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65.決意

あけましておめでとうございます!

万里子がもう一度目を開けた時、空もまたぼんやりとですが白み始め、詳しいいきさつを聞かされないままに不安な時間を過ごしていた城下町の人々も安堵のため息をもらしました。

闇が続いてからというもの城下町では“姫死亡説”が広がり始めていたのでございます。


「どういう事!?姫様は式典で王宮に滞在してるんだろ?」

「そうだよ!王宮から何かしら発表があるべきじゃないのかい?」

「そうだぞ!この闇をどう説明するつもりだ!姫はご無事なのか!」

「突然の暗闇は、姫様がお亡くなりになったからだってぇ噂だぞ!」


王宮へと続く門には人々が殺到し、口々に訴えました。


「そ、そんな事、俺に聞かれたってわからねえさ!」


門番の青年が市民の勢いに押され後退しながら応えました。

ガシャン。と自らが守る門に背をつき、それでもなお迫ってくる市民に思わず身をすくめると、門の内側から力強い声が響き、一瞬にして人々の足が止まりました。


「姫君は大丈夫だ!」


「が、ガイアス様!」


門番の男は縋るようにガイアスを見上げ、人々の視線もガイアスに集中しました。


「そ、それは本当か!?」

「ではなぜ暗闇になった?」

「そうだそうだ!姫様がご無事なら、あの暗闇はなんて説明するつもりだ!」


ガイアスは市民の縋るような目を見て口篭ります。

そこに後方から静かな声が聞こえてきました。

その声は先程ガイアスが発した広場に響き渡る程の大声ではありませんでしたが、その決して大きくはない、わずかにしわがれた静かな声は人々の動きを止め、そして人々を一瞬にして冷静にさせました。


「姫様は、式典の疲れが取れぬ内に各国の王族との面談が続き、体調を崩されたご様子じゃ。じゃが、もう大丈夫。さぁ、何日か振りのヤンテの光じゃ。そなたらも日々の生活があろう。仕事に戻るがよい」


「サク様……!」

「サク様のお言葉だ。間違いはあるめぇ。お前ら、帰るぞ」

「サク様、姫様を守ってくだせぇ」


すっかり落ち着いた表情になった人々は口々にそう言うと、明るくなった帰り道を我が家を目指して方々に散って行きました。


「サク様。もうお体はよろしいので?」


「うむ。ワシは充分力は戻った。じゃが、だいぶ前にジル殿は起きられたそうじゃの?何があった?」


「はい。戻りながらお話致しましょう」


ふたりは宮殿に向かって並んで歩き出しました。周囲を気遣い顰められたガイアスの声は、それでも時折怒りを乗せて声を荒げそうになりました。隣を歩きながらじっと静かに聞いていたサクの表情も曇っていきました。

宮殿の入り口に足を踏み入れたところでガイアスがピタリと歩みを止めました。


「陛下とイディ様は地下牢におります。ギーシュという神官についての処分はサク様かジル様に任せるとの仰せです。ネストラード様とルヴェル様、ジル様にシアナ様はマール様の治癒にあたっております。どちらに向かいましょう?」


「うむ……姫様のお部屋に案内してくれるか」


「は。こちらでございます」


「ジャーレ殿は……消えたと思うか?」


「それは何とも……ジェルミ殿下はヤンテによって闇に堕とされたと仰ってますけれど……信じていいものかどうか…」


「うむ……姫様はどうお考えになるじゃろうか……」


「……」


ガイアスは闇に包まれていた間ずっと術でジャーレの気配を探っておりましたし、サクもまた宮殿までの道のりでジャーレの気配を探っておりました。

しかし、ふたりの術を駆使してもジャーレの存在を見つけることは出来ませんでした。その痕跡は、あの窓際で綺麗に消えてしまうのです。

それを知っていても、ふたりはジャーレが消えたと信じる事が出来ませんでした。



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万里子の居る寝室の隣の女官の控え室では、交代で休憩していたレニーとセシュラのふたりの女官も、すっかり明るくなった外からの日差しに瞳を潤ませながら窓辺に跪き祈っておりました。

傍らの長いすでは、こちらに移されたネストラードが気を失ったように眠っていました。

レニーはすぐ隣で目を閉じて一心に祈っているセシュラにチロリと盗み見ました。

高い位置できっちり結われていた鮮やかな緑色の美しい髪はわずかにほつれて、長い髪が幾筋か、細い横顔にかかり疲れた表情を際立たせておりました。

いかにも邪魔そうですのに、それでも髪を直す事なく祈り続けているセシュラに、レニーは問いかけました。

「セシュラ、マール様が姫君なの、不満じゃなかったの?」

「……不満だったわ。やっと王族の専属女官に昇進したと思ったら、みすぼらしい格好をしてぼんやりした表情をした少女なんだもの。

……でも、マール様は私達女官を軽く扱うような事はしなかったわ。それどころか一緒のお茶の席を勧めた。無理難題言って部屋の調度品を変えようともしなかった。好みの男を呼ぶ事もしなかったわ。私達の言う事に、口では嫌がっても最終的には困ったように微笑んで、その通りにしたわ。結果が……これよ。

私……あるじを守れなかったわ……」


「セシュラ……」


レニーは思わずセシュラの細い肩を抱きしめました。その途端、セシュラが堰を切ったように泣き出しました。


「大丈夫。大丈夫よ、セシュラ。ほら、ヤンテがまたこの世界を照らしているじゃないの。まだ間に合うわ。私達、マール様に心からお仕えしましょう」


更に力を入れてぎゅうっと抱きしめると、レニーのふくよかな胸に顔をうずめたセシュラは泣きながら何度も頷きました。



その頃万里子はシアナに支えられ、上体を起こし寝台の周りに集まった人々をゆっくりと見渡しました。


シアナとジル、そしてずっと付き添って治療をしてくれたというルヴェル……そして先程到着したガイアスと前大神官のサクが心配そうに万里子を見守っています。


「すみません……何があったか、教えてもらえますか?」


目を覚ましたばかりの万里子には酷ではないかと、シアナは万里子にまだ休むよう薦めましたが、珍しく万里子は頑固に首を横に振りました。

それぞれお互い顔を見合わせ、少しの沈黙を破り話し始めたのはルヴェルでした。


「我々の知る情報は少ないよ。だが、ここに居る顔ぶれであればそれぞれが持っている情報を繋ぎ合わせる事は出来るだろう。だがシアナの言う通り、今の君には少し酷だと思う。それでも……聞くかい?」


万里子はルヴェルの目をしっかりと見詰め、力強く頷きました。


表面上はとても平和な日本という国にいて、そんな中でもいつも人の陰に隠れ、巻き込まれる諍いは兄と妹の兄弟喧嘩位であった万里子にとって、それは想像できないような話でした。

手触りの良い寝具の上に置かれていた両手を、気がつけばぎゅううっと力いっぱい握り締め、事態がとてつもなく大事になっている事に顔を歪ませ、全てを聞き終えた後ペコリと頭を下げました。


「すみません。色々ご迷惑をおかけしました。本当に…ごめんなさい。」


そんな万里子を慌ててジルが制しました。

その時差し出された右手を見て、更に万里子の顔が歪みます。ジルの右手はレグゼスによって治癒魔法が為されておりましたが、それでも痛々しい赤い傷痕が右手を覆っており全体的に皮膚が引き攣れておりました。

思わず利き手である右手を差し出してしまったジルは心の中で舌打ちすると、右手を隠そうとしましたが、その右手をそれよりも更に一回り以上も小さな手がぎゅっと強く握りました。


「……マール…」


「ごめんなさい…ご、めんなさ…っ…っく。ごめ…なさい」


両手でしっかりとジルの右手を抱え、そこに顔を押し付け万里子は嗚咽を洩らしました。

万里子の涙がぽたぽたとジルの右手を濡らします。


「マール…どうか泣かないでください。あなたが無事であればそれで良いのです」


「良くありませんっ!」


「…マール」


「良くありません!ダメです。もっと自分を大切にしてください!私がいけないんです。逃げることも受け止めることもできなくて、ずるずると……ずるずるずるずるってなんとなく先延ばしにしてっ!なるようになれって流されて。いつか私もお役御免になってっ、かえ、帰れるかもしれないって……自分の事しか、考えてなかったからっ。うぐ、うぃっく。……元の世界みたいにすぐ飽きられて、オヒメサマなんて役割、別の子が相応しいって、きっとそうなるって……ごめ、ごめんなさい…」


ぎゅううーーっとジルの手を握り締め、万里子は胸に込み上げるその思いを一生懸命言葉にしました。


「私がちゃんと、してっ…ないから。ジルさんの手が傷だらけに…もっと、もっと早くちゃんと受け止めてたらっ」

「マール、それは違います!私はあなたが無事ならば、右手など無くなっても構いません。こんなの、たいした事では無いんですよ」

「マール様、どうかそのような事は仰らずに……」


「あの人が……ジャーレさんが消えたのだって、私の所為です!」


「マール……それはまだそうと決まったわけではありませんし……」


「……意識を失いかけた時、私の身体から何かが…熱い何かが飛び出すのを感じたんです。その後…私の身体は支えを失って倒れてしまいました。でも私動けなくて…目も開かなくて…ただ感覚でだけそう感じて……悲しかったんです」


「悲しかった?何がです!?自国の利益の為に貴方を無理矢理攫おうとした男です!」


珍しくジルが声を荒げ、万里子の手に包まれていた右手に力が入り強張るのを感じ、万里子も負けじと両手に力を込めました。


「私がもっと気をつけていたら防げたかもしれません!もっと円満に解決できたかもしれません!ジャーレさんの取った手段は確かに酷いです。でもだからといって消えていい存在なんかじゃありません!」


万里子は、自分が被害者であるとは思っていませんでした。むしろ加害者であるとさえ思っていたのです。

無知がこんなに罪な事であると思っていませんでした。隠れ、逃げる事が結果としてジャーレを消し、いつも自分を助けてくれるジルをも傷つけてしまった事に、万里子は自分を責めました。


「もう、逃げません」


ジルの右手が手の中でピクリと小さくはねたのを感じ、万里子はジルの目をじっと見詰めました。


「ジルさん、私、もっと強くなります」

やっと、万里子は自分の意思で前に進み始めます。不器用ながらも進んでいこうと奮闘する万里子をよろしくお願いします!

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