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7.効かない娘

ジルの胸に頬を預けた万里子は、勿論彼の言葉は聞こえておりましたが

ここは無視する事にして、心の痛みに従い涙を流しました。

思えば、いつも出来すぎた2人の兄妹に隠れるように、でしゃばらないようにと

暮らして来た為、自分の為に泣くのは、万里子にとって久しぶりの事でございました。


そっと、万里子を抱きしめる腕に力を込めるジルでしたが、


その時。



ポツリ。ポツリと、空までが万里子と同じように涙を流し始めました。



とっさに、自分達の周りに結界を張った為、濡れる事はありませんでしたが、

ジルの腕の中で静かに涙を流す万里子と、少し光を弱め空全体を薄暗くして

雨を降らせるヤンテ。

交互に見比べて、これは偶然だろうか・・それとも・・・と、ジルは考えを

めぐらせていました。


一方、今まで知らず知らずに我慢してきた涙を、一度流してしまった万里子は

その止め方を知らず、涙は激しくなるばかりでした。

しゃくりあげるように泣き続ける万里子。

空から降る雨も、どんどん強くなります。


これは・・・間違いなく、天候は万里子の涙と関係している。

とにかく万里子の涙を止めなければ・・。


ジルはその場にそっとしゃがみこむと、泣きじゃくる万里子の頬を自身の両手で

包み込み、そっと、万里子のまぶたにキスをしました。

そして唇を押し付けたまま、舌でペロリと、今まさに流れ落ちようとしていた

滴を舐めあげました。

突然まぶたに感じた柔らかさと、それに続く濡れた暖かい感触。

あまりの驚きに簡単に涙は引っ込み、そんなに大きくない目を精一杯に広げて

ジルを見つめます。

ですが、ジルはなんだか納得のいかないような、少し不機嫌そうな表情をしていました。


あぁ、あたしってば取り乱して、この人にとんでもない面倒をかけてしまったんだ。

彼もきっと、あの華やかなマリコの方が良かったのだろう。

なのに、1人放置されていたから救いの手を差し伸べてくれたのだ。

それを、なんかいきなり裸足だからってお姫様抱っこしてもらったり、

胸を借りて子供みたいにワンワン泣いたり。

そんなのはもっと華やかで、華奢で可愛い女の子の特権なのに・・。


すーーーっと頭の中が冷静になり、とんでもない失態をしてしまったものだと

慌てて立ち上がり、ジルから少し離れます。

ジルが雨に濡れないようにと作った結界から、外に出てしまいましたが、もう雨はあがっていました。


ジルはと言うと・・・まだ大層不機嫌な表情をしておりました。

万里子が考えた理由とは全く別の理由からでしたが、離れても未だ表情が晴れない

ジルを見て、万里子は益々勘違いをするのでございます。



目立たない!迷惑をかけない!空気のような存在に!


いつも自分に言い聞かせていた言葉を、口には出さずに心の中で大きく唱え、

万里子は自分を立て直しました。

こうなってはこの世界で生きていくしか、ないのです。

今、この世界にはジルしか話し相手がおりません。

彼にとって、自分は思いっきりお荷物かもしれませんが、頼る相手は彼しかいないのです。


ジルも気を取り直したらしく、美しい顔に笑顔を復活させると立ち上がりました。

女性的な容姿から少し華奢な印象を持っていたのですが、隣に立って見ると

意外とジルは背が高い事に気付きました。

確実に、頭ひとつは万里子よりも大きいのです。

やはり男性なのだ・・と、兄以外は若い男性と親しくした事が無い万里子は

どうにも居心地が悪くなるのでした。


この人を・・頼るしか、無いのだろうか?


「姫、私の屋敷にご案内致します。」


すっと、手を差し出すジル。

万里子は一瞬、迷いましたが、異世界にひとりという心細さが勝ってその手を取りました。


「まず、着替えが必要ですね」


「着替え、ですか?」


「ええ。今は裸足ですし、お色が黒では・・少し、目立ちますので」


「黒だと何か都合が悪いですか?」


「黒は、我々の世界では身分の低い者を表します。下級召使などが着るものなのですよ。

道中、危険かもしれませんからね」


あぁ。神殿での、皆の冷たい視線の理由が分かった気がする。

だから、色鮮やかなマリコの方が良かったのだ。

こんな全身真っ黒な娘を、姫と受け入れるのは困難だったのだろう。


と納得はしても、着替えもお金もありません。

やはりジルに頼るしか無いようでした。


「少し、じっとしていてくださいね?」


万里子の両肩に手を置き、なにやらつぶやきますが・・・


「?」


「・・・・・」


ふう。小さなため息と共に、ジルが手を離しました。

何があったというのでしょう。万里子にはさっぱり状況がわかりませんでした。


実は、先ほどから万里子に対して術を使っているのですが、全く効かないのです。

本当はまぶたにキスをした時も、同時に眠る術をかけていました。

その方が泣き止むし移動は楽だしの、一石二鳥だったのです。

そして今回も・・・この世界とは全く違う趣の衣・・しかも、黒の衣を纏った

娘を連れ歩くのは人目を引くので、こちらの世界の装いに変えようとしたのですが

それも空振りに終わったのでした。


こちらの世界の人間では無いからか?

とも思いましたが、宮殿に連れて行かれたマリコは、サクの術で言葉が通じるように

なっていましたし、

そうなると・・万里子にだけ、術が効かないという事です。マリコに対しての

術と同じ術をサクがかけていましたが、万里子は最初から言葉を理解していました。

サクの術も、空振りだったという事です。


さて、困りました。

なんでも人並み以上に出来、若くして一族を束ね、この世界始まって以来の魔術の腕!と称えられ、

最年少で大神官になったジルが、生まれて初めて本当に困りました。


1.万里子と共に、衣を買いに行く

・・・却下。人目につき、この世界の者でない娘がもう1人居る事を広く知られてしまう。


2.万里子をここに置き、一人で買い物に行く。

・・却下。離れた時に誰かにさらわれでもしたらどうする!?離れるのは論外だ!


3.飛んで行く

・・・ジルは飛ぶ事も出来ましたが、万里子に術がかけられない為これも却下となりました。


考えた末、馬車を用意する事にしました。

万里子の姿を人に見られず、一緒に移動するにはそれしか方法が無かったのです。


ジルがなにやらつぶやくと、少しして、枯れた大木の陰から大きな、大きな

白馬が音も無く現れました。

見た目はよく知る「馬」そのものでしたが、大きさが1.5倍くらいの巨大な馬で

4本の足の付け根に小さな翼を持っていました。

そして、その背に馬車をつけているのですが・・・馬車には車輪がありません。

宙に浮いています。

よくよく見ると、馬も浮いています。


「スホは地上より少し浮いて走ります。ですから揺れませんし、足音もしない。

盗賊などにも見つかりにくいのですよ」


どうやら、この馬らしき動物は「スホ」と言うらしい。


根っからの動物好きな万里子は、臆せずスホに近づきました。


「えっと・・よろしくお願いしますね」


スホは、わかった。というように、頬を摺り寄せました。



これで、誰に見られる事なく、姫を屋敷に運ぶ事ができる。

と、考え抜いた移動方法に、ジルが心の中で安堵のため息をつきました。


ですがそれは、道中何も起こらなかった場合。の事・・・。

安心するには、少し早かったかもしれません。



無事に着けたら物語は進まない・・・。

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