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67.声

大変お待たせして申し訳ありませんでしたm(__)m

万里子は部屋の隅に無造作に置かれたイニスを見詰めました。

黄色と金色がふんだんに使われた華美な部屋で、質素はデザインのイニスは異質な存在感を放っておりました。


「マール……それですか?」


その言葉に万里子がしっかり頷くのを確認すると、ジルはテーブルの上にイニスを置いて開けました。

中には、初めて見た時と同じ……いくつかのガラクタと書類のような紙の束が入っています。

ジルが中に手を突っ込んで探っていますが、出てくるものは無造作に束ねられた紙、巻物が殆どで、その殆どは褪せた色からして古いものであるのが分かります。


「ガラクタや書類だったので、イニスを間違えたと分かってからはそのままにしていたんですけど……」


「これは……ガラクタなどではありませんよ」


そう言うと、ジルは万里子がガラクタだと言っていた物を取り出し、そして右手をすっと上に向けました。


すると、明るかった部屋が辺りが見渡せる程の薄暗さになります。


そうして巻物を閉じていた紐を解き、くるくるとテーブルに広げるとその上に丸い玉を乗せました。

巻物は地図で、いつかグリューネに見せてもらった物と同じように山が突き上がり、海は波が漂い木々が立ち上がりました。

その上で、乗せられた玉は隆起する巻物の中でコロコロと転がっておりましたが、ぼぅっと赤い光と放つとすーっと浮き上がります。


「これは……!」


「ヤンテですね」


「へぇー。地図だけじゃなくて、ヤンテまで付いているんですか?」


地図上に浮かび上がった玉は、明るい光を放ち地図を照らします。大陸全体の大きな地図は、ガルディスの岩山を赤く照らし、スイルの湖を煌かせました。

そして端にある小さな島にはうっすらとしか光が届きません。


「ここが、イルーですか?」


「そうです。……しかし、作り物とはいえ地図上に浮かぶヤンテとは……このような物は初めて見ます。これは一体……」


「ヤンテ研究家の一族の物だと思うよ。私も気になってこちらの資料を見てみたんだが、私には読めなくてね。古代イルー語ではないかと思う」


すると全員の視線がルヴェルに移りました。


「古代イルー語?」


「そう。マール、君には読めたかい?」


「いえ……そういえば読めませんでした」


元居た世界では、国毎に使用する言語が違いましたので、読めない資料が存在する事に対してあまり不思議には思いませんでした。

でも、マリーとは違い、この世界の言葉が最初から理解できていた万里子でもそれは読めない文字だったのです。


「異国の言葉だから読めないのかと、単純にそう思っていました」


「この世界は、昔はそれぞれの国で言語が分かれていましたが、今では統一されています。きっと人に読まれないよう古代語を使用しているのでしょう。このイニスがマールの手元に渡った事は少し気にかかりますが、今回はこれを使わせてもらいましょう」


「え?でも読めないのに……」


ジルの手の動きにより再び明るくなった室内で、万里子は眩しそうに目を細めました。


「彼なら……読めるかもしれません。連れてまいりましょう」


万里子が返事をしようと顔を上げると、キラキラ光る粒子を残してジルは既に姿を消しておりました。


「すぐに動き出しては身体にさわるのだが……シアナ、隣室に居るセシュラに薬湯を作ってもらってきてくれないか」


「……よろしいのですか?お休みになった方がよろしいのではないでしょうか……」


すると、地図に見入っていた万里子が2人の会話を聞いて首を横に振りました。


「ジェルミさんにあんな大きな事言って、自分だけ休んでる事なんて出来ません」


その言葉はいつも周りを気遣う控えめな万里子のままでしたが、その口調はきっぱりとしていました。


「分かりましたわ。でも、どうかご無理はなさらずに……」


「大丈夫だよ。僕がちゃんとマールの様子を見ているから」


重ねられたルヴェルの言葉に、シアナは一拍置いて薄く笑むと部屋を出て行きました。


ふたりきりになった広い部屋は、シアナが閉めたドアの音を最後にシンと静まりかえりました。


「マール、君にちゃんと謝りたいんだ。君を無理矢理連れ戻してしまった事が今回の事件のきっかけは……」


「ルヴェルさん!」


万里子の強い語調に驚き言葉を止めると、万里子はルヴェルの顔をじっと見ていました。

どこか自信なさげで、こちらから見詰めるとすぐに目を逸らしてしまう万里子からの強い視線に、ルヴェルは喉に詰まった次の言葉がするすると解けて行くのを感じました。


「違います!私が……最初からちゃんと向き合ってなかったからです。全てがそうです。白玉をあんな目に合わせたのだって、言われるがままに逃げたからです。木々の悲鳴も……今でも耳にこびりついています。あんな声、もう聞きたく……」


「マール!!」


ルヴェルの手が万里子の華奢な肩を力強く掴みました。


「きゃ……」


「木々の……木々の悲鳴が聞こえたって、言ったかい?」


ルヴェルの真剣な眼差しに万里子はコクコクと頷くだけでしたが、それでもルヴェルには充分でした。


「マール……君は、精霊の声も聞こえるのか?」


「せい、れい……?」


「そう……。君が聞いたのは精霊の声だよ。サイナは聖獣を従えてはいないが、その代わり植物の精霊の加護があった。陸船ペガロイニスが造れるのも精霊と密接に関わっているからだ。マール、君がおばあさまの手伝いで植物から色をもらって染色していただろう。あれだって関係しているんだよ。……君が染色技術を早く習得した時に気付くべきだったな……」


「じゃあ、あの悲鳴はルヴェルさんも?」


その問いに、ルヴェルは先ほどまでの勢いはどこへやら、力なく視線を伏せました。


「聞こえない……いや、聞こえなくなった。というべきか……。両親が健在で、厳しいながらも愛情持って色々教えてもらっていた頃……兄弟達と楽しく学んでいた頃は聞こえていた……。今は何も聞こえない」


「そんなの嘘です!」


「マール?」


「そんなのは嘘です!木々はただ悲鳴をあげてたんじゃありません!ルヴェルさんを呼んでました!助けてって!僕達を忘れたの?って!!ちゃんと聞こえるはずです!」


「マール……精霊が?僕を……僕を呼んでいた?助けてくれって?」


その時、控えめなノックが聞こえました。

万里子が手を叩くと、大きな木の器が乗ったトレーを持ってシアナが入って来ました。


「申し訳ありません。お話中とは思ったのですが……」


「いいや……ジルが戻って来る前に薬湯を飲んでもらいたいからね。シアナ、後は頼めるかな?」


「え、ええ……ルヴェル様、お出掛けでございますか?あの……少し顔色が優れないようですが……」


「マールも無事目覚めた事だし、少し休ませてもらう事にするよ」


そう話すと、ルヴェルは2人を見る事なく、部屋を出て行きました。


「どうなさったのでしょう……何か大切なお話をされていたのではないですか?」


「ルヴェルさんは、きっと大丈夫ですよ」


渡された薬湯の匂いに少し顔をしかめ、万里子は答えました。


「きっと、ルヴェルさんは自分で答えを導き出すと思うんです。シアナさんの気持ちも、きっと届きますよ」


「え?ま、マール様ったら……なぜそんな……」


「だって。シアナさんはいつもルヴェルさんのことを気にかけていたから」


私結構、こーゆーの鋭いんですよ。と笑顔を見せる万里子を見てシアナはそっと万里子の頬を撫でました。


(人の機微には鋭いのにご自分の事には疎くていらっしゃるのだから……)


「シアナさん?」


「私は、良いのです。あの方は完璧に見えて、人が知らない傷が沢山おありです。少しでも、お手伝いが出来れば、それで良いのです。さぁ、セシュラの特製です。全部飲みきってくださいませね」


「うー。苦いのにー」


それでもなんとか薬湯を飲み終わり、着替えを済ませるとジルが戻ってきました。

後ろには痩せこけた老人が立っています。服装から神官と見て取れましたが、万里子は初対面でした。

背筋が伸び、凛とした佇まいのサクとは違い、腰を曲げて杖を頼りに歩く姿はだいぶ高齢に見えました。


「マール。紹介しましょう。イルーの前神官長だったレグゼス神官です。お聞きしたところ、古代イルー語も分かるそうですよ」


「ほんとですか!あの、マールです。よろしくお願いします」


走り寄り右手を差し出した万里子を見て、レグゼスは嬉しそうに目を細めました。


「お元気になられてようございました」


「マール。実はあなたが倒れていたところに遭遇して、私の治癒魔法を補助してくれたのはレグゼス殿なのです」


「えっ!そうなんですか?あの、ありがとうございます!」


自分よりも身分の低い一神官に躊躇なく頭を下げる姿を見て、レグゼスは本物の姫を好ましく思いました。


「なんのなんの。ワシこそ姫様のお役に立てるのは大変光栄なことじゃ。早速じゃが書類を見せてくれるかの?」


にこにこと、深い皺が刻まれた目じりを下げて微笑んでいたレグゼスが万里子から受け取った書類の束に視線を落とすと、その目を僅かに見開きました。


「これは……間違いない。キリエの筆跡じゃ」


「キリエ?ヤンテの研究家はキリエっていうお名前なんですか?」


「いやいや。キリエも古代イルー語でしてな。尊敬する貴人に対する呼称での。代々研究家一族の当主はキリエと呼ばれておる。イルーの神殿の支援もされておるのでの。神官長はキリエの邸に世話になるのじゃ。今は……ライカが神官長じゃな。此度の式典ではキリエにご一緒していたはずじゃ」



『またお会いできる日を、楽しみにしております』


旅装束のフードを脱ぎ、自分の目をじっと見詰めた青年――。

では、あの時一緒に居たフードを深く被っていた人物がキリエだったのだ。



『またお会いできる日を、楽しみにしております』


その言葉が、万里子の脳裏に鮮やかに思い出されました。

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