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私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど  作者: 紗幸


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17 おにぎりと涙と依頼


 カイルさんとアシャル地区に買いに行ったラオス。

 前世の「お米」に似たその穀物ラオスを、いよいよ炊いてみることにした。


 鍋の蓋を開けると、湯気と一緒に漂う懐かしい香り。


「うわぁ……! 本当に、ご飯の匂いだ!」

 ほっこほこに炊き上がったラオスにご満悦。一口食べると、少しプチプチとした食感がありつつも、優しい甘みが口の中に広がる。


「これだ、この味だよぉ!!」


 私は熱いうちに、手のひらに乗せて、ぎゅっ、ぎゅっと、優しく握り締める。軽く塩を振りかけて、三角形のおにぎりのできあがりだ。

 ぱくりと一口。


「っ……!」

 塩味とラオスの甘み、そして、前世で慣れ親しんだ主食を思わせる味への感動が、胸の奥から込み上げてくる。


(うう……美味しい……! 幸せすぎる……!)

 あまりの感動に、ぽろぽろと涙が出てくる。夢中で二口目を頬張った。


 その時だった。

 コンコン、と玄関のドアがノックされた。

「は、はーい!」

 私は、おにぎりを片手に、涙でぐしゃぐしゃになった顔のままドアを開けた。

 ドアの向こうには、出勤前のカイルさんが立っていた。私の顔を見た瞬間、彼のいつも冷静な表情が一瞬で崩れた。


「な、何があった!?」

 彼は一歩踏み出し、私の肩に手をかけようとする。その鋭い青灰色の瞳は、驚きと、明らかな焦燥に満ちていた。


「え、ちょ、カイルさん!?」

 彼の慌てぶりに、今度は私が驚いてしまった。


「大丈夫か、どこか怪我を負ったのか!? それとも、誰かに何かされたのか!」

「あ、ちが、ちがうんです!」


 私は慌てて、持っていたおにぎりを彼の目の前に差し出した。


「これ! ラオスを炊いて、おにぎりを作ったんです。美味しすぎて……感動して、涙が出ちゃって!」 


 カイルさんは、私の顔と差し出されたおにぎりを交互に見て、ピタリと動きを止めた。そして、彼の顔に、またいつもの無表情が戻ってくる。


「……馬鹿げている」


 冷たく言い放たれたが、彼の肩の力が抜けたのがわかった。私は、彼を驚かせたことが申し訳なくなり、鼻をすすった。


「本当にすみません! お騒がせしてしまいました。でも、懐かしくなって、本当に美味しくて、思わず涙が出ただけなんです」

「……」


 カイルさんは無言でおにぎりを見つめた。

「食べてみますか?」

 彼が頷いたので、急いでおにぎりをもう一つ作り、お皿にのせて彼に渡した。あ、手をちゃんと洗ったとはいえ、人が握ったおにぎりってどうなんだろう。嫌だったりしないかな? そんなことを考えたけど、彼は気にする様子もなく、一口大にちぎり口に運ぶ。そして、静かに咀嚼した。


「どうですか?」

 私が期待を込めて尋ねる。

「……塩加減は適度だ。悪くはない」

 クールな評価だったけれど、悪くないは「美味い」という言葉の代わりだとわかった。

「良かった! カイルさんにも気に入ってもらえて嬉しいです。今度これと合わせて、カレーも作ってみますから、ぜひ食べてくださいね」


 私が浮かれ気分でそう伝えると、カイルさんは残ったおにぎりを食べ終え、小さく息をついた。彼の表情は、また少し悩ましげになる。


「ユイ。少しだけ時間はあるか? 王城に来てほしい」

「今からですか?」

「ああ。重要な話がある」


 彼の真剣な眼差しに、私の背筋が伸びた。


 連れて行かれたのは、王城の魔道士団の本部だった。建物は、石造りで重厚ないかにも権威ある場所だ。私はカイルさんに連れられ、団長室へと向かった。

団長室の扉を開けると、その部屋に置かれた応接テーブルに、既に二人の男性が座っていた。

 カイルさんが椅子に座るよう促す。私は緊張しながら、カイルさんの隣に座った。


 応接テーブルの向こう側には、金髪の男性がいた。カイルさんよりも少し年上で、目元に皺が刻まれているが、それがまたダンディな色気を醸し出している。

 そして、その隣には、細身で知的な雰囲気の、きれいめな顔立ちの男性が座っていた。

 二人とは面識がある。顔を合わせると、金髪の男性が穏やかな笑みを浮かべ、挨拶をしてくれた。


「知っていると思うが、改めて自己紹介させてほしい。俺は、王立魔道士団の副団長を務めているイリアス・ノルヴェインだ」

 何度か会った事のあるダンディな副団長さんだ。


 次に、細身の男性が落ち着いた口調で続けた。

「私は、王宮治癒師団の長を務めている、ディオン・ライナーです。よろしくお願いしますねユイさん」


「あ、ユイです。よろしくお願いします」


 私は慌てて挨拶を返した。カイルさんが、少しだけ咳払いをして、本題に入った。


「ユイ。単刀直入に言う。お前に協力してもらいたい案件がある」


 続けて、副団長のイリアスさんが、真剣な表情で説明を始めた。

「最近、王都から遠く離れた『嘆きの森』の奥で、魔物が多く発生している。具体的には、魔獣リザードや、ゴブリンが中心だ」

 その言葉にハッとなる。魔物討伐、ついに来たか。


「今までは騎士団が対応できていた。しかし、この数週間で、その発生数が異常に増加している。騎士団だけでは手が回らなくなり、魔道士団が討伐に参加することになった」

 イリアスさんは、私を真っ直ぐに見た。

「そこで、ユイさん、君に同行してほしい」


 治癒師団長のディオンさんも、穏やかに口を開いた。

「治癒師団も今回の遠征に同行するんですが、今回の魔物は通常の想定を超えているんです。我々は森で何か異常な事態が起こっているのではないかと考えているのです。そこで、浄化の力を持つユイさんに一緒に来ていただきたいんです」


 私の「浄化の力」が、この国で必要とされている。そう思うと、胸が熱くなった。再び、副団長のイリアスさんが続ける。

「ただ、今回の討伐遠征は、王都を長期で離れることになる」

 イリアスさんは、カイルさんを一瞥し、そして私に微笑んだ。

「そこで今回の遠征隊は、カイル団長ではなく副団長の俺が率いる事になった。君には、治癒師団と共に、我々と『嘆きの森』へ行ってほしいんだ」

 カイルさんは、私の隣で、ただクールにその様子を見ているだけだ。

「分かりました。私、行きます」

 私は迷いなく、きっぱりと返事をした。折角、この地に来て浄化の力を貰ったのだ。この国の平和のために貢献できることに、責任感が湧いた。


「ありがとうございます、ユイさん。力になってくれるのなら、これほど心強いことはない」

 イリアスさんが深く頷いた。


「遠征の細かな日程と、準備物などについては、ディオン団長配下の治癒師、ルシアから改めて説明させる。彼女は花街区の件でも君と顔を合わせているから、話はスムーズだろう」

「承知いたしました」


 話がまとまり、私は緊張を解いて立ち上がった。

 私は、カイルさん、イリアス副団長、ディオン治癒師長に深々と礼をして、団長室を後にした。

「ユイさん、また後でルシアから連絡させます」というディオンさんの声を聞きながら、廊下を歩き出す。

 すると、隣にカイルさんが無言で立っていた。


「あの、カイルさん? お仕事に戻らなくて大丈夫ですか? 私一人で帰れますよ?」

 そう尋ねるが、カイルさんは歩調を緩めず、低い声で言った。


「遠征は、十分に気をつけてほしい」

 彼の声には、いつもの冷たさではなく、静かな、深い心配が滲んでいるように聞こえた。その言葉に胸が一瞬だけ跳ねる。

 彼が立ち止まり、私に向き直った。

「城門まで送る。行くぞ」


 言葉はクールだが彼の背中は優しかった。私は決意を新たにする。今回の遠征には、カイルさんは来ない。不安もあるけれど、私にしかできない浄化の力で、この国の力になれる。


「遠征の準備、しっかりしなきゃ!」

 彼の言葉をお守りに、王城を後にした。


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