63.裏切り
11月4日深夜、教えていただいた誤字を訂正しました!
ありがとうございましたm(__)m
シアナの言葉に、ジルは一瞬怯みましたが素早い動きで万里子の元に駆け寄ると、そっと喉元に手をあて顔を覗き込みました。
「レグゼス殿、ソファ付近を照らしてください」
「うむ?」
「何かを飲まされた可能性があります。何か手がかりが残っているかもしれません」
「うむ。……何か箱が落ちておるの。それと……これはチロルの欠片か?ありゃ、光玉の光で溶けてしもうた」
「箱をこちらへ!」
ジルはレグゼスから箱を受け取ると、かすかに残った香りを確認してシアナに渡しました。
「近くに蓋が落ちていると思う。すぐに蓋をして大事に持っていなさい。ジャーレ国王陛下はどこへ!?」
「きっと窓から逃げたのだと……イディ様が追ってます」
それを聞くと、ジルは手にしていた光玉を大きくして万里子に近付けました。
「ジルさまっ、何を……!?」
シアナは驚いたように声を上げますが、ジルから返ってきたのは答えではありませんでした。
「シアナ、マールを床に横たえるんだ。早く!」
「は、はい!!」
そっと、でもすばやく先程まで倒れていた床に再び万里子を横たえると、ジルの行動をじっと見守りました。
ジルの光玉が大きくなるにつれて、ジルの冷たい美貌にうっすらと汗が浮かびました。
その光玉がジルの姿さえも飲み込みそうな程に大きくなったところで、ゆっくりと光玉を万里子に近付けます。
いつの間にか、シアナは汗ばんだ両手で箱をぎゅうっと握り締めておりました。
大きな光玉が万里子に触れると、あっという間に万里子は光玉の中に吸い込まれてしまいました。
「あぁっ!」
シアナが驚きの声をあげてジルを見ますと、今やジルの汗は額から頬をつたい、細い顎の先端からボタボタと流れ落ちる程でした。
「ジル様……まだお体が万全でないのでは……」
「……そんな事を言っている場合ではない。レグゼス殿、あなたの光玉でもっと私の手元を照らしてはもらえませんか」
「うむ。こうかの?」
未だ光玉に右手をかざし、その大きさを調整していたジルはレグゼスの持つ光玉で更に手元に光を集めると、左手の指を右手の甲に当て早口で呪文を呟き、左手の指で強く右手を押しました。
すると、ズボッと光玉の中にジルの右手が手首まで入り込みました。
ジルが何をしようとしているのか理解出来ず、シアナはただオロオロし、レグゼスはじっとジルの挙動にを目を凝らしておりました。
「ジル様……何をなさろうとしておりますの……?」
「マールは術がかからない。こうして光玉で周囲を遮断した空間に閉じ込め、空間魔法をかけなければマール自身には影響しないと思う。ただこれも……有効かどうか……くっ!」
マールを閉じ込めた光玉の中の空間に治癒魔法をかけ続けていたジルの腕がプルプルと震えだしました。
「そんな……マール様に直接治癒魔法がかけられないなんて……」
「……っ、私もこれで万全だとは考えて…いない。シアナ、頼みがある。急いでグリューネ殿の下へ。その箱を忘れずに持って行くんだ。解毒できるか聞いてくれ!」
「はい!」
ジルは震える声でシアナに指示を出すと、更にマールに誰も近付けないよう王女の棟を完全封鎖するように言いました。
シアナはもう一度力強く頷くと、部屋を出る前にもう一度振り返って万里子を見ました。
万里子は強く輝く光玉の中でふかふかと浮き、まるであやされている赤子のようにも見えました。
(マール様……必ずお助け致しますわ!もう少し……どうかもう少しだけお待ちくださいませ!!)
そうしてシアナは部屋の外に駆け出したのでございます。
ジルはそれを尻目に、万里子から目を離さずにただひたすら空間魔法をかけておりました。
(もう少し……もう少し濃度をあげればマールの身体にも外から影響がいくはず…!)
震える右手を左手を必死に支え、術を続けていました。
「まだかの?もう…中の気はかなり濃密になっとるようだがの?」
レグゼスが戸惑い気味に話し掛け、やっとジルの腕から力が抜けました。
ずるりと光玉から抜け落ちたジルの右手は、手首から先が赤くただれており、そこに放たれていた術の強さを感じ、レグゼスは息を呑みました。
「何事だ!」
ガイアスに伴われてやって来たクラムルードが、入室するなり声を荒げますが、部屋の中に大きく浮かぶ光玉と、その中でふよふよ漂う万里子を見て言葉を失い、部屋の入り口で足を止めました。
「な、何だこれは……どうなっている!?コイツは無事なのか?」
ソロソロと光玉に近寄り、手を伸ばしますが、その手はパチン!と光玉にはじかれてしまいました。
「生きてるのか?この暗闇はもしかして……」
「生きてますよ。……まだ…かろうじて。息はしていませんが、鼓動は感じます。だがこの暗闇はマールの状態に関係していると思われます」
「なぜだ!?今日はジャーレと面会しているはずだ!」
「……よく把握していますね…そのジャーレの罠だと思いますよ?現に逃げたと思われる彼をイディが追っています」
「…逃げた?仲間と合流してからだと、逃げられるのではないか?念のためガルディスの訪問団が滞在していた部屋に行ったが、既に蛻の殻だった」
「逃げられる事はないと思います。術の使える神官達に宮殿の外の結界を強化させています」
「…ガイアス、兄上の手助けを。この闇の中ではお前達の方が有利だろう」
「ですが……」
「俺の事は良い。早く!」
「は」
返事をするなり踵を返したガイアスは、あっという間にその姿を闇に溶け込ませました。
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一体どれ位の時間が経ったでしょう。
暗闇の中、光玉の中でふかふか浮いている万里子から、誰もが目を離せずにおりました。
光玉は少し形を崩し、今は楕円形になっていました。
中の魔法が枠となっている光玉を破ろうとしているのです。もう一度巨大で、しかも更に堅牢なものが作れるだろうか……そう考え、ジルはただれた右手を左手でぎゅっと握りました。
「ジル殿は…なぜここに?もう身体は良いのか?その…手を見る限りでは無事には見えないが」
「ジル殿はヤンテに起こされたそうじゃ」
「は?!」
「夢に出てきたんですよ。そしてマールの危機を教えられた。結果……間に合ったとは思えない……っ」
傷ついた右手を押さえながら、ジルが吐き捨てるように言いました。
その時、棟を警備していたドリーが控えめに声をかけました。
「すみません。あの…イディ様が戻られました」
「それは本当か!ジャーレは捕らえたか!?」
「それが……いらっしゃらないのです。ガイアスがまだ周辺を捜索中でございます」
「よし!そちらに行こう。ジル殿……どうする?兄上がついているから大丈夫だと思うが、大神官として、ヤンテの姫に害を成した者達の裁きの場には貴下にも同席して欲しい」
「……お話は分かりますが、マールをこの状態のまま置いていくわけにも……」
その時、ドリーの後ろから長身の影が現れました。
「私がマールについていよう」
「「ルヴェル殿!」」
「この闇はマールの身に異常があったんだろう?サイナの長の座に賭けてでも、彼女を助けたい」
そう語るルヴェルの表情を、クラムルードはじっと見つめておりました。
確かに万里子が宮殿に留まるよう仕向けたのはクラムルードでしたが、それでもルヴェルが万里子を連れ戻すためにした事を考えると、ルヴェルの言葉を信じていいのか見極めなければならなかったのです。
ルヴェルは、とても静かで穏やかな瞳をしておりました。
その瞳に真っ直ぐ見返され、クラムルードは決断しました。
「ルヴェル殿、アイツを……姫を頼む。ジル殿、俺と一緒に来てくれ」
「……分かりました。ルヴェル殿、光玉の中の空間に治癒魔法をかけてますが、もつのはあと少しかと……」
心配そうに話すジルのただれた手を見て、ルヴェルは労うようにジルの肩に軽く手を置きました。
「充分だ、ありがとう。後はまかせてくれ」
ドリーに引き続き警護をまかせ、レグゼスが作り出す光玉を頼りに王の棟接見の間に向かいました。
宮殿内は恐ろしいまでの静寂に満ちておりました。
「ミルファ殿の動きが気になりますね」
「この暗闇だ。警護と称して腕の立つ数人のムバクの兵士を部屋につけている。他の滞在客も同じだ。容疑者は増やさない方がいいだろう」
「だから陛下の警護が手薄な訳ですか」
「……仕方ない。王の替えはきくが、ヤンテの姫の替えはいないのだから」
足早に向かった王の棟では、男達の怒鳴り声が聞こえてきました。
「この期に及んで何を騒いでいる!」
声を荒げクラムルードが入室すると、室内の喧騒は途端に静まり返りました。
部屋の中では、男達が数人後ろでに縛られて膝をついています。
その中に、ジルは見慣れた服装の男を見つけました。
「お前……」
マリーが消えたと報告に来た神官でした。何の力もないのに、高位の神官に名を連ねている男です。
「ギーシュと言ったか。そうだ、お前は確かガルディスの神官長だったな」
ジルの鋭い言葉に、身体を強張らせるとギーシュは必死に首を振りました。
「いいえ!これは何かの間違いでございます!!イディ様が何をおっしゃっているのやら、私にはまったくわかりません!私達は、ただお庭を散歩していただけでございます!」
周りの男達もその言葉に一様に頷き返しました。
「ほ、ほれ!皆様もそう申しておるではないですか!だっ、第一!ジャーレ陛下の指示だと言いますが、そのジャーレ陛下はどこなのです?」
「お前達が匿っているのだろう!」
「そのようなことはございません!接見の間の窓が開いていたからといって何なのです!それならば窓の下をお調べになったらいいでしょう!飛び降り逃げた後などございませんぞ!」
「だからお前達が!」
すると、それまで何の言葉も発さずにいたジェルミがぽつりと呟きました。
「父は、飛び降りておりません」
部屋の中に居た全員の目がジェルミに集まります。
「ほれ!ジェルミ殿下もこのように申しております!」
「だからな、お前うるさいんだよ!」
イディはギャーギャー喚くギーシュの後ろ手を少し捻り上げました。
「いっデデデ!殿下!もっとはっきりおっしゃってください!」
再び全員の視線がジェルミに集中しました。そんな中でどこかすっきりした表情のジェルミは言葉を紡ぎ出しました。それはとても静かな声でしたが、その場に居た全員に大変な衝撃を与えました。
「父は接見の間から逃げていません、それは確かです。僕は父の腕が闇に溶けるのを見ました。単に闇に見えなくなったんじゃない。父は、ヤンテの怒りに触れ消えてしまったんです」
気配が消えたのは、ジャーレでした!
サブタイトルの「裏切り」は、ルヴェルだったりギーシュだったりジェルミだったりの行動でつけました。
その行動は、誰かにとっては裏切りだからです。
あ、でもルヴェルの最大の裏切り行為は連れ戻した時?