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79.兄弟会議

 午後の休憩のひとときを兄弟揃ってお茶をしているのは初めてかもしれません。

 特に前国王陛下が急逝してからは、一時的にしろヤンテが消えたりガルディスの王が闇に落ちるなど、様々な事が起こっておりましたのでクラムルードは政務に追われておりました。

(そういえば兄上がアイツを連れての逃避行に踏み込んだ事もあったな……つい最近だが、なんだか懐かしく感じる……)

 イディが考えている事に、クラムルードは薄々気付いておりました。いっそその方が万里子の幸せかもしれないとさえ思い、万里子がイディの手を取るならばそのまま送り出そうと二人きりにさせたのですが……。

(なぜ……なぜ兄上の手を取らなかった――!)

 思わずぐっと拳を握り、心の中で吹き荒れる感情に耐えます。

 あの時に万里子がイディの手を取らなかった事に、クラムルードは苦しさと共に安堵を覚え、そんな自分自身に愕然としたのでした。

(いっそ目の前から消えてくれたら、諦めもついたかもしれないのに)

 それなのに、断った事にホッとした自分に腹が立って仕方がありませんでした。

 いつまでもそんな踏ん切りのつかない想いが悶々と心の中を支配し、クラムルードは正直政務に忙殺されている方が苦しくなかったのです。そんな自分を尻目に、イディは気持ちの整理が出来たようでスッキリした表情でお茶を飲んでいます。人としての器の大きさを見たようで、また自分の不甲斐無さに溜息が出る思いでした。

(いや、今日はそんな事を考えてはいけないな……)

 クラムルードはネストラードに視線をやりました。

 何かあるとすぐに姿をくらまし、誰の指図も受けずにわがまま放題に生きてきたネストラードが、スイルに行ってからどうも様子がおかしいのです。スイルの特色を色濃く受け継いだネストラードはそれを利用して度々宮殿に混乱を招いておりましたのに、帰国後の挨拶といい急に大人びたように見えました。

「ネスト、俺に何か言う事があるんじゃないのか」

 この茶会は単なる兄弟の親睦を深める会として開いたわけではありません。ネストラードに変化があった事は確かです。ですが、帰国してすぐの報告会では何も言わなかった事を考えると、万里子がいない場を作った方が良いとクラムルードが判断しての事でした。

「兄上……」

「お前がスイルから戻って以降、様子が違う事位気付いている。すぐに時間を取る事は出来なかったが、今なら人払いもしている。話せ」

 ネストラードはイディとクラムルードの顔を交互に見ると話し出しました。

「僕は……この国を出てスイルに行こうと思ってる」

「――それはお前の意思か?」

 イディの問いかけに、ネストラードは深く頷きます。

「うん。確かに、ミルファ女王陛下から取引は持ちかけられた。あの人は自分の息子達にマールを誘惑するように言っていたみたいだ」

 ネストラードの言葉に一瞬二人の雰囲気が硬くなりました。

「それを止めさせるのは僕の決断だってね。それで分かった。あの人が求めているのはヤンテの不思議な力ではなく、薄くなっていったスイルの血の復活だったんだって。だからマールを呼んだのは、僕にこの取引を持ち掛けるためだって」

「では、お前はその話を飲んだという事か。ならは国として正式に抗議を――」

 ですがネストラードは首を横に振りました。

「ううん。あの人がマールの事を持ち出したのは本当だけど、スイルに来ると答えたのは僕の意志なんだ」

 ネストラードは言葉を選びながら静かに話し出しました。

「僕はずっと中途半端な状態で、どうしてこんな風に生まれてきたんだろうって思っていたんだ。自分でコントロールできるまでは、ふとした瞬間に皆が僕を見なくなってこのまま僕は消えてしまうんじゃないかって怖かった。捜されて騒がれて、やっと安心する。嫌な子供だった」

 つい先日までしょっちゅう姿をくらましては周りを困らせていたネストラードはもうそこにはいませんでした。

「僕はスイルに行く。そしてスイルで王になる。母上の国を、守りたい」

 しっかりと顔を上げて、そう断言しました。

「本気なんだな」

「だから一度ラウリナに帰って来た。あのまま残っていては外交上の問題になる。僕は今回マールの儀式にラウリナ王家の代表として参列した。だからちゃんとマールと一緒に戻ってきて、兄上達に報告する義務がある。そしてちゃんと兄上達の許しを得て、国を出なきゃいけないと思った」

 しっかりと前を見据えるその視線に、二人はネストラードの本気を感じました。

「……そうか……」

「認める気か? クラム! その話を受け入れた場合、ミルファはラウリナを容易に動かせる存在だと思うだろう。ネストは人質のようなものだ!」

「そうはならない。そうはならないように、お前がミルファを止めるだろう? それ位、出来るよな? それが出来るから、スイルに行くんだろう?」

 初めてクラムルードに認められたような気がして、ネストラードは胸が熱くなりました。そして力強く頷きます。

「うん! 勿論だよ! 僕はスイルに行ってもこの国の王子である事に変わりはないんだから!」

「なら、行け。お前がどこまで出来るのか、ちゃんと見せてみろ」

「クラム……」

 三人は顔を見合わせ、誰からともなく笑いました。

「マールだよ。マールが、僕の背中を押してくれたんだ。次は僕がマールの背中を押す番だ。それがここで出来る最後の仕事だと思ってる」

「じゃあ、まだ少しはこの国に居るんだな?」

「うん。マールはまだ迷ってるから。マールは僕達を照らすヤンテをもたらしてくれたけど、マールの世界はまだ薄暗いんだ。でもそれはマールだけじゃない」

「うん?」

 なんだか外が騒がしくなり、いち早くイディが動きます。

「ガイアス、どうした?」

「マール様がこちらに向かっております。ドリーを連れておりますが……如何いたしますか?」

「マールが?」

 困惑した表情を浮かべるガイアスの視線の先には、普段着のゆったりした衣を着たマールがまっすぐこちらに向かってくるのが見えます。

 棟の入り口に立っていた警備の男もさすがに相手がマールではどうしたものかと逡巡しているようです。結局ドリーが話しをつけてそのまま通り抜けて来ました。

 扉を開けたまま話しているイディを不思議に思い、クラムルードが問いかけました。

「兄上、何かあったのか? この声は……」

「マールだ。何か怒っているようでこちらに真っ直ぐ向かっている。何か身に覚えは?」

「は?」

 イディも不思議そうにクラムルードを見ますが、クラムルードには覚えがありません。

 午後はグリューネの仕事の手伝いをしているはずです。万里子がサイナでグリューネの手伝いをそれはそれは楽しそうにしているのをクラムルードは知っています。

 宮殿の中で万里子が心を許せる存在が少なく、女王の棟に篭りがちになった万里子を心配したクラムルードがグリューネの仕事の手伝いを提案したのです。

 翌日から嬉しそうにグリューネの元に通い、笑顔が増えてきたとシアナから報告を受けていたのですが、その仕事を放り出してこちらに来るとは一体何事でしょうか……。

「マール様、お待ちください」

「ガイアスさん、クラムルードはいますか?」

「いらっしゃいますが……今はグリューネ殿のお手伝いをされている時間では?」

 その言葉はなぜか益々万里子を怒らせてしまったようです。

「そうですよ! 私はただグリューネさんのお手伝いがしたくてやっているだけです!」

 なにやら噛み合わない二人の会話に、とうとうクラムルードとネストラードも立ち上がり扉へとやってきました。

「なんだ? もう手伝いは飽きたとか言うつもりか?」

 やっと顔を出したクラムルードに、万里子の怒りは爆発しました。

「やっと出てきたわね! グランデさんに聞いたんだから! 私じゃ嫌だって言ってたのに! どういう事ですか!」

「何の事だ?」

 突然怒鳴られても、クラムルードには何の事なのかさっぱり分かりません。

「グリューネさんの仕事を手伝っていたら、グランデさんが来たのよ! そしたら、染色と裁縫の仕事を“花嫁修業”だって言うんだもの!」

「はぁ!?」

「はあ? じゃない! 第一、あんたにはムム様っていう可愛い婚約者が居るじゃない! 私なんて願い下げだって言ったじゃない!」

 泣きそうに顔を歪めながら怒る万里子を見て、クラムルードは困惑しました。

「待て! 誤解だ! おれはただ……それに! あいつは婚約者なんかじゃない! 願い下げだなんて言った事も……」

 万里子の様子にうろたえるクラムルードの姿を見て、イディはそっと溜息をつき、ネストラードは思わず吹き出してしまいました。

「……何をしてるんだよクラムルード兄上は。マールにすっかり誤解されちゃって……」

「全くだ。全て裏目に出てるな」

「ねえ、イディ兄上……僕、クラムルード兄上を応援していいかな」

 その言葉の意味をすぐに理解したイディは、口喧嘩を続ける二人を見て「ああ、いいよ」と呟きました。


 

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