表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/95

59.グランデの思惑

「はー!おなかいっぱいです。久しぶりにご飯食べたー!って感じがします」


万里子は満足気にそう言うと、ぽっこりと出たおなかをさすりました。

ドレスでは満腹になったウエストがキツすぎた為、部屋に戻って来てからすぐにレニーが用意してくれたゆったりとした衣の着替えたのです。

レニーは恐縮していましたが、それでも渡された衣は普段万里子が着ている作業衣よりも何倍も上質である事はその肌触りからすぐに分かりました。


「最後のチロル、ふわっふわのとろっとろで美味しかったですよ!シアナさん、どうして食べなかったんですか?」


万里子の話を微笑みながら聞いていたシアナは、少しだけ考える様子を見せるとからかうように答えました。


「あまりにもマール様が物欲しげに見るのですもの。お譲りする事にしたのですわ」


「ええーー!そ、そんな事ないですよ?次は一緒に食べましょうね?」


「次…でございますか?」


シアナは万里子の言葉にわずかに眉を顰めました。


「はい!ジャーレさんがまたくれるそうです!次はレニーさんも一緒に。昨日は拗ねちゃいましたからねぇ」


勢いよく寝台に座った万里子が楽しそうに笑いました。心配していた専属女官の人選がうまくいったようでシアナは安心しました。

なるべく、マリー姫を快く思っていなかった人物で親戚縁者に王族と深く関わりのあるような人物がいない者をこの短時間で探すのは困難だったはずです。

それをおこなったのはイディでした。マールをペガロに乗せて送り出し、ルヴェルの不在とシアナに託した事を知ると、彼はすぐに動き出したのです。


「ジャーレ様が……そうでございますか。マール様はあの方を恐れていたのではないのですか?」


万里子からの返事はありませんでした。


「マール様?マー……」


万里子は大きな寝台の上で小さく丸まり、すこすこと不思議な寝息をたてて眠っておりました。


「マール様……そんなに無防備に人を信用なさらないでくださいませ……わたくしは心配です。皆、あなたを道具のようにしか思っておりませんのよ?私は正直食事どころではございませんでしたわ……。皆様マール様の一挙手一投足をずっと観察してらしたのに……明日からが心配ですわ」


シアナは相変わらずすこすこと寝息をたてる万里子の髪をゆっくりと指で梳きました。

晩餐会では、皆が万里子を観察していました。それぞれに思うところがあり、でもそれをグランデの言う通り、表面に出す事はなくただ観察して自分に有利な情報を仕入れていったでしょう。

万里子はただの楽しい食事会のように振舞っておりました。急に同席する事になり、自分さえ気をつけていれば良いと考えていたシアナでしたが、食事中に度々話し掛けられて万里子から注意がそれ、会話を聞き逃す事がありました。それはとても巧みでした。いくらシアナ高位の神官とはいえ、一国を背負ってきた中枢の人物達に駆け引きの点で叶うはずもありません。

マール様は何をお話したのかしら……どんな情報を与えてしまったのかしら……私に、マール様をお守りする事が出来るのかしら……シアナは万里子の元を離れ窓際に向かうと明るく光を注いでいるヤンテに祈りました。



---------------------------------



「ひとりずつ、順にお会いになるのですか?」


「はい。今日はグランデさんに会うんです」


「まぁ……ジャーレ国王陛下とミルファ女王陛下がよく引き下がりましたこと」


目の前で朝食の果実をもりもり食べている万里子は、時折口をもごもごさせながら昨日の出来事を話し始めました。


「面会の話になったら、お互い譲り合ったりかと思うと主張しだしたりして、途中すごく面倒な展開になったんです。だからゲームをしました」


そんなことをケロリと言う万里子に、シアナは目を丸くしました。


「ゲーム?あ、それはアレでございますか?」


途中、万里子がゴブレットを逆さにしだして、皆一体何が始まるのかとおしゃべりを止めて万里子の手元を見ておりました。

そして指にしていた指輪をひとつ外すと、逆さにしたゴブレットの中に入れてしまったのです。

すると他の空になったゴブレットも逆さにし、トレーに並べるとすばやく入れ替えました。

何度も何度も入れ替えを繰り返し、指輪が入ったゴブレットはどれかと聞いたのです。


「そうです。最初に当てたのがグランデさんだったんです」


「まぁ、お上手ですわね。それを面会の順番にするなど……誰にも角が立ちませんし、公平ですわ」


「最初がグランデさんだったのでホッとしてるんです」


「まぁ、どうしてですの?」


「昨日、晩餐会が始まる時に和やかな会にしましょうって言ってくれたじゃないですか。それで一気に空気が軽くなったような気がしたんです。グランデさん、ずっとニコニコしていたし、人の好いお爺ちゃんだと思うんです」


「ですが、マリー様とクラムルード様のご結婚を計画してらっしゃったのはグランデ様だと聞きますが……」


「大丈夫ですよ!クラムルードさんだって私じゃ嫌でしょうし、それはちゃんと断りますから」


「そうですか?くれぐれも、気をつけてくださいましね」


こうして朝食の間中、シアナは万里子を心配し続けたのでした。

それは面会は基本的に万里子と面会相手と一対一で行わなければいけない為です。

平等であるはずの王族が特定の人物の考えに染まらないようにとの決まりからで、王族と同列となる神子の万里子にも適用されると通達があったのでございます。

この場合、特定の人物とは側付きのシアナを指しておりました。シアナは神子の代理として万里子の言葉や考えを伝える事は出来ても、反対に神子の行動や思想に対して意見し、操る側に居てはならないのです。

シアナは相手側の従者と共に隣接する控えの間に待機する事になりました。




----------------------------------



「姫様、お待たせしましたの。いやいや、もっと楽にしてくださって結構でございますぞ」


「あ、ハイ」


面会が行われる王女の棟の接見の間で先に待っていた万里子は、入って来たグランデの姿を見ると椅子から立ち上がろうとしてそれを制されました。

グランデはこの国の男性としては小柄で、背は万里子よりも少し低い程でした。

血色の良い丸い顔は若く見られがちですが、目じりには沢山の細かな皺が刻まれておりかなりの高齢だという事が分かります。

それは手にもよく現れておりました。グランデは、その爪の硬くなった皺くちゃの手を万里子に差し出し握手すると、目を細めて万里子に笑いかけました。

つられて万里子も笑顔になります。

お互い椅子に腰掛けると、グランデの足は椅子から少しだけ浮き上がり不謹慎ながらも万里子は「なんか可愛い……」と思い、少し緊張が解けました。


「まだまだお疲れだろうに、面会を申し込んですまなかったの」


「いいえ。あんなに豪華なお部屋で何もしないで過ごすのはなんだか却って落ち着かないんです」


「今日はその件で伺ったのじゃ」


「え?」


「マリー姫が飾り立ててしまってお部屋が居心地が良くないと聞いております。陛下もそれを気にしていらっしゃる。元に戻すか、更に改装するかと話が出ているのですがの」


それを聞いて万里子は声に出して笑いたくなりました。今朝耳にタコが出来るかと思う位、シアナにはグランデから結婚話が出るかもしれないから気をつけろと言われてきたのです。

いくらなんでも相手が私では嫌だろうと言っても、シアナは聞き入れませんでした。でもやはり、自分にそんな話は持ってくるはずがないのです。

そう思いながらもどこか警戒していた自分が恥ずかしくて、万里子は笑い出しそうになったのです。


「その為だけにわざわざ今日いらっしゃったんですか?」


「左様。我らにとっても大事な姫様じゃ。その姫様が居心地の悪い思いをしているなど、あってはならん事じゃ」


「はぁ…」


「だがのぅ」


そこでグランデは皺くちゃの指で丸い顎をなぞり、「どうしたもんかのう」と続けました。


「何がでしょう?」


「あそこのお部屋はマリー様のご要望で、色々揃えては改装を繰り返し、やっとご満足いただけたばかりだったのじゃ。費用も時間もそれはそれはかかりましてのう……」


それはそうかも……部屋を思い浮かべながら、万里子も思いました。天蓋や金の猫足の寝台に椅子、テーブルと……あれらを全て一から揃えたのであれば莫大な費用と時間がかかったでしょう。


「ええと…あの、じゃああのままで……」


「いや、なりませぬ!姫様が居心地良くなるようにと陛下も望んでおりまする!」


万里子は困りました。あの部屋を作り上げるのにどれだけ散財したかと聞かされては諦めるほかないと思いましたのに、そうはいかないと言われては一体どうしたらいいのでしょう。

見るからに困り顔の万里子をグランデは横目でちろりと見ますと、勿体ぶったように口を開きました。


「そこでですがの、わたくしに良い考えがあるのです」


「良い考えですか?」


「棟を移ればよろしいのです。この城には他にも使用していない棟がありますのでの」


「な、なるほど!そこはもっとあの……落ち着いた色合いのお部屋ですか?」


「勿論でございまする。なに、遠慮する事はございませんぞ。その棟もこの棟同様に、ずっと主はいらっしゃらなかったのですからすぐに引っ越す事ができまする。それともやはりもう一度この棟に手を入れ……」

「いえっ!そんなわざわざ勿体無いです!お引越しでお願いします!」


確かに城には王族それぞれが自分の住まいとして使う棟がいくつもあり、主がいない棟もございました。

ですが、その棟が王妃の棟であるなどと、万里子は思いも付かなかったのでございます。

こうしてグランデは、婚約や結婚などといった言葉を出さずに、万里子をクラムルードの婚約者に仕立て上げる事に成功したのでございます。

いつまでもあほはヒロインでごめんなさい……(-_-;)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ