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私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど  作者: 紗幸


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19 持久戦と青い光


 野営地に戻ったイリアス副団長とディオン治癒師長の話を聞くために、騎士団と魔道士団と治癒師のメンバーが集められた。

 イリアス副団長の口から語られた事実は、私を含めた全員に衝撃を与えた。


「森で異常発生している魔物の根源は、『黒炎龍カダークフレイムドラゴン』の存在だった」


 周囲から、どよめきが起こる。それは、この世界に実在する災害級の龍の名前だった。


「黒炎龍は、岩場の奥で卵を抱えている。孵化する卵を守るための防御魔力が、周囲の魔物を凶暴化させている原因だ。龍を刺激すれば、我々が対処できない規模の災厄となる」

 副団長は冷静に、そして厳しくそう告げた。


「ゆえに、討伐方針を切り替える。我々は、黒炎龍の卵が孵化し、この地を去るまでの持久戦を強いられることとなる。絶対に、龍に手を出してはならない」

 討伐ではなく、守護と持久戦。誰もが顔を見合わせ、その過酷さに息を飲んだ。





 その日から、私たちの遠征は、終わりの見えない消耗戦へと変わった。遠征が始まって十日。戦線は膠着状態だった。しかし十一日目以降、魔物の数は目に見えて増加し、攻撃は激しさを増していった。

 騎士たちは、泥と血にまみれ、鎧の隙間から覗く肌は傷だらけだ。魔道士団も、魔力切れ寸前で支援魔法を維持するのが精一杯だった。


 私も、眠る間も惜しんで治癒にあたった。治しても治しても、新しい負傷者が運ばれてくる。全員が、極度の疲労と、魔物の尽きない攻撃に、精神的な限界を迎えつつあった。

(こんなに続くなんて。このままじゃ、本当にみんな倒れてしまう)

「あとどれくらい続くんだ……」という誰かの呟きが、野営地の重苦しい空気に溶けていく。


 その中で、ルシアさんが私の腕を掴んだ。

「大丈夫よ、ユイさん。ディオン団長が、防御魔力がここまで強くなっているということは、孵化は近いだろうと仰っていた。もう少しの辛抱よ」

 その言葉だけが、私たちの希望だった。龍が飛び立てば、この異常も終わる。それまで、持ちこたえるしかない。





 そして、遠征十三日目の夕刻。

 前線から、地を揺るがすような魔力の歪みが発生した。それは、龍の防御魔力が極限に達したことを示すサインだった。


「まずい! 気をつけろ、魔物たちが完全に暴走している。戦線が崩れるぞ!」

 イリアス副団長の、焦燥を含んだ怒号が響いた。数が増加し、理性を失った魔物たちは、騎士団の防衛線を突破し始めた。通常の魔物ならありえない、脇道や岩場を通り抜け、後方へと回り込んでくる。


「魔物だ!後方にも魔物が侵入したぞ!」

 悲鳴のような声が響く。野営地は一気にパニックに陥った。

 私は、ちょうど負傷した騎士の脚の傷を治療している最中だった。


 その時、一匹の負の魔力を纏った巨灰狼ブラッドウルフが、治療所のテントに飛び込んできた。その巨灰狼は、龍の魔力の影響で体毛が逆立ち、目を血走らせている。

 巨狼は、獲物を見つけたかのように、私たちがいる治療所目掛けて飛びかかってきた。鋭く、汚れた魔力を帯びた爪の一撃が、私に振り下ろされる。

「グアアアッ!」


 巨灰狼を追いかけてきたゼルフィさんたち魔道士団の数人が、叫びながら追いついてくるのが見えたが、距離が間に合わない。

(避けられない!)

 治療中の患者を庇うように、私は反射的に体を覆いかぶせた。


──ガンッ!!


 鈍い衝撃音と共に、巨狼の鋭い爪が私の背中に直撃した。全身が揺さぶられるほどの強烈な一撃だ。


「しまった……ユイィィ!」

 ゼルフィさんの絶叫が聞こえる。


 しかし、いつまでも痛みがやって来ない。振り向けば、巨灰狼の爪は、私に触れる寸前で青白い光の障壁に阻まれていた。障壁は、衝撃を全て吸収し、巨灰狼を弾き返している。


 巨灰狼が体勢を崩した隙に、魔道士団員に集中攻撃され、巨灰狼は絶命した。

 ゼルフィさんたちが、慌てて私の元へ駆けつける。


「ユイ、大丈夫か!? あの魔物の一撃が直撃したぞ!」

「ユイさんお怪我は!?」


 私は、未だ患者を庇った体勢のまま、驚きで固まっていた。私の周りには、今、確かに青白い光の残滓が漂っている。


「……え、なにこれ」

 私は、自分の体に触れてみる。無傷だ。衝撃も痛みも、全く感じなかった。

「ユイ? 本当に大丈夫なのか? どこも怪我してないか?」

ゼルフィさんが、心配そうに私の顔を覗き込む。

「は、はい……大丈夫です。全然、痛くない……」

 

 恐る恐る体を起こすと、胸のあたりがホワっと青く光っているのが見えた。慌ててローブを開く。そこには、普段から私が身につけている、カイルさんがくれたネックレスがあった。小さな青い石が、まるで命を吹き込まれたかのように、ホワッと優しく光り続けている。


「これ……」

 私は、驚いてネックレスを掴んだ。青い光は、魔力が急速に消費されたのか、ゆっくりと弱まっていき、やがて消えた。


「良かった……無事だったか」

 ゼルフィさんが、心底安堵したように呟いた。

「それ、保護魔法だな。それが、魔物の攻撃に反応して、発動したんたな。本当に、持っていて良かったな」

 ゼルフィさんに言われて、私は混乱した。

「保護魔法?」

 私が首を傾げると、ゼルフィさんは不思議そうに尋ねた。

「その青い石に防御魔法をかけてもらってたんじゃないのか?」


 それを聞いて思い当たることは一つだった。カイルさんだ。こんな魔法をかけてくれてたんだ。

 私の頭に、彼の顔が浮かんだ。彼の「十分に気をつけてほしい」という言葉が、胸に深く染み渡る。


(私に黙って……こんなすごい魔法を。いつもクールで、無愛想なのに、こんな形で……)

 彼の不器用で、深い優しさが、胸の奥を静かに満たしていく。

 服の下に隠していたその青い石を、そっと、強く握りしめた。



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