14 祭りの余韻
帰り道。セレナが用意してくれた馬車の中で、ユイは座席にもたれて息をつく。
「はぁ……すごい一日だった」
「ふふ。楽しかったでしょ?」
「楽しすぎたよ。セレナ、今日は付き合ってくれてありがとう」
「お礼ついでに、これ。今日の記念」
セレナがにやりと笑って、小包を差し出した。
「え、なにこれ?」
リボンをほどいて開けてみると──
「……えっ、これ!」
中には、今日会場で売られていたカイルのプロマイド。思わず見とれてしまった一枚。
「きゃあぁぁ!!!」
彼の絵と目が合い、思わず顔が赤くなる。慌てて包みを閉じて、セレナを見た。
「な、なんでこれを!?」
「人気の絵はすぐに売れ切れるって言ったでしょ。だから、買っといたのよ。ほら、記念に」
「う……いや、かっこいいけど恥ずかしい」
「それ、本人に言ってみたら?」
「む、無理!!」
セレナが笑う。そんなやり取りを繰り返しながら家についた。
「じゃあね、ユイ。今夜はいい夢見なさい」
「うん、ありがとう。おやすみセレナ!」
馬車が遠ざかる。家の前に立つと、夜の静けさが戻ってきた。王城で打ち上がる花火の音が遠くで響く。
(ほんとに、夢みたいな一日だったな……)
部屋に灯をともし、机の上に置いたプロマイドをちらっと見る。
(……やっぱり、かっこいい……)
頬を赤くしながら、クッションに顔を埋めた。
その時──
コン、コン
(あれ、セレナ? 何か忘れ物?)
「こんばんは」
「っ……カイルさん!?」
扉を開けるとさっきまで闘技場にいた彼が、そこに立っていた。黒の外套の裾が風に揺れ、月光が横顔を照らす。戦いの後とは思えない、冷ややかな美しさ。
「帰ったと聞いたが、まだ起きていたか」
「は、はい。 今ちょうど、着いたところで……」
「……昼間の件だが」
「え?」
カイルが一歩近づく。距離が一気に縮まって、息を飲んだ。
(ち、近い……)
「試合中、集中が乱れた。……お前、俺に何をした」
「えぇ!? な、何もしてませんって!」
「……なら、どうしてこんなに落ち着かない」
一瞬、彼の声が掠れた。その低音が胸に響いて頬が熱くなる。
(だめだ、心臓が変になる……)
「……俺にかけた魅了を、解け」
「かけてません! って言ってるじゃないですか」
「そうか」
短く言い、彼が視線を逸らすと、ぱっと口に手を当てた。その目が私の背後を捉えてる。
その視線の先には──机の上の、プロマイド。
「あれは……」
「ち、違うんです! 私が買ったんじゃなくて! セレナが勝手に!」
「ふ……」
笑った。あの冷たい男が。ほんの一瞬、優しく。
「……お前は本当に、面倒だな」
「えっ?」
「もう寝ろ。魅了を解く夢でも見ておけ」
くるりと背を向け、扉の前で一度だけ振り返る。
「……あまり俺を見るな」
「へっ?」
「……また、乱れる」
そう言い残し、夜の闇に溶けて消えていった。
頬を押さえ、ベッドに崩れ落ちる。
(な、なんなの……! ドキドキ止まらない……!)
月明かりが窓辺を照らし、カイルのプロマイドがそっと光る。
彼の声が、胸の奥にまだ残っている。
「俺にかけた魅了を、解け」
思い出すたび、鼓動が跳ねた。目を瞑れば、今日見た彼の美しい魔法が瞼に浮かぶ。この気持ちを落ち着ける方法が見つからなかった。
本日、二話目の更新です。




