジェの隣に、一人の男性が現れた。静かに、しかし、有無を言わさない存在感で。背が高く、その姿は洗練された美しさを放っている。黒いコートを纏い、青灰色の瞳を持つ、その男性。それは、私がよく知っている人物だった。


 彼女の横に立ち寄り添ったのは、カイルさんだった。私は、息をすることすら忘れて、彼を見た。そして、驚愕した。


 カイルさんは、そのアンジェという女性に向かって、見たことも無いくらいの笑顔を浮かべていたからだ。


 それは、いつも私や他の団員に見せる、クールで冷徹な表情とは全く違う。優しく、そして、心から幸せそうな、甘い笑顔だった。




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