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91.王として、依代として

 抱き合うふたりを現実に引き戻したのは、足元でピィピィ鳴くラブルでした。

「ご、ごめんなさい! わああああ! ラブルさんが!」

 慌てた万里子は力一杯クラムルードを押しのけると、足元に転がる光篭を拾い上げました。

 押しのけられたクラムルードは面白くありません。万里子が胸に大事そうに抱き上げた光篭を奪い取ろうとしましたが、万里子は離しません。

「おい」

「な、何」

「なんで離れるんだよ」

 万里子は真っ赤な顔をして後ずさっています。

 会いたいと心からクラムルードの事を思ったら、眩い光に包まれて、気が付いたらクラムルードの腕の中にいました。

 驚きと喜びでつい大胆な行動に出てしまいましたが、正気に戻った今は思い返すと顔から火が出る思いです。

(ちゅーしちゃったよ! ちゅーしちゃったよ! 自分から目を瞑っちゃったよ!)

 何て事をしたんだと、万里子は恥ずかしさでクラムルードが見れません。

 ですが、更に後ずさりしようとしたところでとうとうクラムルードに捉まってしまいました。

「何もしない。いいから落ち着け」

 左腕を捉まれたまま歩みを止めた万里子を見て、クラムルードはホッと息をつきました。

「逃げるな。ちゃんと戻ったか、髪を見せてくれ」

 空いた片手で万里子の頭をそっと撫でると、そのまま手櫛を通し指に髪を絡ませました。

「私の髪、うねりが強くて硬いでしょ」

「そうだな。まるでお前みたいに頑固だ」

「ひ、ひどい」

 相変わらず万里子は顔を上げる事が出来ず、俯いたままです。

 肩にかかる位の万里子の髪に、ちょうどクラムルードが指に絡ませているのが見えました。

「だが、俺は好きだ。やっぱりお前には黒髪が似合う」

 見慣れなかった灰色の髪は、すっかり元通りの黒になっています。

「あ、あの……」

「ん?」

「あり……が、とう。あの……髪戻してくれたのも。我侭、聞いてくれたのも」

「……ん」

 絡ませた指を軽く引っ張ると、先程まで抵抗していたのはどこへやら……万里子は簡単にクラムルードの腕の中に戻ってしまいました。

「すごく、すごく無理してくれたんでしょ。皆に沢山協力してもらって……」

「ん」

 ポンポン、と後頭部に回された大きな手が優しく撫でます。

「ほんとに……ありがとう」

「いいよ。行って、お前の居場所を見つけたんだろう? そうしてここに戻って来たんだろう? なら、それだけで充分だ」

「…………」

 万里子は何も応える事が出来ませんでした。

「これからは、一緒なんだから」

 クラムルードの声はとても嬉しそうです。

 ですが、万里子の中ではスティリカの言葉がこびり付いて離れませんでした。


――ヤンテはこの世界唯一の神。依代である万里子は、一族の長、ましてや王族とは決して結ばれてはならない――


 それでも、万里子はクラムルードを選びました。

 想いを自覚した時から、クラムルードへの想いは増す一方で、遠くに離れてライカとの未来を考えるなんて出来ませんでした。

 でも、それ以上に願う事は、この大陸一番の大国の王であるクラムルードの幸せです。

 自分の感情を優先させる事は万里子には出来ません。

 万里子は、クラムルードの言葉に返事をする事は出来ませんでした。


 万里子を伴って執務室に戻ったクラムルードを待ち構えていたのはイディとジルでした。

 片方の靴をなくしていた為、クラムルードに抱き上げられていた万里子は二人の姿に慌てますが、そんな万里子をジルが宥めます。その表情は少し寂しそうでした。

「マール、そんなに慌てなくても……すぐにシアナに履物を用意させましょう」

「いや、履物なら俺の部屋にある。ガイアス、持ってきてくれないか」

 椅子に下ろされて恥ずかしさに目を泳がせていた万里子は、ガイアスが持ってきた靴を見て驚きます。それは、クラムルードに酷い事を言われ、その腹いせに投げつけた靴でした。

 綺麗に磨き上げられたそれが足元に置かれます。万里子はクラムルードが大切に持っていてくれたというそれだけで嬉しさに微笑みました。

「あ、ありがとう」

「マールが戻ってきたという事は、とうとう王妃になる決意をしたって事かな?」

 冗談ぽく言ったイディの顔はもう吹っ切れたように爽やかです。

 ですが、それに対して万里子が首を横に振ったのを見ると、眉根を寄せました。

 それは他の二人もです。特に思いを確かめ合ったばかりのクラムルードはとても驚きました。

「お前……何を言っている!? お前は俺の気持ちに応えただろう! 一緒に居るって言ったじゃないか!」

「私は……」

 緊張からか、声が掠れます。

「私は、王妃になる事は出来ません……。依代の身では、王族や一族の長とは結婚してはならないの」

 万里子の声はとても苦しそうです。

 ジルは万里子に近づくと、ぎゅうっと強く握られている手を自分の手で包み込み、理由を尋ねました。

「何故? マール。イルーで一体何を知ったんですか?」

 ジルに促され、万里子はポツリポツリと話し始めました。ジルとイディが根気強く話を聞いている中、クラムルードは忙しなく部屋の中を歩き回っています。まるで、身体の中で荒れ狂う激情を持て余しているかのようでした。

「ヤンテは、この世界で唯一の神です。政治に関わる人物とは結婚してはいけないのだと教わりました。依代はこの世界の調和を乱す存在になってはならないのだと」

「お前は! そうやってお前は利用されたままで居るっていうのか!」

「陛下。少し落ち着いてください。もう少し話を聞きましょう」

 チッと舌打ちをすると、クラムルードは腕を組み睨みつけるように万里子を見下ろしました。これでは歩き回られた方がまだマシです。

「続けてくださいマール。それにしてもマール。あなたが元々こちらの世界に人間で、イルー人だったなんて……私は祖父からもそのような事は聞いた事がありません。しかも祖父がかなり深く関わっていたようですが……」

「はい。スルグさんもヤンテ存続の危機感があったようで、キリエの研究には力を貸していたと言っていました。キリエが私を追って日本に渡ってからはスルグさんが呼び戻す為の研究をしていたのだそうです」

「呼び戻す? キリエはどうやって貴方の後を追ったのです?」

「私の様子を見ていたと聞きました。二人で協力して世界をまたいで私を……というか、ヤンテを見つけたのだそうです。その後キリエが後を追い、残ったスルグさんが呼び戻す役割だったようです」

「こちらから? マールの世界が見れたんですか?」

 それも初めて聞くらしく、ジルは驚いて聞き返しました。

「一方的にですけど……日本――私が居た世界からは何も出来ませんでした。だから戻って来た時にスルグさんが亡くなられていた事、キリエはとてもショックを受けていました」

「そう……ですか……。それで納得しました。祖父が死んでからもなお、ヤンテの存在を気にかけて復活を私に伝えてきたのも頷けます」

 深く頷いたジルとは対照的に、怒り出したのはクラムルードでした。

「それでお前は『ハイそうですか』って納得してここに来たのか! さっき俺の告白を受け入れただろう! これから一緒だと!」

 きつく唇を噛み締め、万里子はそれに耐えました。

「王妃には、なれない。私はまたこの世界を混乱に陥れる存在になってしまう」

「だから! どうして全てお前が背負わなければならない! 何故、お前ばかりが犠牲になるんだ!」

 クラムルードの声はどんどん大きくなります。

「犠牲なんかじゃない! それだけで、この世界は平和なのよ!」

「“それだけ”!? それだけ、だと!? お前にとっては俺の存在はそんなに小さなものか!」

 そんなわけない! そう、否定したかったのですが、万里子はぐっと堪えました。

 黙りこんでしまった万里子を、クラムルードは睨みつけたままです。ですが、やがて力一杯壁を殴りつけると荒々しく扉を開けました。

「勝手にしろ!」

 突然出てきたクラムルードに驚いたガイアスは後を追おうとしますが、クラムルードはそれを断るとさっさと出て行ってしまいました。

「マール……」

「私、クラムを怒らせてばっかりですね……」

「マール」

「考えてもみてくださいよ。異世界で平凡な学生だったんですよ? 王妃だなんて……無理に決まってるじゃないですか」

 努めて明るく話す万里子でしたが、ジルとイディは難しい顔をしたままです。

 でも、万里子にはこの世界を危険に晒してまで自分の感情を押し通す事は出来ません。

 それならせめて、結ばれなくても近くで手伝いたいと思ったのです。

 思わぬ形でクラムルードと再会し、感情が爆発してしまった事でクラムルードに納得してもらうのは少し難しいかもしれませんが、きっと分かってくれるはずだと思いました。

「クラムは納得するかな……」

 イディもそう指摘しますが、万里子は頷きました。

「説得します。きっと、分かってくれると思います。クラムだって、この世界が再び混乱に陥るのは避けたいはずだから。私には何も出来ないですけど、依代わたしがラウリナの王都に居る事で、他国よりも優位に立てるなら、ここに留まらせてもらって皆さんの役に立ちたいです」

「そんな風に、考えなくてもいいんですよ? 勿論、神殿側としてはマールを受け入れる準備は出来ていますがね」

「ジルさん、ありがとう。グランデさんにも話さなきゃなって、思っていたんです。私、もう王妃の棟には居られないから」

 万里子は気丈に振舞いますが、ジルとイディには、万里子がクラムルードが出て行った扉を意識して見ないようにしているのもお見通しでした。

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