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58.晩餐会

「シアナさんがずっと一緒に居てくれる事になったんですか?」


万里子は嬉しそうに顔を綻ばせました。

その様子を見て、シアナも嬉しそうに笑います。


「そうですの。マール様はヤンテの拠代という事で神子ですから、身分が神殿預かりとなります。その為神官がひとりお側に仕える事になったのですわ。私がそのお役目をさせて頂く事になりました。そしてジル様が後継人となる事に……」

「て事は、ジルさんがシアナさんに頼んでくれたんですね!良かった!嬉しいです!」


「……ええと…まぁ…そう、なのでしょうか…」


万里子はすっかりジルのお陰でシアナが一緒に居る事になったと思い込んだようでした。


(おかしいわ…わたくし、そう聞こえるように話してしまったかしら?)


陛下の名誉のためにも一応訂正しておいた方が良いのではないかと、シアナは一瞬考えたのですが、まぁ…良いのかしら。と思い直しました。


(本当にジル様が陛下に掛け合ってくださったかもしれませんしね)


本当はクラムルードがひとりで考えての事だったのですが、手柄はすっかりジルに奪われてしまいました。




---------------------------------



グリューネに贈られた真っ赤なドレスを纏った万里子は、ガイアスの後ろを足にふぁさふぁさと纏わり付く裾に苦労しながら歩いておりました。


「…マール様、少しスカートを持ち上げると歩きやすいですわよ」


横からこっそりとシアナに教えられ、横を見ますと、いつもの神官装束とは違う青いドレスを纏った女神のように美しいシアナが軽くスカートをつまんでいるのが見え、真似すると足回りが楽になり歩きやすくなりました。


「アリガトゴザイマス……」


万里子は小声でお礼を言うと、お嬢様やお姫様っていうのは大変だなぁ、と他人事のように思ったのでした。


今、ふたりは晩餐会が行われる本棟に向かっています。

万里子はもしやひとりで参加しなければいけないのかとビクビクしていたのですが、シアナが同席できるという事でホッとし、シアナを側に置いてくれたのはジルだと思い込んでいた万里子は、ジルに心の中でもう一度感謝しました。


シアナはマールの側付きの神官という立場ではありましたが、高位の神官であり、時として神子の代理人という役目を担う為、専属女官よりも上の立場になり、今回のような晩餐会や式典の日に行われたような夜会でも同席が許されるという事でした。


「これも全部ジルさんにはお見通しだったんでしょうか?だとしたら凄いです!私があぁー!困ったなーって時に直面したら、全部するするって最悪な方向から逸れていくんです」


興奮気味に話す万里子の姿に、シアナはそういえば…と、万里子に再会した時の事を思い出しました。


(そういえば、わたくしが様々な秘密を知っている事をお話した時に、ジル様は様々な手立てを講じてこられたともお話したのでしたわ……まさかそれをここに結びつけるとは…)


「今日はジルさんはいるんでしょうか?もし会えたら、直接お礼が言いたいんです!グリューネさんへのお礼も直接出来なかったし……」


昨夜、万里子はすぐにでもグリューネに会って、ドレスのお礼がしたいとセシュラにお願いしたのですが、各国の王族等、立場が上の方々を差し置いて先にグリューネと会う事は出来ないと言われたのです。そして手紙を届けてもらう事で妥協して、遅くまで手紙をしたためていたのでした。

その姿を知っているシアナは、申し訳無さそうに万里子に言いました。


「ジル様は今日はいらっしゃいませんわ。弔いの儀式を行った神官は、数日清めの眠りにつくのです。身体から『死』の匂いが取れ消耗した魔力が回復するまで、ヤンテの神殿のジル様のお部屋でお休みになっております」


「そうなんですか……昨日はジルさんも大変だったんですね。そんなに大変だったのに、こんなに気を使ってくれて……ジルさんが元気になったら、絶対会いたいです。会ってちゃんとお礼が言いたいし、ジルさんの顔が見たいです」


「ええ。そうして頂けたら、ジル様もお喜びになるでしょう」


そのやり取りを、背中で聞いていたガイアスは自分のあるじであるクラムルードが不憫でなりませんでした。

儀式や他国の王族達への対応に追われる中、少しの時間を見つけてはヤンテの姫が宮殿で過ごしやすいようにと配慮したものが、まさか全て人の手柄になっているなど……立場上、ここで発言する事も叶わないガイアスは、いつか主人が報われるようにと願うだけでした。




---------------------------------



晩餐会が開かれる部屋に案内されて入ると、それまで談笑していたであろう軽やかな空気がひたりと静まり、万里子は気軽に入って来るんじゃなかった…!と後悔しました。

シアナと一緒という事で、すっかり心が軽くなっていた万里子でしたが、室内にいる人物の全ての視線が自分に注がれているのを感じて入り口で固まりました。


「マール様……落ち着いてくださいませ」


「……」


(お、落ち着けってこの状況でですか!?)


じりじりと横に動くと、皆の視線もじりじりと移動します。万里子は体中から変な汗が出てくるのを感じました。


(レニーさんが綺麗にお化粧してくれたのに、もうドロドロのデロデロに崩れてる気がする……)


「皆様……姫様はあまりこのような場に慣れておりません。どうかお手柔らかに」


「イディさん……」


沈黙の中、最初に声を発したのはイディでした。イディもまた、いつもの動きやすい紺色の服ではなく、紺色に銀の刺繍が入った上着を上までボタンをきっちり留めた正装をしておりました。

どうやら全員がひとり供の者を連れて来ているようでした。


「姫様、シアナ嬢こちらへどうぞ。ガイアス、ご苦労。後は外を頼む」


「イディさん、あの……」


自分に見せる表情とは違う、硬い表情のイディはその声に応えず、万里子の背に軽く手をあてると空いている席に案内しました。

そんなイディの行動を、万里子は寂しく感じましたが席についたその時、触れているだけだった手で背中をぽんぽんと優しく叩かれるのを感じました。


「大丈夫だよ、落ち着け」


耳元で小さく囁き、取り皿をそっと万里子の手に持たせました。

周りから見たら晩餐会という公の場に初めて出席する万里子に、説明していたように見えたでしょう。

万里子がヤンテの姫君として宮殿にやって来てから、距離を置いていたようにいえたイディでしたが、今のほんの少しの触れ合いだけで万里子は凝り固まった心がゆるゆると解かれていくのを感じました。


クラムルードの隣の席に戻ったイディは、もうすっかり真面目な表情になっていて、万里子の事などなんの関心も無いように見えました。


万里子達が最後だったようで、席に落ち着きますと僅かながらまた談笑が始まったようです。テーブルの上を見ますと、美味しそうな色とりどりの料理が所狭しと並んでおりました。

この世界にはスプーンはあっても食事の為のナイフやフォークはありません。全て小さな食べられる器に入っており、手に取り食べるのです。料理は大皿に乗せられており食べたい物を取り皿に取って食べるのでした。

万里子はこの方式の食事にはもう慣れたものでしたが、ナハクやサイナは野菜が豊富なため、器も野菜である事が殆どでした。

ですが、今目の前に並ぶのはライスペーパーのような物に包まれている物やタルトのようなものが器になっているものもありました。

その中には、瑞々しい果実が入っているものもあります。

見た途端に万里子のおなかがぐぅぅぅ。と鳴りました。

ここ数日は気持ちの休まる事が無く、食事らしい食事をしていなかったのを思い出しました。

昨夜もシアナが滞在の準備の為に棟から出てしまい、たったひとりの食事(セシュラとレニーにはさすがに食事は同席できないと断られた)が味気なくて殆ど残してしまったのです。


ぷっ。と噴出すような笑いが聞こえ、慌てておなかを押さえるとしわがれた声が聞こえました。


「せっかくの料理も時間が経っては勿体ありませんな。この席はクラムルード陛下がご用意くださった席です。姫様との顔合わせを兼ねてのものじゃ。それぞれ思う事があると思うが……今日は和やかに食事を楽しみましょうかの」


続いて自分をグランデと名乗った老紳士は、その言葉に色々な含みを持たせておりましたが、急に空腹を覚えた万里子には、最後の言葉しか耳に入りませんでした。


(つまり……食事会だね!?ただ食事を楽しんだらいいって事なんだよね?)


安心した万里子は、早速目をつけていたライスペーパーのような食べ物に手を伸ばしました。


晩餐会はグランデの言った通り、和やかなものになりました。

美味しい食事に楽しいお喋り。果実のようなものが入ったものは、想像通りフルーツタルトのようなほのかな甘みが口の中に広がり、万里子の頬を綻ばせました。

王族だなんて話が合うはずが無いし、ジャーレに対してもまだ少し怖い印象がありました。

丁度斜め向かいに座るジャーレは、精悍な顔立ちに柔和な笑みを浮かべ、万里子に話し掛けました。


「アレは姫様のお口に合いましたかな?」


「あっ、はい!とても美味しく頂きました。あの、ありがとうございます」


「あら、まさかもう接触をはかっていたのかしら?」


反対の斜め前に座る、紫の髪と目を持つ妖艶な美女が会話に入ってきました。

小さな面長の顔に、細く長い手足と、それにそぐわないほどの豊かな胸を持つ美女は、聞き捨てならないという風に身を乗り出しました。


(ええとこのお色気だだ漏れの美女さんは……スイル国のミルファ女王陛下だ)


「お見苦しいところを見せてしまったお詫びですよ。このように可愛らしい姫君を怖がらせてしまったのではないかと思いましてね。お口にあったのなら良かった。あれを更に加工したものもあるのですが……今如何ですか?」


「あらぁ。今って事は、チロルね?わたくしも分もあって?」


「勿論ですよ。ここにいる皆さんの分ありますよ。ジェルミ、お持ちしなさい」


すると、ジェルミと呼ばれた若いガルディス人の男性がクラムルードに許可を取り部屋を出て行きました。

戻ってきたジェルミは大きなトレーを持った女官を引き連れておりました。


他の談笑に加わっていた人々の視線もトレーの上に集まりました。

それは勿論万里子もです。


トレーに乗った大皿には、タルトのようなものが乗っていました。テーブルに乗っているものととてもよく似ています。

でも中に入っているのは果実ではありませんでした。


「チロルを最近柔らかくする技術が開発されまして。国外に持ち出すのは初めてなのです。柔らかいのでチロルよりも食べやすいとガルディスでは評判でしてな。皆様おひとつどうぞ」


初めて見る菓子に皆少し戸惑っておりましたが、それを意識してか最初にジャーレが手を伸ばしました。

その次に手を伸ばしたのは万里子でした。


「お。おいしいです!」


その声で皆一様に手を伸ばしました。

その時万里子はあまりの美味しさに目を閉じてその味を堪能していました。

ふうわりと口の中でとろけるそれは、正にチョコクリームのようでした。


ジャーレはそんな万里子を満足気に見ておりました。

この晩餐会の間、それぞれが万里子の行動から様々な情報を得ておりました。

ジャーレは勿論、万里子が果実が入った焼き菓子によく手を伸ばしていたのも全て見ていたのです。

この場で和やかに食事を楽しんでいたのは、万里子ただひとりだったのです。

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