表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/95

64.愛情と友情

ジルの言う通り、形を崩しながらもふよふよと空中で漂っていた光玉は、徐々に光とその輪郭を弱め、内側からの強大な魔力に耐えられなくなったかのように突然はじけてしまいました。

その衝撃から一瞬身体が浮き上がった万里子をルヴェルは難なく受け止めると、暗くなった部屋の中でも迷わずに出口へと向かいました。


万里子が私室として使っている部屋は、棟の一番奥にありました。

万里子を横抱きにしたまま、しっかりとした足取りで棟の奥へと向かうと、薄く開けられた扉からほんのりと小さな灯りがもれているのが見えました。


「……セシュラか?」


その声に、ぼんやりとした灯りを背にして細長い影が振り向きました。


「ルヴェル様!!なぜここに……姫様!!もしやと心配しておりましたが、やはりこの闇は姫様の影響だったのですか!?では……では姫様は!!」


普段冷静なセシュラも、淡くもれる光にぼんやり照らされる万里子を見て慌て出し、心配そうに眉根を寄せました。


「大丈夫。まだ最悪な状況では無いよ。だが急いで治療しなければいけない状態だ。お前がマール付きの侍女なのは嬉しい偶然だな。まずは寝室に案内してくれ。それと、揃えて欲しいものがある。足りないものは、おばあさま…長老に聞いてくれ。なんとしても用意するんだ。なるべく早く」


セシュラはルヴェルが伝える薬の材料を必死に覚えました。

その指示は、葉の先だけ刻め。や、球根だけを形が無くなるまで煮込め。青の実は全て捨てて青緑の実だけをすり潰せ。など非常に細かいものでした。


「以上だ。覚えたな?」


(お、覚えたか?では無くて覚えたな?なのですね。ルヴェルさま……)


セシュラの顔から色が失われ、返事に窮していると背後からしっかりとした返答が返ってきました。


「はい!大丈夫ですわ、ルヴェル様!今のお言葉全て書き留めました!」


扉の内側からレニーが飛び出してきて、セシュラの手を引きました。


「行きましょう、セシュラ。私にも手伝わせてちょうだい。ルヴェル様、寝室にご案内致します。こちらへ」


「ありがとう。君は……カナム人か?では、よろしく頼むよ。それと、マールが目を覚ますまでここには誰も近付けないようにドリーに伝えて言ってくれ」


「承知致しました」


ふたりが急いで出て行くのも確認せず、ルヴェルはさっさと寝室に向かい万里子をそっと横たえました。

意識の無い万里子の身体は、柔らかな寝台に受け止められ、最後までルヴェルの腕に引っかかっていた右手もポトリと寝台に落ちました。


「ねえ、ほんとにマールを起こしてくれるの?」


突然聞こえた声に驚く事もなく、ルヴェルは寝台を挟んで反対側に佇み万里子の顔を覗き込んでいるネストラードにちらりと視線を投げかけました。


「いつからここに…とは、聞かないでおきましょうか。さすがですね、殿下」


「今廊下で侍女のふたりとすれ違ったよ。ふたりとも僕には気付いてなかったけどね」


「スイル人の血がなせる業ってワケですか」


スイル人が水の中で陸上と同じように息ができ、目が見え会話まで出来るのは、水眼の存在も大きいのですが、元々は人としての気配を消す事が出来る為でした。

つまりスイル人は人間と水の精霊の混血一族なのです。

もっとも、精霊の血が薄くなり、スイル人も最近では水眼に頼るようになって精霊の特徴を失くしてしまいました。今ではスイル人の起源ルーツを詳しく知る者も少なく、ネストラードのように陸上で自在に気配を消す事が出来る人間はとても稀有な存在でした。


「まぁね。望んで出来るようになったワケじゃないけど、今は感謝してるよ。暗闇でもこうして動けるからね。だから正直ヤンテはどうでもいい。でも、マールが目を覚まさないのは嫌なんだよね。で……今度はマールをちゃんと助けてくれるの?助けるつもりでここに連れて来たの?返事によっては任せておけない。だってルヴェルは一度マールを泣かせたじゃないか」


自分よりも頭ひとつ低い位置から睨みつけてくるネストラードの視線に、ルヴェルは先程同じような目で自分を見たクラムルードを思い出しました。

もう子供ではないという事か……一瞬目を細めて、ルヴェルは真剣な表情でネストラードを見返しました。


「助けますよ。私はそのために戻って来たのです」


そう言ってルヴェルはさっさと視線を万里子に戻します。


「それを素直に信じていいわけ?僕はマールの一番の友達なんだ。マールに少しでも被害が及ぶなら、僕は立ち向かう」


「友達?たかが友達の為にそこまでなさるのですか?その思いは本当に友情ですか?」


万里子の呼吸の強さを確認しながら、何でもないように「愛情では?」そう聞き返したルヴェルにネストラードは噛み付くように話し出しました。


「僕はっ!…レンアイってよく分からない。特定の異性が大切で愛しいって事だろう!?なら、なんで大切にされるはずのマールが苦しむんだ?なんで困らせるんだ?それなら、僕はレンアイなんていらない。僕は立場とか、異性とか関係なく僕を見てくれるマールだから好きなんだ。笑ってて欲しいし、苦しめたくない。だから、レンアイなんて要らない!」


テキパキと万里子の処置をしながら、ネストラードの言葉を適当に受け流そうとしていたルヴェルが再びネストラードに向き直りました。


「殿下……」


「ぼっ僕は、マールを泣かせたお前をまだ信用していない!だから、ここから離れないからな!」


ルヴェルは短く嘆息すると、ネストラードを受け入れる事にしました。


「なら、そこでただ喋ってないで手を貸してくださいませんか。マールを助けたいんでしょう?私が信用できないなら、信用できるまでここで見張っていたらどうです?ただし、ここに居るなら手を動かして頂きたい。さあ、これをこちらに半分だけ入れてすぐに混ぜてください」


命令とも思えるその言葉と共に乱暴に渡された小さなふたつのガラス瓶には、淡い水色と淡い黄色の液体がそれぞれ半分ずつ入っていました。

既に蓋を開けられていたそれを、危なっかしい手つきで慌てて受け取りました。


「えっ?どっちをどっちに?」


「ミリエリューラの樹液を、サンドクの蜜に、きっちり半分だけ混ぜるんです」


「みみみ、ミリエ…何だ?」


「……青を黄色に半分だけ混ぜるんです。すぐに振って混ぜてください。混ざりきるまで異臭がしますからね。すぐですよ」


「わ、わかった。きっちり半分だな?」


ガラス瓶には小さくメモリが刻まれており、ネストラードはガラス瓶の口をカチカチと振るえ合わせながら、トロリとしたミリエリューラの樹液をサンドクの蜜に流し込みました。


「うっ!!!!」


ガラス瓶を持ったまま異臭に悶えるネストラードを、ルヴェルが冷たく一瞥しました。


「さぁ。きっちり半分入れてさっさと混ぜないと、もっと辛くなりますよ」


「くそっ!なぜお前は平気なんだ!」


「嗅覚を麻痺させる薬を服用しましたので」


しれっと言い放つルヴェルに、ネストラードは文句を言おうとして大きく口を開け、強烈な匂いにむせてしまいました。


「ずっ、ずる……ずるいぞ!」


「薬を調合する時には当然の事です。不勉強ですよ。殿下?」


結局はうまくあしらわれているネストラードでしたが、ルヴェルの心には彼の言葉が鋭く突き刺さっていました。


(恋愛とは、大切で愛しいという事……か。つまり、利用したり傷つけたり…自分の感情や都合を優先してるのは間違いだという事か……。まさか小さな殿下に教えられるとはな……)


そんな中、頼んでいた材料も届き調合は更に複雑で細かい作業となり、先程の腹いせとばかりに、ルヴェルは次々とネストラードに調合を指示して薬を仕上げていきました。




ずっと闇が続く中、人々は時間の流れがもはや分からなくなっておりました。


関所の門は再び閉じられ、門の前に押しかけていた城下町の人々は呆然と佇んでおりました。

この状況が長引けば、また草木は枯れて人々の心に悪が忍び寄ってしまい兼ねないと、イディは関所の様子を窺いながら舌打ちしました。


ジャーレは結局見つかりませんでした。術を使って捜索の範囲を広げても気配の欠片も見つけ出せません。


(あの息子の言う通り、ヤツは本当に消えてしまったのか?)





そのままもういくつかの闇の朝が過ぎたでしょうか……万里子が眠る寝室には、疲れ果てて床に転がるように眠るネストラードがおりました。


「まだかい?マール。もう目を覚ませるだろう?」


休まずに看病していたルヴェルが、血色の良くなった万里子の頬をそっと撫でると、万里子は目を閉じたままくすぐったそうに少し身をよじりました。


「マール……すまなかった。不安にさせて…傷つけて…泣かせて……悪かった。起きてくれないと、ちゃんと謝れないじゃないか……」


使えるだけの薬は使い、今ではじっと寝台について見守るだけでした。

万里子の少しの変化でも見逃さないように、室内は常に光玉で煌々と照らされています。

万里子は時折身体を動かすことはありましたが、目は堅く閉じられたままでした。


「おっと。少し唇が乾いてきたようだね」


万里子に語りかけるように囁きながら、冷たい水の入った小さなゴブレットを持ち上げると、小さな頭に手を添えてゴブレットを万里子の口に当てました。


「……ン…うん…」


「…!…マール?気がついたかい?私が分かるかい?」


目の前でうっすら開いた黒い瞳がしばらくぼんやりと辺りを彷徨うと、ルヴェルの緑の瞳にカッチリと合いました。


(罵られるか…目を背けられるか…?)


とっさにそれを怖いと感じ、手にしたゴブレットの中で水が波立ちました。


「……マール…私が、分かるか?私は君に……」


謝りたかった……そう続けようとした言葉が、目の前でへにゃりと力なく笑んだ瞳を見て喉の奥に留まりました。


「る、るべる、さん。あり…と、ざいます」


ありがとうございます…途切れ途切れでも、確かにそう言うと、万里子は再び目を閉じてしまいました。



「起きたのかっ!?」


いつの間にか身体を起こし、寝台に飛びつくようにやって来たネストラードに、ルヴェルは皆を呼んでくるよう伝えました。


「なんで僕が!お前!僕はこれでも王子だぞ!」


「ええ。勉強不足のね。でも今は私の助手を条件に人払いした寝室ここに残っていたはずですよ?」


「むぅ…っ、わ、分かったよ!マールにおかしな事するなよ!?」


そう捨て台詞を残すと、ネストラードは慌てて部屋を飛び出して行きました。

彼の視線を避けるように背けられていたルヴェルの瞳には、うっすらと涙が浮かんでおりました。

やっと起きましたー!\(^o^)/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ