68.星詠み人
「ライカを……ご存知ですかの?」
万里子の表情が変わったのを見て、レグゼスが問いかけました。
その隣でジルもまた万里子に問いかけるような視線を向けております。
「知っている、という程でもないんです。ここに戻ってきた時、外で皆さん待ち構えていて。その中にいました。すぐにイルーに戻らなければならないからって、出発の挨拶をしていたんです。ただ……なぜか記憶に残っていて……何ていうんでしょう……なんだか不思議な感じがしました」
すると、万里子の言葉を聞いたジルが「ふむ……」と考え込みました。
「レグゼス殿。それは私も思いました。彼は驚く程高い能力を持った神官ですね。ですが、そのような報告を私は受けた事がありません」
「うぅむ……実はの……ライカは確かに能力は高いのじゃが……それがあやつ自身が持つ能力なのか、そうでないのかがのう……。じゃが、幼少時から神官を目指して修行は真面目に取り組んでおったし、成人する頃にはどの神官よりも魔力は高くなっておった。アレである事も手伝って、満場一致で次の神官長に決まったのじゃ。幼い頃両親を亡くし、キリエの家で育てられた影響も大きいじゃろう」
「アレ?アレ、って何ですか?」
「うむ……実は、ライカは星詠み人でもあるのじゃ」
「え!?」
珍しく驚きの声を上げるジルの横で、万里子は首を傾げるばかりです。
「イルーの事は聞いておりましたよね?イルーはヤンテ研究家一族を始め、学者や研究機関が集まっていると。その中でもヤンテ研究家一族の庇護の下、育てられているのが星詠み人です。文字通り、季節星の輝きやヤンテに対する微妙な位置の変動などで気候を詠む事ができます。それ以外にも、ヤンテの光が届く少ない面積を使って上手に作物を育てたり、漁を行っている。それは星詠み人の助言があって出来る事なのです」
それを聞いて万里子の頭に思い浮かんだのは、気象予報士でした。
「へえー!すごいですね。でもライカさんが星詠み人だと驚くんですか?」
「星詠み人は、選定の儀式で決まるんじゃが、代々それは少女じゃった。それが、なぜか最後に選ばれたのが男のライカじゃったのじゃ」
「……最後?」
「私も最後の選定が彼だったのは知りませんでしたが……星詠み人の情報はイルーでも厳重に保護されてますからね。外部の人間がおいそれと知る事は出来ないのですが……ヤンテが消えてからは儀式も行われていないのですよ」
「いかにも。闇が広がってからというもの、儀式は行われておらぬ。キリエも体調を崩し臥せっておられたからの。ヤンテが復活してようやっとまた我々の前に姿を現してくださった程。儀式なんてとても出来んかったよ……。それに、少女の頃に選定を受けた子達も、年を取り母になった。いや、なれずに死んでいった者もおる。何でかの……母になると、星詠みの能力は消えるのじゃ。今残っている星詠み人は、ライカだけじゃ。ライカの星詠みで、ここに来たのじゃ。終始波は穏やかじゃった。見事な星詠みじゃ」
「レグゼスさんは……一緒に帰らなくても良かったんですか?」
「ほっほっほ。ワシはイルーの神官長は辞めたのでの」
それに、今は姫様の師匠じゃ。と楽しそうに続けたレグゼスの茶目っ気たっぷりの笑顔に万里子もつられて笑顔になりました。
「もう出発した……となると、星詠みで海が荒れると出たのでしょうか……」
「それもあるが、儀式を行う為じゃろう。先に申した通りライカの他星詠みがおらんのでな。ヤンテの祈りの儀式の前に、新しい星詠み人の選定の儀式をするのじゃろう」
「それって、どんな儀式でどうやって少女を選ぶんですか?」
自分がヤンテの依代となった事に何か関係があるのかと、万里子は身を乗り出してレグゼスに問いかけました。
しかし、レグゼスから返ってきたのは困ったような淡い笑みでした。
「それが、分からんのじゃ。儀式はキリエの宣言で突然始まる。闇の森の小さな神殿に候補の子供達を連れ、篭るのじゃ。神官長とて立ち会えん。……連れて行かれる時点では男の子もおる。選ばれたのはライカが初めてじゃがの。子供達は儀式の事を覚えておらぬし、キリエも話そうとはしないのじゃ」
「そんな……」
見るからにしょんぼりとしてしまった万里子の華奢な肩に、ジルが元気づけるように優しく手を乗せました。
「元気だしてください。解決の糸口はここにあるではありませんか。古代語を知るレグゼス殿も手伝ってくださる」
「――そうですね。何もない中進むわけじゃないですもんね。ごめんなさい。気持ちが焦ってしまって」
「さて。では、早速その資料とやらをまとめましょうかの」
「私がお手伝い致しますわ」
それまで近くで控えていたシアナが鞄の中からひとつ、またひとつと丁寧に紙の束を取り出し始めました。
鞄は何しろ無限大に入る入れ物でございます。
巻物の地図と地図を開かない時にはただコロコロ転がる赤い玉、いくつかの紙の束に始まりキチンと綴じられた書物まで、沢山の書類が出てきて、テーブルには文字通り書類の山が出来上がりました。
「これは……」
「……なかなか……強敵ですわね」
「……ですよね……」
「ふぉっふぉっふぉ。さてどこから手をつけようかのう」
戸惑う万里子、ジル、シアナとは対照的に、レグゼスだけは好奇心に目を輝かせ書類に手を伸ばしました。
バサバサバサ
すると、一気に山は崩れテーブルの下にまで散乱してしまいました。
全て束でまとめられていた為に書類が散り散りになる事はなんとか避けられ、ジルはホッと胸を撫で下ろしました。
「ありゃ。すまんのう。こりゃどうしたもんかのう……」
さすがのレグゼスも、これ以上書類に手をつけるのは憚られたようでございます。
その時、控えめなノックが聞こえました。
入室の許可をすると、レニーが緊張した面持ちで姿を見せました。
「姫様、クラムルード国王陛下がお見えでございます」
「え?」
返事をすぐ間もなく、クラムルードがずかずかと部屋に入って来ました。後ろにはイディーが続いております。
その様子から、ジルにはジェルミ殿下とサク老神官が出立したのだと知りました。
(いや、今はジェルミ国王陛下とサク神官長、か)
そのままやって来て周囲を見渡したクラムルードは、キラキラ輝く内装に顔をしかめると、ぶっきらぼうに告げました。
「ジル殿、此度の騒動、ひとまず落ち着いた。また宮殿内の結界を頼みたい。レグゼス殿もジル殿を手伝ってくれるか?」
犯人一味の捜索の為に解除していた結界でしたが、もうその必要はなくなりましたのでまた強い結界を張りなおす必要があるのです。
崩れた書類の山の前で途方に暮れていたレグゼスが腰に手をあて「よっこいせ」と腰を上げました。
「姫様、お勉強は明日からに致しましょうかの」
その瞳は先ほどまでの好々爺然としたものではなく、立ち上がった時にはその瞳も厳しいものに変わっておりました。
「あ、ハイ。結界の方が大切ですから!」
慌てて立ち上がった万里子に、ジルは忠告することを忘れませんでした。
「マール、まだ無理は禁物ですよ?シアナも、結界の方は私達にまかせてマールについていてください」
「承知いたしました」
ジルは、シアナが礼をとったのを確認すると、レグゼスと伴い足早にその場を後にしました。その後をイディが追います。ひと段落したとは言え、結界が解除された状態の宮殿内をくまなく周る為の護衛でした。
それらを横目に見送りながらもクラムルードはそのまま部屋に留まっておりました。
気まずい沈黙が流れます。
その空気に絶えられず、最初に口火を切ったのは万里子でした。
「な、何よ。まだ何かあるの?ここ一応乙女の寝室なんですからね。用が済んだんなら……」
「ふん。ジル殿やあのジジイはいいのか。さっきまではルヴェル殿もいたし、ジェルミ殿下も来たようだがな?」
その言葉に万里子の顔がサッと赤くなるのを、クラムルードは冷たい視線で眺めておりました。
「そ、それはあの……仕様が無いじゃない。治療とか、うん。その為よ。ジェルミさんともすぐにジャーレさんの話がしたかったし……そんなの今日だけだもの!」
「引っ越してからは是非そうして欲しいもんだな。王妃の棟の寝室に用事とはいえ夫以外を入れるなどあってはならないからな」
クラムルードが何を言っているのか万里子はすぐには理解できずに、ぽかんと口を開けて首を傾げました。
その様子に更にイラついたようにクラムルードは小さく舌打ちしゆらりと揺れる自身の赤髪をわしゃわしゃとかき回しました。
「――おい、お前。王妃の棟に引っ越しだ。女官に手伝ってもらいさっさと移動しろ。王妃になるって人間が、そんなあほみたいに口開けて固まってんじゃねえ」
「ななな、なんですってぇーーーーー!?」
あまりの驚きに大きく発せられた万里子の声は、王女の棟に響き渡りました。
文章が重複しておりました。申し訳ありません。
取り急ぎ、ひとつにしまっした。教えてくださった方々、ありがとうございます。
後は帰宅後チェックしてまた直すかもしれません。本当に申し訳ありません(;_;)




