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「仕事全部辞めろ」
「はい?」
いきなり言われて、橋本さんは目を見開いている。
あ、またやってしまったと思う。
まあいい。
「これを見ろ」
「契約書?」
そこには、朝食、夕食作り、
ほか洗濯、掃除で月30万と書かれていた。
「これは?」
「見ての通り契約書だ」
自信満々に言う。
「いえ・・・私、掃除は専門ではないですよ?」
「別にかまわない」
「えっと・・・」
「とにかく、ちゃんと寝ろ!」
少し赤くなって、叫ぶように言う俺に、
橋本さんはきょとんとした表情をしていた。
「でも月30万なんて・・・収入のほとんどじゃ・・・」
「ああ、このマンション俺のなんだ、
給料の他に不動産の収入がある、
30万はここから出す、
給料はまるまる残るから心配ない」
そう言い切ると、溜息をついて、
橋本さんが困った顔する。
「もう決まりなんですね」
「決まりだ!」
そう言い切る俺に、
「ありがとうございます」
と困った顔で、でも少し嬉しそうに
契約書にサインしてくれた。
それから、橋本さんは俺の専属の家政婦になった。
前は風呂に入ろうとして、
栓を抜いたまま忘れていて、
湯舟に浸かろうとしたらお湯がなかったとかあったが、
今はそんな事はない。
彼女がいてくれる安心感。
最近、少しづつだが、笑顔も見せてくれるようになった。
明日、クレーム対応だと愚痴をこぼしていると、
その日の晩はご褒美だとステーキ丼にしてくれた、
そんな心使いが凄く嬉しい。
休日、彼女がいないと、
どことなく寂しく感じてしまう。
どんどん彼女に惹かれている自分を感じる。
しかし!断じて彼女が好きな訳ではない!
彼女に迫ったら、解雇すると言っていた俺だ、
俺が彼女に迫ったら、彼女は仕事を辞めてしまうかもしれない、
あくまで、彼女にとっていい務め先である事が重要なのだ。
俺は橋本さんが好きではない、そう自分に言い聞かせた。