66.それは故意か偶然か
以前、専門用語が多すぎて分かりにくいとご意見頂きまして、この回より陸船、鞄のように書く事にしました。少しでもわかりやすくなったらいいなー。誤字脱字は面倒ですがメッセージでお願いしますm(__)m
「私、もっと強くなります」
万里子はもう一度、今度は自分に言い聞かせるように言いました。
「マール……」
「ジェルミさんと話をしたいです」
すると、それまで困ったようにマールを見詰めていたジルの瞳がすぐに鋭くなりました。
「それは危険です。ジャーレが消えたと主張している彼は、あなたを逆恨みしている可能性がある。何かしてくるとも限らない!」
先程、万里子は眠っている間の出来事を聞いており、その中で気にかかる事がありました。
「でも……牢にいる人達とジェルミさんの話は食い違っているんですよね?」
気にかかっていたのは、地下牢に居るジェルミは非常に落ち着いた様子で父であるジャーレ国王陛下が消えた事と、彼がしようとして居た事を淡々と語っているのに対して、一緒の牢に入っているギーシュ達はその言葉に大声で反論し、ジェルミを嘘つき呼ばわりしていると言う事でした。
「牢の中で、全員がジェルミさんに反発してるって事ですよね?でも、殆どがあの面会をしていた部屋の外に居たんですよね?ご丁寧に陸船まで用意していつでも出立できる状態だったって……。だとしたら、沢山の人がジャーレさんの計画に加担していた事になりますよね?もしジャーレさんが一方的に命令していたなら、それを言い訳にするような気がします」
「そうしたいのは山々だが、ジャーレ陛下が消えた事を信じきれないのだと思うよ。命令で嫌々従ったと言った後にもしジャーレ陛下が現れたらもう言い逃れは出来ないだろう。消えたと実感できないから、それが怖いんだ。だから違う事を言うジェルミ殿下にすべてをなすりつけたいのだろう」
長い指を顎にかけ、難しい顔をしていたルヴェルが万里子を後押ししました。
「それが気になるんです。ジェルミさんはたった一人の王子なんですよね?なのに、なぜ悪者にされているんでしょうか……それはジャーレさんの計画に加わっていなかったんじゃないでしょうか……」
「ふむ……。私は、マールが牢に出向くのではなく、ジェルミ殿下だけをお連れするのなら構わないと思うがね。どう思う?ジルは……反対だろうが、君やガイアスも控えていてば、彼一人では何も出来ないのではないか?」
最後まで渋っていたジルではありましたが、結局は万里子に頼み込まれ、自分を同席させる事とジェルミとは距離をとって面会する事を条件にやっと首を縦に振りました。
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ジェルミがイディとガイアスに連れられてきました。
両手は後ろ手にしっかりと縛られ、さらに両腕をイディとガイアスに掴まれたまま、豪華で広い廊下を歩きます。
大柄なガルディス人の例に漏れずジェルミも相当大柄で、もしジェルミが腕を振り解こうとして暴れたらいくら腕に自信のある二人でも押さえつけるのは大変だったでしょう。その為、イディもガイアスも緊張した面持ちでジェルミの様子を見ながら歩いておりました。
「……大丈夫ですよ。僕は逃げようだなんて思っていませんから」
「殿下」
「やめてください。もう、王子でも無くなるんです。僕は……父のしでかした事を償わなくてはならない」
その目に、絶望や怒りはありませんでした。どこか安堵したような、穏やかな目をしてそして微笑みすら浮かべておりました。
「こちらへ。姫様がお待ちでございます」
出迎えたシアナが強張った表情で案内しました。
「……さすがに接見の間では無いのですね」
「あちらのお部屋は……姫様も殿下も様々な思いがおありでしょう。この度は王妃の棟の接見の間をお借りしました」
(王妃の棟、か……それもまた皮肉だな……)
ジェルミの脳裏には、父王との最期の会話が浮かんでおりました。
ヤンテの姫君が王妃の棟への転居と婚約を決めたという噂が出回ったあの日……あの時父の企みに気付きつつ、何も出来なかった自分を思い出し、あの時自分が動いていれば父の運命は変わっていただろうか……『もし』などと考えてもどうにもならないと分かっていても、考えてしまいます。そんな自分に苦笑し、ジェルミは接見の間へと入って行きました。
万里子は、両側にルヴェルとジルが立つその間で椅子に座っておりました。
少し口元を歪ませ、ジェルミが姿を見せたのを、万里子はじっと見詰めておりました。
大きな身体を屈ませるように入ってきたジェルミは、万里子と目が合うとドスンと大きな音をさせて膝をつき、床に額を摩り付けるように項垂れました。
その姿を見て思わず万里子が椅子から腰を浮かせると、ジルにそっと肩を押さえられて立ち上がる事なくそのまままた腰を下ろします。
(落ち着かなきゃ。私が、落ち着かなきゃ)
万里子は自分に言い聞かせ、膝をつき土下座をするように項垂れたままのジェルミをじっと見詰めました。
この部屋の、誰よりも大柄なジェルミでしたが今万里子の目には誰よりも小さく弱々しく見えました。
「顔を……上げてもらえませんか?私、ジェルミさんに聞きたい事があります」
すると、ジェルミはゆっくりと顔を上げ、まっすぐ万里子を見詰めました。
「父の……行った事をこうして直接謝罪させて頂ける機会を頂き、感謝致します。この度は大変申し訳ありませんでした。消えた父に代わって、私が全ての責任を負います」
「それじゃあ……ジェルミさんの国はどうなるんですか?」
処刑を望むジェルミに、意外な質問が投げかけられました。
「一緒にラウリナに来ている人の殆どは、ジャーレさんの計画に加担していたと聞きました。その人達だけですか?ガルディスに残っている人達もジャーレさんの考えに賛同している人達がいるんじゃないですか?」
「……居ります。ですが父があのようなことをしてしまった以上、継承権も捨て私が責任を取るしか償いの道は……」
「ジェルミさんは王になったら、どんな国にしたかったんですか?」
言葉を遮るように再び投げかけられた質問は、またもやジェルミの想像を超えるものでした。
「今申し上げましたように、私は継承権を捨て責任を……」
「たった一人の王子様なら、小さい頃からいずれ自分が王様になるっていうのは思ってたと思うんです。どんな王様になってどんな国にしたかったんですか?」
万里子は必死でした。ただ万里子自身が思っている事を一方的に言っても、それを利用されては元も子もありません。駆け引きの知らない万里子の精一杯の質問でした。
「父のように……」
ジェルミがそう言ったところで、室内の空気が冷えた気がしました。
「……昔の、父のような王になりたかったのです。豪快で、自らが現場に出て、どんな下々の者の言葉にも耳を貸し、家族との時間を大切にし、国民を、家族を……誰よりも妻を愛しぬく強い王に、なりたかった……」
「じゃあ、そんな王様になるってここで約束してくれませんか?」
「は?」
「ジェルミさんや捕えられているガルディスの人達だけが処刑されたとしても、ジャーレさんの思いを継ぐ存在が国に居るなら、またこの繰り返しじゃないですか。私、昔のジャーレさんは知りません。たとえ昔良い王様だったんだとしても、でもやっぱりあんなことされて私許すとか言えません。そんなに心広くないです。だから、ガルディスの式典にも行きません」
「は、はぁ……今更、来て欲しいなどと言う事も私には出来ませんが……」
「でも、ちゃんと私が安心して行ける様にジェルミさんが立て直してくれたら行きます。ヤンテの拠代である間は、私もちゃんと責任は果たします。私も頑張ります。だから、ジェルミさんも一人で帰ってください」
「今牢に居る他の方々……神殿で派遣しているギーシュも含め、あなたと一緒にお帰しするわけにはいきません。ですが信頼のおける神官を新たに任命します。サク殿に依頼しましたので、すぐにでも出立してください」
じっと聞いていたジルが発した言葉に、万里子は嬉しくなりました。
(ジルさんはジルさんで考えてくれたんだ……)
「ですが……」
「もっと慎重に行動しなかった私にも落ち度はあります。だから……それは私も謝りたいんです。……ごめんなさい。お父さんを奪って、ごめんなさい」
「あなたというお人は……分かりました。確かに、父が消えた事を知った国の貴族達がどんな行動にでるか分かりません。命に変えても立て直してみせます。……父は、最期狂気に染まってしまったけれど、私は最後まであなたに忠誠を誓います」
ジェルミが万里子に近づこうとするのを、もはやイディもガイアスも阻止しようとはしませんでした。
跪いたまま近づき、忠誠の証に万里子の衣の裾にそっと口付けを落とすと、二人に連れられて部屋を出て行きました。
「ありがとうございます。私のわがままを聞いてくれて」
「彼から悪意を感じなかったからです。他の面々に対する処置は軽く出来ませんよ?」
「はい。この世界のやり方があるだろうし、中には神官の方もいるんですよね?ジルさんの……部下ですか?」
「ええ……全く、頭が痛いですよ」
大げさにこめかみを押すジルの様子に、万里子はやっと小さな笑みを零しました。
「私も頑張らなきゃ。どうして私なのか、私は何なのか、知りたい事は沢山あるのに」
「マール……やはり、元の世界に帰りたい……ですか?」
すると万里子は少し困ったように首を傾げました。
「帰らなくても平気って言ったら嘘になるんですけど、でもここを去る事を考えると、少し寂しいんです。ここでの生活は大変だけど、でも大好きな人達もできたから。だから余計、私がここに居る理由が知りたいんです」
「……ヤンテについて調べるのが良いでしょう」
「え?ジルさん」
「夢に出てきたヤンテからの伝言です。そうすれば、理由が明らかになる、既に手掛かりは手にしていると」
「手掛かり?え。もう私が持ってるんですか?」
「持っているよ。君の寝台の横にある」
「ルヴェルさん……」
「途中で入れ替わったという鞄、君を看病している合間に少し読ませてもらったんだが、中に非常に興味深い資料が入っていた。君の手元に転がり込んだのは偶然か、それとも……」
万里子はあの日自分に声を掛けてきたマント姿の女性を思い浮かべ、ざわつきを堪えるように、ぎゅっと拳を握ると胸を押さえました。
万里子の気付かないところで、既に何かが動き出していたようでございます。




