6.私が人嫌いになった理由(ワケ) sideジル
ジルの一人語り。
それは、はるか、はるか昔の事。
わが国、ラウリナ国はヤンテに愛されていた国だった。
ヤンテとは、空高くに光り輝く赤い星。
神が、遣わしたラウリナの守護星と言われてきた。
昼は赤く強く輝き、地上に光のエネルギーを注ぎ込む。
その星は夜は淡く光り、山々を、木々を、人々を休ませ、更なる成長を促す。
春は柔らかい光で花々を咲かせ、夏は強い日差しと多くの雨で
作物を、動物を一気に成長させる。
秋は陽射を弱め、爽やかな風を送り収穫の時期を知らせる。
冬の光は辺りを照らす程の弱さになり、雪を降らせては人々を家に閉じ込め、地を整える。
ヤンテのご加護で自然に恵まれ、作物も豊富に実り、子宝にも恵まれた。
当時、人々は皆様々な特殊能力を身につけていたと言う。
ある一族は治癒能力、ある一族は空が飛べ、ある一族は植物と話が出来た。
彼らは、お互いの能力を尊重し、協力し合い、益々繁栄を遂げていった。
それぞれが能力を持っていたのも、ヤンテのご加護だった。
人々は、ヤンテを崇め、祈った。
自分の中に「欲望」を意識するまでは。
ある一部の人間が過信し、ヤンテに祈りを捧げなくなった。
人の能力を、自分の物にしようとした。
協力は騙しあいになり、一族の能力を守ろうとするが故、能力を隠そうとした。
結果、誰でも当たり前に使えていた能力は、弱まっていった。
人々にとってヤンテは、ただの地を照らす星となった。
そんな我々に失望してか、突然、ヤンテが姿を消した。
昼が無くなり、四季が無くなったこの国が、荒れていくのはあっという間だった。
今更、後悔してもあまりにも遅すぎた。
わが一族は、最後までヤンテに祈りを捧げ、自らが持つ能力を守らんと、
子孫に厳しく教えていた数少ない一族であった。
祖父や、父から教えられる事と、一族の敷地の外で見る光景にはあまりにも
差があり困惑したが、自分の体に満ちている能力の存在から、一族に従う事にした。
わが一族は、俗に言う「魔族」であった。
聞こえは悪いが、『魔法を操る一族』の略である。所詮は人間だ。
ただ、その中でも、私は更に特別な能力が備わっていた。
それは・・・人の命の強さが熱として伝わってくる事。稀に色づいて「見える」事もあった。
身近なところでは、一番熱心に教育してくれた祖父が、静かだが激しい緑の炎を
体に宿していた。
ヤンテのご加護は、体に現れる。
昔は、誰でも持っていたのだと言う。
今は、神官でさえも形ばかりで、何も見えていない者が多かった。
何も見えず、神の言葉を聞けぬ者が神官を名乗る。
呆れて、私は一族の敷地から出る事は無くなった。
ヤンテの異変に気付いていたわが一族は、得意の魔法で食料も蓄え、結界も万全にした為、
まだ自分に代替わりしたばかりだったが、このまま隠居しようかと思っていたところだった。
あの、言葉を聞くまでは。
ある日、屋敷で瞑想していると、数年前に亡くなった祖父の声が響いた。
「ヤンテが復活する。体に赤い石を持つ、娘を迎えよ」
正直、ヤンテの復活はどうでも良かった。
もう、殆どの人間が能力を失っている。今になってヤンテに縋ろうとするあの
なんの熱も持たないヤツらに、今更何を?
しかし、祖父の声は私が動き出すまでしつこく続いた。王の下に行き神殿で儀式を行えと言う。
尊敬する祖父の為、仕方なく宮殿に向かった。
案の定、この言葉に全員が飛びついた。
まるで、その娘が自分に新たな能力でも宿してくれると思っているみたいだ。
都合のいい人間だ。
儀式は、「元」大神官のサク様が行う事になった。
「現」大神官は、名目上は私だが、殆ど宮殿には寄り付かなかった為、私が
大神官だと言う事は、下級神官は知らない。
儀式を見届けたらすぐに屋敷に戻るつもりだったから、わざわざ身を持って知らせる事でもないだろう・・。
サク様は、年老いたとはいえ、まだ能力はあるお方だ。儀式は滞りなく行われるだとうと、思っていた。
が。
神殿の儀式の間に、一気に167人もの様々な年齢の女が現れた。
私は一瞬で自分の周りにだけ結界を張った為、押しつぶされずに済んだが、
サク様以外の神官は下級であれ上級であれ、いきなり現れた女に押しつぶされそうになっていた。
「これは・・どういう事だ?」
聞くが、さすがのサク様も困惑しているようだ。
167人。すぐに人数を確認する。
この中に、例の娘が居るのか・・・。
集められた女の中には、命の火がもうすぐ消えようとしている者も居た。
反対に、出来立てのまだ自己を持っていない命も、感じられた。
ざっと見渡したその時----------。
儀式の間の中央付近で、銀色の、丸い金物が振り上げられたのが見えた。
?なんだ?
そちらに目を向けると、そこに、強い、強い熱を感じた。
一箇所から、赤く燃える、命の熱さが、あった。
サク様が、続けて呪文を唱える。
一瞬にして、大多数が消えて息苦しさは無くなった。
(私は元々息苦しく無かったが)
中央に、ぽつりと。
銀色の金物を握り締め、座り込む黒尽くめの娘。
飾らない、とても質素な身なりをしていたが、体の中の赤い炎は眩しいまでだった。
私は、ひと目で娘に惹かれた。
だが、他の神官は・・見えないのは仕方ないとしても、感じる事も出来ないらしい。
もうひとり残った、何の熱も持たない娘が姫だと決め付けていた。
赤の姫が、黒の衣を纏っていたから、余計かもしれない。
何も分からない神官達の失礼なまでの冷たい視線の中、儀式の間の中央で
居心地悪そうに身を縮こまらせている赤の姫。
不安そうな様子でも、まばゆいばかりに赤く燃える命の強さは変わらず。
それなのに・・・なぜ、見えない!?なぜ、感じない!?
これほどに輝いているのに!
サク様がもう一度術をかけた時、派手な身なりの娘の体が一瞬、歪んだ。
だが、それでもこの場に居る神官はこちらを姫だと言う。
黒尽くめの姫の方は、最初から我々の言葉に反応していたというのに。
それすら、気付かないらしい。
私は元々、人は嫌いだ。
熱を、能力を持たない人間は、裏切りと略奪を繰り返す。
能力を持たない者同士、群れて強くなった気分になる。今回も、1人が派手な女を姫だと
言ったら簡単に全員が同意し、残された姫を蔑んだ目で見ていた。
そんな人間達の下に、なぜ姫を置かなければいけない?
だが、何人かは彼女の真の姿を見破り、惹かれるだろう。
ならば、お1人の今、私が連れ去ろう。
そちらの女を姫だと選んだのは、お前たちだ。
本物の姫は、私が大事に大事にお守りしよう。
赤い熱に誘われるように、私は結界から一歩足を踏み出した。
姫の持つ、銀色の先の丸い金物の使い方を知るのは、もっと先の事。
そして、この時持った感情が、独占欲だと知るのはそれより更に、先の事・・・。
人嫌いが、初めて人に対して持った興味。
初めてなだけに、影響は大きそう・・・。
ところで、この世界にお玉は無いのか?