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見た目も立派なマンションだと思ったが、
部屋に入ってその感覚は大きくなった。
お金持ちの部屋は広くて、キッチンも広い。
今までも家政婦を雇ってきている事もあって、
かなり調理器具、調味料は充実していた。
これなら、リクエストに応えるのも、
けっこういけるかも・・・
内心ほっとする。
まずは雇用主との挨拶だ。
「橋本楓です、よろしくお願いします」
「大丈夫なのか?」
相手から返ってきたのは、少し不機嫌そうな声。
鷹村祐介
つい最近29歳になったばかりのはず。
「お話は聞いています、私は大丈夫です」
今まで派遣された家政婦4人に迫られ、
かなりうんざりしているのだろう。
ちなみに迫った女性の最年長は56歳だったらしい。
恐ろしい・・・
整った顔、高い身長で体格もスラリとしている。
どんな会社で働いていて、
どんな仕事をしているのかも知らないが、
このマンションに住めて、私の勤める会社に家政婦を
頼めるのだ、かなりお金持ちと思っていいだろう。
確かに、世の女性に狙われてしまっても仕方ない。
ちょっと同情するけど・・・
私の場合、ああかっこいいなとは思ったが、
TVのアイドルを見て可愛いなと思うのと大差がない、
心臓はどきどきしないし、恋愛の欠片もない。
それより、料理でどんなリクエストをされるのか
その方がどきどきする。
「料理の希望をお聞きしても?」
「いつも聞かれて困るんだよ、任せちゃ駄目か?」
おや?と思う、
だいたい細かいリクエストをしたくて、
うちの会社に家政婦を頼む方が多いので、
ほとんど初めてのパターンだ、ちょっと困ったわね。
「好きな食べ物はありますか?」
「だいたい何でも食べるよ」
「それじゃ困ります、好みとかできるだけ細かく
教えて欲しいんです」
こうゆう人ほど、後で文句を言ってくる事が多いのだ、
「何食べたい?」
「何でもいい」
「じゃあラーメンな」
「ラーメンなんて嫌よ!」
のパターンである。
これは何とか回避したい・・・
「と言われてもねえ、家庭料理だけど、
小綺麗に盛られていて、そこは外食みたいなのがいいかな」
「そうですか・・・」
「味付けは?」
「良く分からん、任せる」
だんだん自分でも真顔になっている事に気づくが、
これ以外の表情ができそうになかった。
「アレルギーや苦手な食材はありませんか?」
「ないな」
私は心の中で盛大な溜息をつく・・・
これはかなりハズレな依頼者に当たってしまったかも・・・
今までクレームが1つもなく、
人気者家政婦としてやってきたのに、
初めて、『駄目でした』の報告が入る覚悟をする。
とにかく、私の得意料理は和食だ、
定番の物をメインに、しかし出汁だけはきちんと取るとか、
こだわっていこうか・・・
マンションの冷蔵庫を眺めながら、何を作るか考え始めた。