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62.闇に溶けた手

ジェルミは面会の始まった接見の間の窓をずっと見つめておりました。

先程父王がその窓を開け放ち、扉を閉める事で発動する結界が緩みました。王女の棟には幾重にも結界が張られておりますが、これで少し緩んだ事になります。

窓を開けたという事は、この結界の特色でもある“発動したら室外の物音が筒抜けになる”仕掛けも消えてしまいました。

これでは万が一室外で異変に気付いた者が居ても、その様子を室内の姫が知る事はありません。

ジェルミは計画を冷静に自分に伝えた父王が恐ろしくて仕方がありませんでした。

父はヤンテが消えるきっかけとなったあの戦争を仕掛ける少し前から様子がおかしくなっておりました。

それまでの父は非常に快活な人物で、率先して現場に立ち平民からも慕われる人柄で、よく大きな口を開けて豪快に笑う気持ちの良い人物でした。正妃である母に愛情深く接する姿は子供心にも心が温かくなる光景でした。

そんな父が、いつしか笑わなくなり、建設現場にもチロルの採取工場にも足を運ばなくなり、宮殿に籠もるようになってしまったのです。

自分を荒々しくも愛情をもって遊んでくれた父は、遊んでくれる回数も少なくなり、相手をしてくれる時でも時折その顔からは表情が抜け落ちており、その時初めて父を怖いと思ったのです。

父はとうとう母とも寝所を別にするようになり、母は細い肩を震わせて泣く事が多くなりました。それでも母は言うのです。「お父様を信じて、お父様のおっしゃる通りにするのよ」と……ですが、まもなく大国ラウリナを相手に戦争を仕掛け、その最中さなか母が病気で亡くなっても母の元にはやって来ませんでした。

闇の時代になってからもそれは変わりません。

宮殿には戻って来ましたが、まだ幼い自分を乳母に押し付け遊ぶどころか共に食事する事もなくなりました。

専属の教育係を数名つけられ、帝王学や剣術、歴史に戦術……ありとあらゆる事を叩き込まれました。

母の大切にしていた、花々が咲き乱れていた大きな温室は、高価な光玉が眩い、剣術の実技訓練場になっておりました。ヤンテが消えてもじっと耐えて小さな花を咲かせていた花は無残に踏みつけられ、大きな植物は剣の切れ味を試すかのように沢山の切り傷がつけられました。やがてそれは、大きな音を立てて倒れます。その音は母の悲鳴にも思え、涙が止まりませんでした。その姿を父は冷たい目で見ていました。いえ、父だけではありません。父の側近も、教師達も、一緒に訓練していた他の貴族の子息達も……皆が冷たい視線をジェルミを見つめていました。

父の狂気が他に伝染してしまっていたのです。ジェルミは自分もいずれそうなってしまうのではないかと恐れました。ですがその内、自分だけが異端だと思うようになり、なるべく皆に溶け込むよう自分に言い聞かせ日々を過ごしました。

自分の意思を無視し、自己を押さえつけて母の愛する場所を剣の傷で覆い、ラウリナを敵視する教育に、ジェルミは心で泣きました。人を人とも思わない振る舞いをしなければならない事もあり、容赦なく神官やラウリナ出身の女官を厳しく罰した夜、ジェルミは心を弱らせ、自室でこっそり食べた物を全て吐き出してしまう程で、罪のない者を罰した事で感じる後悔や申し訳なさも自分が弱いからで恥ずかしいものなのだと自らを戒め、奮い立たせました。

そうしてでも頑張ったのは、そうすればいつかまた父が自分に目を向けてくれると思ったのです。

それはある日突然訪れました。

突然視界が明るくなったのです。それはぼんやりとでしたが辺りを包み込み、歴史学の勉強中だったジェルミは光玉よりも明るいその光を信じられない思いで全身に浴びました。


「き、奇跡ですじゃ。殿下!ヤンテが……ヤンテの光が戻りましたぞよ!!」


腰が曲がり、枝ほどにやせ細った歴史学の教師が珍しく興奮した面持ちでおります。その様子をジェルミは不思議なほど冷静に見つめました。ヤンテの光はその教師の顔いっぱいに走る皺にできる薄い陰をもくっきりと見せ、「あぁ、この人も年をとったのだな…」など、そんな事をぼんやりと考えておりました。


そこに力強いノックが響きました。


「ジェルミ殿下、ギーシュでございます」


訪ねてきたのは、ガルディスにある神殿に務める神官長でした。何名かいた神官長候補の中で、父が推して神官長になった男です。以前スイルの宮殿勤務の神官であったそうで、スイルとの強いパイプを持つこの男をジャーレは何かと優遇しておりました。


「入れ」


入って来たずんぐりした体型の男は、形だけは恭しく礼をとるとこう告げました。


「ジャーレ国王陛下がお呼びでございます」


ジェルミは胸が高鳴るのを感じました。ようやく父が私に目を向けてくれた!それに私も行動で応えなければ!その思いを強くし、父の元に向かったのでございます。


そう決意は致しましたが、ジェルミは窓を見上げながらも不安な気持ちは大きくなるばかりでした。

確かにこの世界を闇から救ったヤンテの姫が、他の国をロクに見る事もしないでラウリナの王妃となる事を決めた事に対して不満は持っておりましたが、無理矢理連れ去るのは卑怯な手だと思いました。

父の言葉に驚き、父がテーブルに置いた小さな箱の蓋を祈るような気持ちで開けました。

そこには、従来のいびつな形とは違う、完璧な球体に仕上げられ美しい光沢を放つチロルがぽつんと一粒入っているだけでした。


「……チロルではないですか。随分綺麗に仕上げられたものですね。姫様にですか?チロルは好物なようですし、お喜びになるでしょう」


するとジャーレは喉の奥でクツクツと笑いました。


「それがルドゥッリの蜜入りでもか?」


ジェルミは思わず箱を取り落としそうになりました。ルドゥッリとは、チロルの実によく似た実ですが、その実は劇物で死には至らないものの、舌が痺れて話せなくなり、そして痺れは全身にゆっくりと行き渡るのです。

ルドゥッリの実の中を煮詰めると光沢のあるトロリとした“蜜”になり、その効果は何倍にもなると言われています。

その症状は確か、舌と手足の自由を無くした後程なくして気を失うのではなかっただろうか……そこまで思考が辿り着くとジェルミはジャーレに視線を転じました。

その先でジャーレは、ジェルミに向かって不気味な笑みを見せておりました。


「ち、父上……それはいくらなんでも危険です。気を失うというのは、この実に耐性のあるガルディスの人間の症状。ルドゥッリに慣れていない人間ではどうなるか……」


「お前はまだそんな生温い事を……!ガルディスに入れば解毒剤もある。姫の偽者騒動のおかげで計画が二転三転し、解毒剤をここには用意できなかったがすぐにガルディスに入れば問題あるまい」


「ですが……!」


「ええい!お前は甘すぎるぞ!そんな様子では立派な王になれぬ!」


反論しかけたところでそう言われ、ジェルミは唇をかみ締め押し黙ってしまいました。



本当に大丈夫だろうか……おいしそうにチロルを頬張る姫の顔が浮かんで、ジェルミはその感情を切り捨てるようにぎゅっと目を瞑りました。

すぐに目を開け、窓を睨みつけると開け放たれた窓からコトリと小さな音が聞こえました。それはそう……まるで空っぽになった箱が床に落ちたような、そんな軽い音でした。


(動きがあったのか?)


身を乗り出したい気持ちをなんとか抑え、少しの変化も見逃すまいと見つめると、窓辺に父が顔を出しました。その腕の中には、ぐったりした姫が居ました。

ジャーレの挙手を合図にジェルミが窓の真下に走り、投げ落とされる姫を受け止めなければなりません。

目を凝らして見ていると、ジャーレはジェルミを確認し、そして右手を挙げました。

走り出したその時、急に辺りが真っ暗になりジェルミは一瞬方向感覚が無くなりました。

位置を確認しようと再度見上げたその先で、父の腕が闇に溶けていくのが見えました……。



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いち早く接見の間にたどり着いたイディは、窓辺で倒れている万里子を発見し、すぐに走り寄りました。

ぐったりとした万里子はいくら揺さぶっても頭をぐらぐらさせるだけで、一向に目を開けようとはしません。

見渡すと室内にジャーレの姿はありませんでした。窓の下では数人の男が動く気配があります。


(窓から外に逃れたか!?)


接見の間は二階にあります。ジャーレのように鍛えている人間には、二階から外に脱出するなど簡単でしょう。

イディは迷いました。外の気配はまだ遠ざかろうとはしておりません。暗闇に目が慣れないのでしょう。今ならば容易く捉える事が出来ます。ですが、腕の中でぐったりしている万里子を放ってはおけませんでした。


「マール様!マール様!何がありましたの?」


隣室からシアナの声と、何かが倒れる音がしました。きっとこちらに来ようとはするものの、何かにぶつかり倒してしまったのでしょう。


「シアナ嬢!落ち着いて!ジルの術で、宮殿でも術が使えるようになりました。光玉を灯してこちらに来てください!」


「は、はい!」


すると扉の向こうでぼんやりとした光が灯されたのが分かりました。

外に意識を戻すと、数人の気配が散り散りになろうとしておりました。まとめて捉えるにはこの機会を逃せません。


「シアナ嬢!姫様は気を失っております!私は犯人を追いますので!まもなくジル殿がいらっしゃるはずです。後をお願いします!」


視線を外に向けたままそう叫ぶと、そっと万里子を床に横たえると、一気に床を蹴り上げ跳躍しました。


「マール様!!」


光玉で辺りを照らし、部屋にたどり着いたシアナは倒れている万里子に駆け寄り、ひしと抱きしめました。

そしてふっくらとした万里子の頬に手を添えると、何度も何度も優しく撫でました。


「目を覚ましてくださいませ、マール様……」


撫でていると、シアナはふとあることに気付き、愕然としました。

そこに、ジルが到着しました。シアナよりも大きく明るい光玉を手にしているため、室内が一気に明るくなります。

光に浮かび上がったシアナは、万里子を抱えて呆然としておりました。


「どうした、シアナ?マールは無事か!?」


その言葉でシアナの目がジルに向けられ、シアナの目からは涙が一粒流れ落ちました。


「シアナ?」


「マール様が……マール様が…」


「どうした?」


「息を……していないのです……」




またちょーっとしか話が進まずすみません(-_-;)


ぐずぐず万里子に辛抱強くお付き合いくださりありがとうございます!

そろそろぐずぐずから脱出したいです!がんばります。

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