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60.ジャーレの誤算

面会を終え、部屋を出てきたグランデは何やら満足気で、従者に向かって

「さぁ、すぐに準備に取り掛からねば。急ごうかの」とそそくさと王女の棟を後にしました。

その様子にシアナは不安になり、急いで接見の間の扉をノックしました。

すると返事を待たずにすぐに万里子が現れました。


「あ、シアナさん!お待たせしました!」


出てきた万里子もまた、満足気な笑みを浮かべておりました。


「あの……大丈夫でございしたか?」


「はい!シアナさん、シアナさんが心配してたような話は全然ありませんでしたよ?結婚どころか、婚約の話も出ませんでした。それどころか、今の部屋がキラキラすぎて私が居心地悪く思ってる事を気にしてくれたんです。やっぱりグランデさんは良い人でした」


万里子のその言葉を聞き、シアナはホッと息をつきました。


わたくしの心配が杞憂に終わったのならそれで良いのです。良かったですわ。ではお部屋に戻ってから詳しく聞かせていただけますか?」


そうしてふたりは万里子の部屋に戻ったのですが、面会の様子を詳しく話すどころではなくなってしまいました。

部屋に戻り、間もなくすると廊下が騒がしくなったのでございます。


ドスドスと荒々しい足音が聞こえたかと思うと同時に、ドドドドン!と強く扉を叩かれ、ソファーに身を落ち着けたばかりの万里子は飛び上がって驚きました。


「な、何!?」


扉の外では入室の許可が無い事に焦れた声が聞こえてきました。


「おい!離せ!」

「いけません。いくら陛下といえども許可もなく入るなど……」

「うるさい!」


中で万里子がおろおろしておりますと、扉は乱暴に開けられました。


「おい!居るならさっさと返事しろ!」


入って来たのは、燃えるような赤い目をつり上がらせたクラムルードでございました。


「ななな、なんですかっ!いきなり怒鳴り声が聞こえたらびっくりして慌てるのは仕方ないじゃありませんか!」


「お前が怒鳴らせてるんだろう!」


身に覚えが無い万里子は首を傾げました。


「私が?どうして?なるべくなら関わりたくないのにどうしてわざわざ怒らせたりなんて……」


本気で焦った万里子はぐるぐると考えながら、少々失礼な事までも口に出してしまい、益々クラムルードを怒らせたのですがそれには気が付きませんでした。


「関わりたくない、だと?ならなんで王妃の棟に引っ越す事に合意したんだっ!!」


「なんですって?マール様、本当ですの!?」


「え?引越し?…は確かに良い考えだと思ったけど、王妃って何!?」


万里子の目の前まで歩みを進めたクラムルードは、万里子を上から見下ろすように睨み付けました。

とっさに怯みそうになった万里子はぐっと顎を引きなんとか睨み返しました。


「使っていない棟に移動した方がわざわざ改装するより手っ取り早いって言われたんだもん。そっちの方が良いって思ったけど王妃なんて知りません!」


「ほほう。ならもっと勉強しておくべきだったな。使っていない棟は王妃の棟のみだ。そこにお前が移る事は、俺と婚約するって事なんだよ。なんて言われたかは知らんがな、お前はグランデのじーさんに嵌められたんだ!」


「ええーーーーー!!!!嫌だぁーー!」


「おっ、お前が言うな!俺のほうこそ願い下げだ!」


叫んでも後の祭りでございます。その話はふたりが言い争っている内にも、瞬く間に広がっていきました。




-------------------------------



ジェルミは父の滞在する最上級の客室目指して急いでおりました。

宮殿の中では、先王が亡くなられた悲しみの色よりも浮き足立つような喜びの色が濃くなっておりました。

クラムルード国王陛下が婚約なさった……ヤンテの姫君と!!この報せは宮殿内のラウリナ国民を大いに喜ばせました。


(ダメだ。まだ早い!父上にお知らせしなければ……)


「父上!」


ジェルミは父の部屋の前まで来ると、ノックもせずに扉を開けました。


息子の慌てぶりとは打って変わって、ジャーレは落ち着いた様子でソファに深く越し掛け、繊細な紋様の入った小さな箱を片手で弄んでおりました。


「何だジェルミ。そんなに取り乱して……王族らしくないぞ」


チラリと視線だけ投げて寄越した父に向かって、ジェルミは焦れたように問いかけます。


「父上は……まだご存知ないのですか!?ヤンテの姫君はクラムルード国王陛下とご婚約なさったそうです!これでは……儀式に来て頂きガルディスの神殿を拠点としてもらうように働きかける計画は無駄に終わります!」


「そうだな。本物の婚約であったなら、な」


「父上……では、もうご存知で?」


ジャーレは、ジェルミが部屋に飛び込んで来てから初めて真っ直ぐに息子を見詰め、鼻でフンと軽く笑いました。


「これだけの騒ぎだ。当然知っている」


「何もなさらないのですか?準備が整い次第、姫は王妃の棟に移られるのだそうです、早ければ明日だとか…なぜ……なぜラウリナばかりが優遇されるのですか!」


「せめてガルディスを見てから決めてもらいたいものだがな」


「そうですよ!他国を何も知らずにラウリナを選ぶなど、我々を愚弄している!我々だってヤンテと姫のために立派な神殿を作ろうとしているのに!婚約が整っては、儀式を理由に来て頂くのも難しくなります!」


「来てもらわなくても結構」


ジャーレは口角を上げ、不気味な笑みを浮かべました。


「……父上?」


そんな父の様子に勢いを削がれたジェルミは眉を顰めて父を見つめました。

その視線の先で、ジャーレは手にしていた小さな箱をテーブルの上にコトリと置きました。


「来てもらうのが難しいなら、連れて行くまでだ」


「ち、父上……」




次の日、万里子はむくんだ目をこすりながら着替えを済ませました。

いつでもどこでも眠れる万里子が、昨夜は殆ど眠れなかったのです。

気がつけばため息ばかりついている万里子でございましたが、周りは正反対でした。


「王妃の棟へ行かれるという事は……通例でしたらご婚約やご結婚の儀式を済まされてからなのですが……逆というものなんと申しますか、こう、ぐっときますわね!」


昨日のクラムルードの剣幕を知らないレニーが、憂鬱な気分の万里子に止めを刺しました。


「その話は止めてください……」


「あらもう、姫様ったら照れてらっしゃる」


(いや、さっきからため息ばっかりなんですけど……)


もはや口で言い返す元気の無い万里子は、心の中で言い返しました。


「それではこれから忙しくなりますわね。今日の面会は早い時間で良かったですわ」


「面会……やらなきゃダメですかね?」


「勿論で御座います!そのためにわざわざ宮殿に留まっておいでなのですから。きっと面会が終わるまでお帰りになりませんよ」


更に憂鬱な気分になりながらも、ふらふら立ち上がると万里子は渋々接見の間に向かいました。その後を心配そうにシアナが追いましたが、万里子が不憫すぎて声をかける事ができませんでした。


万里子が接見の間でソファに座っていると、扉が軽くノックされ、シアナが顔を出しました。


「ガルディス国、ジャーレ国王陛下がいらっしゃいました」


「姫様、お越しになってまだ間もないというのに、既にご婚約とは進展が早いですな」


苦笑しながら入って来たジャーレは、ソファーの横に立ったまま万里子の反応を見守りました。


「ええと、それは違ってですね、部屋の内装が合わないという話から、使っていない棟に移ったらどうかって言われただけなんですよ。それ以上に意味なんてないんです。それに昨日、クラムルードさんにもお前なんか願い下げだーって怒られちゃいましたし……」


するとジャーレは軽く目を見開き、面白そうに笑いました。


「そんな誤解は早く解いてしまった方がいい。あなたがそんな暗い顔をしているからか、ヤンテの光も弱い。少し風を入れて気持ちを整えては?窓を開けても?」


窓際に移動しながらそう問われ、万里子は軽く頷きました。


「王女の棟とか王妃の棟とか、棟の意味がそんなに大きいなんて知りませんでした。私はグランデさんの提案が良いと思っただけなのに……」


「ははっあの人は策士ですからな。気をつけないと……」


ようやくジャーレは向かいのソファにゆったりと座り、正面から万里子を見つめました。


「あの、ジャーレさんの面会の目的はなんですか?」


「もうすぐ秋になる。ヤンテのお言葉通り、ガルディスでは祈りの儀式を行います。それにあなたを招待したい」


「それだけ……ですか?」


「そうですよ?すぐにお返事を頂くことは難しいかな?」


万里子にはまだラウリナで気にかかる事が沢山ありました。ジルはまだ目覚めておりませんし、グリューネにも会えておりません。それに、あれ以来ルヴェルの姿を見ていないのが気になっておりました。


「すぐには……難しいと思います」


すると、万里子をじっと見つめていたジャーレが上着の内側から小さな箱を取り出しました。


「あなたのお返事はそうだと思いましたよ。ではせめてこれを……先日の晩餐会で新しい柔らかなチロルをお出ししたでしょう?お気に召していただけたかと思っていたのですが……」


「はい!とても美味しかったです!」


ジャーレが柔らかな笑みを浮かべます。


「それは良かった。あの商品にはあなたの名前を頂きたいんです。如何かな?」


「マール、ですか?」


「そう。ヤンテの姫君も認めた味として評判になるでしょう」


「私の名前で良ければ構いません」


「それは良かった。これはね、姫。まだ試作品の段階なのですが、柔らかなチロルの中にとろりとしたクリームを入れたものなのですよ。このクリームがまだ大量生産できなくてね、ひとつしか無い。ぜひ姫に召し上がっていただきたくてお持ちしたのです。如何かな?」


ジャーレは手にした小さな箱の蓋をそっと開けると、中身を万里子に差し出しました。


「そんな貴重なチロルを……」


「姫のお名前をつけるのだから、まず姫に召し上がって頂かないと」


「そうですね…それじゃ、いただきます!」


箱の中央にコロンと入っている親指ほどのチロルを手にすると、万里子は躊躇いも無くそれを頬張りました。

柔らかなチロルは噛むまでもなく口の中で溶け、中からとろりとした甘いクリームが出てきました。


「甘い!このクリーム、チロルの甘さが増す気がします!」


「そうですか。それは良かった」


「はひ。これはひょってみょ……にゃんだ、か…」


飲み込むと同時に、舌が痺れてその違和感にとっさにジャーレを見ました。


「すぐに来て頂けないとは残念です。でもね、そんなに待っていられないんですよ」


その言葉を、万里子は最後まで聞く事はできませんでした。

ジャーレはソファに倒れこんだ万里子を抱えると、すぐに窓際に移動して外を確認しました。

階下にはジェルミの他、従者が数名配置通りにこちらの指示を待っておりました。

万里子を抱えたまま、右手を高く挙げたその時で御座います。



世界は再び闇に包まれ、ひとりの気配が世界から消えてしまいました……。

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