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61.ジルの目覚め

お待たせしました!でも話は進んでません……期待させてごめんなさい!

この世界が再び闇に包まれる少し前……ジルはヤンテ神殿の大神官の、つまり自分の部屋で深い眠りについておりました。

先王の弔いの儀式にかなりの魔力を消耗していたジルの意識は深い深い闇の中に漂っており、この状態は数日続くものと思われておりました。

そんなジルの意識の闇に、突如として明るい光が現れます。その中から、ひとりの艶やかな黒髪と、黒曜石のような吸い込まれそうな闇色の瞳を持った凛とした風情の美しい女性が現れました。

今まで何度も弔いの儀式を行ってまいりましたが、このような現象は初めてです。

女性は迷う事なくまっすぐに歩き出しました。それをジルはただ見守っておりました。女性の様子は歩くというよりも滑るように移動している事に気付いたのは少ししてからでした。足元が見えない程裾の長い一風変わった衣の所為かもしれませんが、女性はくうに浮いているようにも見えました。

その衣から見えているのは、憂いを帯びた瞳が印象的な上品に年を重ねた色白のかんばせだけでした。

裾をほんの少し揺らしてすぅーっと自分の目の前にやって来たのを確認し、ジルは驚きました。

と言いますのも、この光景をジルは離れた場所から見下ろすようにして見ていたのです。自分は単なる見物人のひとりだったのが、今突然舞台の上の登場させられたような感覚でした。


「え?」


ぱちぱちとまばたきをするその眼前で、女性はまばたきもせずジルを見据えておりました。


『お主、我が見えるか?』


女性が真っ赤な唇と薄く開くと、そこから零れ出たのは老女の如きしわがれた声でした。

確かに目の前の女性の声だと確信したのですが、その声は不思議なことにふたりが佇む場所に反響し全身に突き刺さりました。

ジルはこの感覚に覚えがありました。それに気がつくと、どこか納得したように女性をじっと見つめ返します。それはまるで、女性の問いに対して態度で示したようでした。


『我の声が聞こえるじゃろう?あのを介さずともなれば、お主にしかもはや我の声は届けられぬ。お主が“ここ”に居ったのは幸いじゃ。穢れはすぐに祓ってやろう。……あの娘を、助けておくれ』


そこまで聞くと、ジルはカッと目を見開きました。


「何が……何があったのでございますか?」


小柄な両肩をがっしりと掴んで揺さぶり詳細を問い詰めたい衝動を、ジルはなんとか心の奥底に押し戻しました。


『目覚めれば分かる。……我に、これ以上人間を憎ませないでくれ』


潤んだ瞳が一瞬揺れたような気がしました。


『我の力を少し貸そう。あの娘に会えたならば伝えるのだ。我を……り…が既に手にし……け』


女性を包んでいた眩い光がジルの身体をも包み込み、空気の流れがキィンと音をたてまるでそこからジルを切り離そうとしているようでした。女性のほんの少しの表情の変化と空を切る鋭い音に時折途切れる言葉を聞き逃すまいと覗き込んだジルは、すぐに眩しいまでの光に身体を包まれ、何も見えなくなりました。


パチリと目を覚ましたジルは、いつものように寝ぼけてはおらず、すぐに立ち上がると大神官のローブをその身に纏い部屋を飛び出しました。

驚いたのは神殿に居た他の神官達です。

まだ目覚めないはずだと思われていたジルがものすごい勢いで部屋から飛び出してきたのです。

同じく眠りについていたサクはまだ目を覚ましておりません。

居合わせた神官が、通り過ぎていったジルの後ろ姿を慌てて追いかけました。


「ジル様!お体はもうよろしいのですか?まだお早いのでは……あの!どちらに行かれるのです?」


「宮殿へ……ヤンテの姫君はどちらにご滞在か分かりますか?」


「王女の棟へ……あ、ですが王妃の棟に移動なさるとか……」


その言葉に、ピタリとジルの足が止まりました。

突然目の前で歩みを止められて、後を追っていた神官はけきれずにジルの左肩にぶつかりました。

ジルはその衝撃にも微動だにせずに自分よりも背の低い彼に冷たい声で問いました。


「王妃の……?」


「は、はい。グランデ様がそのように引越しの準備を指示なさって……姫君も了承なさったとか…。今は宮殿中がその噂で持ちきりです」


チ。


小さな舌打ちが聞こえ、思わず顔を上げた神官は思わず「ひ!」と声を上げ、後退りました。


「あああああああの、ジル様?」


「準備を指示……では、まだ姫は王女の棟にいらっしゃるのだな?」


「は、はい。ですが、本日はジャーレ国王陛下との面会だそうで、すぐにはお会いできないかと……それにイディ様より神官を数名貸し出すようにとのご命令がありまして…今神殿には私しか……」


「ジャーレ国王陛下が!?……イディの所に行きます。お前はついて来なくても結構」


用は済んだとばかりにまた早足で歩き出したジルを、神官はただ見送りました。

彼は同行しろと言われなくて、彼は心の底から安堵しました。

それほどにジルの纏っていた空気は冷ややかなものだったのです。


(マールの後見にとおっしゃる陛下のお話を受けたのは、後見につけば各国や他の貴族への牽制になるのと同時に、マールに会うために面会という面倒な手続きが不要な為であったからなのに……同じ後見人でもマールの立場が王妃の棟の正式な主人ともなればそれも難しくなる。簡単に会えなくなれば、近くで見守る事も側で忠告する事も出来なくなってしまう!私が眠っているこの間になんと卑劣な!)


おまけに今日がジャーレとの面会日で、イディが神官を数名借りて行ったとなれば……そこまで考えると、ジルは走り出しました。


(嫌な予感がする……ジャーレはまた何か企んでいるのか!?)



---------------------------------------------



「ジル殿。思ったより早かったですね」


運良く王の棟の前でイディを捕まえる事ができたジルは、珍しく息をはずませておりました。


「ヤンテに助けられてね。だがまだ……体力は戻っていないらしい」


「ヤンテに?それはどういう……」


「すまないが、悠長に話している時間はない。ヤンテがマールの危機を予言した。今ジャーレ国王陛下と面会しているそうだな?」


「ジル殿……それは本当ですか?相手が相手だけに、神官を数名お借りしたところです。いくつか宮殿にも“穴”がありますからね」


ふたりは話を聞かれないため、王の棟にあるイディの部屋に急ぎました。


「強い結界を作ろうとすると、結界と結界の狭間に“穴”が出来るのは仕方の無い事だ。何事も完璧は無い。だが、その“穴”の存在をガルディスが知っているとは思えないが……念のため調べよう」


「お願いします」


目を閉じて結界の様子を探り出したジルを、イディはじっと見守りました。

ヤンテの予言に時間の猶予がどれ程あるのか分かりません。気持ちは焦るばかりでしたがなんとか押さえつけました。


「接見の間の…結界が緩んでいる。窓だ。……イディ、神殿から呼んである神官を集めてください。早く!」


「分かりました。少しお待ちください」


イディが魔法が使える結界の“穴”の近くに散らばっていた神官を呼び戻します。

その間ジルは目を瞑ったまま他の結界に緩みが無いかを探っておりました。


「ジル殿!その後変化は?」


イディが急いだ様子で戻って来ました。少し遅れて息を切らした神官が駆けてきます。

最後尾にはサクより少し若いだけの老神官がヨロヨロと現れました。


「変化はないが……相手が王族なだけに、その“変化”が無いと踏み込めない。なんとももどかしいな」


「ええ……それ相当の理由がないと乗り込めません。もっとも、その心配が杞憂に終われば良いのですが……」


「それならばヤンテが夢に出てきて私の穢れを祓うのを手伝い、早くに眠りから覚めさせるだろうか。……お前達は宮殿の外周りの結界の強化をお願いします。私は宮殿内部の結界を全て緩めます。万一の時の為に宮殿内で魔法を使えるようにしておきたい。結界が緩んでも、宮殿内では魔法が使えないという思い込みが相手の出足を鈍らせるには充分でしょう。……レグゼス殿は私を手伝って頂けますか?」


ジルは一旦集められた神官達が、ジルの指示により再度散り散りになっても杖に身を預け息を整えていた老神官に声をかけると、レグゼスと呼ばれた老神官は頬骨が出た痩せこけた顔に安堵の表情を浮かべました。


「今……夢にヤンテ様がお出になったと申されましたかの」


「……はい。姫を助け伝言をと…」


「後で詳しくヤンテ様のご様子などもお聞きしたいですな。まずはこの老いぼれもお助けになるよう頑張りますかの」


「ありがとうございます」


ふたりが目を閉じ、それぞれの術に入りました。

ジルは胸の高さに手の平を上に掲げ薄く閉じた口の中で呪文を紡ぎます。それと背中合わせにレグゼスは骨が浮き出た細い手で杖をつかみ、先端をゆらゆらと揺らしながらジルの呪文に対する補助呪文を呟きました。

宮殿内に仕掛けられた結界がひとつひとつ、泡がはじけるように消えていきます。それは力の小さな者には分からないであろう微々たる変化……ですがイディはそれを肌で感じておりました。


しかしそれは突然途切れました。


呪文を紡ぐ事を止めたジルが、王女の棟がある方向を見て眉根を寄せました。


「接見の間の緩んだ結界を、今誰かが通り抜けました」


次の瞬間、辺りは闇に包まれたのでございます。


一番早く反応したのはムバクのイディです。腰の剣に手を添えると素早く王女の棟に向かいました。

ジルは再度呪文を紡ぎ出し、慌ててレグゼスもそれに従います。闇に包まれた今、彼らの術は弱くなり完了には当初の予定より時間がかかりましたが、程なくして宮殿内でも魔法が使えるようになり、光玉を作り出すとふたりも共に王女の棟に向かいました。


(間に合ってください……マール、どうかご無事で!!)



宮殿内には魔法が使えない結界が張られてますが、結界を張った神官達がその結界を強化したり緩めたり、かけ直したりといった術は使えます。

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