57.無自覚な気遣い
「嫌ですー!それって断る事は出来ないんですか?」
恐る恐るセシュラに問いかけますと、セシュラの細く形の良い眉がくっと上がりました。
「ごめんなさい。すみません。ガンバリマス」
「……まだ何も申してませんけれども…姫様は……」
「何ですか?」
「……こちらの調子が狂いますわ」
その言葉を、どう受け止めて良いのか分からずセシュラの顔を見上げます。
相変わらずの無表情ではございましたが、セシュラの口角がほんの少しだけ上がっていたように見えました。
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シアナを迎えに来たのは、クラムルードの側近のひとりのガイアスでした。
側近の中でもイディに継ぐナンバー2と言われておりましたので、彼の存在は勿論知っておりましたし、その彼を迎えに寄越した事にシアナは驚きました。
ガイアスの後ろを歩いていると、彼の足が思わぬ方向に足が向きました。
「あの、こちらは確か……」
「ああ。クラムルード陛下はただ今王の棟におります。本来なら本棟のお部屋でお会いになるところなのですが、儀式の合間を縫ってお会いになりますので、こちらへどうぞ」
「は、はい」
シアナはもう一度背筋を正すと、棟の棟へと足を踏み入れました。
(そこまでして私に何の御用かしら……)
通されたのは、一番手前の小さな応接室でした。
「こちらでお待ちくださいませ」
軽く礼をすると、すぐにガイアスは出て行きました。
その部屋は、王の棟を訪れた人物がまず通される場所で、持ち物等に上手く魔法を隠して持ち込んでいないか、まず側近が面会し確認する部屋でした。
ですから、少ししてクラムルード本人が入って来たのにはさすがのシアナも驚きの声を上げました。
「へ、陛下!」
「……まだその呼び名は慣れないな」
慌てて正式な礼をとるシアナに向かって、クラムルードは苦笑を投げかけました。
「この度は……」
「よい。決まりきった挨拶などよせ。お前がシアナか」
「は、はい!」
「女性では唯一の神官だと聞いているが……今までどこで仕事をしていた?」
シアナはクラムルードの質問の意図がわかりませんでした。ですが、嘘をつく事は許されません。
「ナハクの長であり大神官であるジル様のお手伝いをしておりました」
「これから、宮殿で仕事をする事は可能か?」
「え?それは……どのような仕事でしょう?」
「ジル殿の下に居たのなら、ヤンテの姫の事も?」
「……存じております。マール様のお世話もさせて頂いておりました。もっとも、その時には『姫ではないが帰れなかった少女』としてですが……」
慎重に言葉を選びながら話すシアナを、クラムルードはじっと見つめておりました。
(わ、私、嘘はついておりませんわっ!落ちついて。落ち着くのよ、シアナ!)
「ならば話は早い。ヤンテの姫は、拠代という名目上その身分は神殿預かりとなる。よって、側仕えの神官が必要になるのだ。他の王侯貴族が後見を申し出る前に、私の方からおまえ達に頼みたい」
「え?どれはどういう……」
あまりに意外な提案に、シアナの思考はついていけませんでした。
「つまり、後見人をジル殿にお願いし、側仕えの神官をシアナ、君にお願いしたいのだ。ジル殿からは了承をもらっている。召還されてからすぐにジル殿が動いてくれたのが幸いだった」
「お、お願いだなんてそんな……!喜んでお受け致します!」
「そうか……感謝する。それと…あいつは……マ、マールは元気か」
クラムルードを前にしてからというもの、警戒したり驚いたり感動したりと感情の動きが激しかったシアナが、この瞬間初めて冷静になれた気がしました。
これは……これはもしかして……。
(試してみようかしら……危険かしら?)
シアナはひとつ深く息を吸うと、落ち着いた所作で向き直りました。
「マール様は混乱しておりますが……お元気ですわ。あの……僭越ながら陛下、先の国王をお送りする儀式に、マール様は参加せずともよろしいのでしょうか?」
「お前は……宰相のような事を言う……。俺は、そこまで背負わせる必要は無いと思う。あいつが正式なヤンテの姫として現れたのは父王が亡くなった後だ。ただでさえ混乱しているし疲れているだろう。もっと慎重にすべきだった。父王の死は…想定外だった。今日はゆっくり休ませてやってくれ。明日の晩餐会は中止できない」
「晩餐会でございますか?それは…マール様を皆様に正式に紹介する場として設けるものでしょうか?」
「グランデやジャーレなどが、早速面会を申し込んだと聞いている。初対面が面会で、いきなり政治的な駆け引きを持ちかけられても困るだろう。一堂に会していれば、あいつらも直接的な発言は避けるだろうし、あいつ…ま、マールも一度に全員覚えるのは無理かもしれんが、多少なりとも人となりは分かるだろう。側仕えとして、色々支えてやって欲しい。気心知れた相手が側に居たら気持ちも違うだろう。今日からでも王女の棟に一緒に滞在してくれ」
多少ぶっきらぼうで淡々とした言葉遣いでも、そこには細やかな気遣いが見えました。その奥底にはもっと深い感情も……。
(……自覚なさってないのかしら?)
「陛下は……お優しいのですね」
そう返されるのは想像もしなかったのでしょう。クラムルードは目をぱちくりとさせ、次の瞬間には大きな手を口元にあて表情を隠してしまいました。
「なっ何がだ!私はあのおっちょこちょいに大切な弔いの儀式を邪魔して欲しくないだけだ!せめて今日はぐっすり眠って明日は失敗するなと伝えろ!……少し時間を取り過ぎたようだ。私はもう行かねばならん」
「あ。お部屋があまりにもマリー様仕様で煌びやかになっておりまして、ゆっくりお休みになれないかと……」
「何?あの女、そんなに部屋を好き勝手飾ってたのか?わかった。すぐに元に戻させよう。……い、言っておくが、寝不足では明日の失敗の繋がるからだからな!」
「お心遣い感謝いたします」
見送るために礼を取りましたが、既にクラムルードは退室しておりました。
(残念すぎますわ、陛下……今のところ、その気遣いはマール様には全然伝わっておりませんわ……)
そしてシアナは、さて誰を応援したものかとそんな悩みを抱きながら万里子の元へと急いだのでした。
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「セシュラさん」
「姫様、私のことはどうかセシュラとお呼びくださいませ」
「……じゃあ、慣れたらそうします。ところでセシュラさん。ちょっと晩餐会の話題から逃げていいですか?」
すると、少し打ち解けたと思っていたセシュラの眉がまたくっと上がりました。
「ごめんなさい。スイマセン。あの小さな箱が気になっただけなんです!」
「まぁ!私とした事がうっかりしておりました。こちらはガルディスのジャーレ国王陛下からでございます」
「ジャーレさんって、あの怖い方ですよね?その方が私に何の贈り物でしょうか。気になって仕方が無いんですけど」
「ジャーレ国王陛下が怖い方ですって?とんでも御座いません。あのお方はダンディーな大人の魅力でとても人気のある方ですのよ。声を荒げる事も滅多にありませんのに……」
(その滅多に無い光景をもう2度も見てるんですが……)
万里子は頭を捻りました。
いそいそと箱を持ち上げ、蓋を開けたセシュラは、中身が見えるように万里子に差し出しました。
「まぁ!カードも付いておりますわ!なんて素敵なんでしょう。姫様、こちらはチロルと言いましてガルディスの特産品なんですのよ。特に白色の物が希少なのです。真ん中の列が全て白ですわ!高級品で、滅多にお目にかかれるものではありませんのよ?」
チロル?その言葉だけ聞けば、万里子の頭には殆どの女の子が大好きなチョコレートを思い出します。
そして万里子も勿論例に漏れずチョコレートには目がありませんでした。
目の前の箱の中には、親指ほどの大きさの、少しいびつな丸い形の塊が5個ずつ5列で敷き詰められており、セシュラの言う通り真ん中の3列目は白い塊が並んでおりました。
「ま、まずはカードから……」
手に取りカードを開くと、荒々しい大きな字が飛び込んで参りました。
『姫様、先程はお恥ずかしい姿をお見せし申し訳御座いませんでした。これはほんのお詫びでございます。チロルがまた取れるようになったのも姫様のおかげ…感謝致します』
「まぁ…なんと男らしい力強い筆跡なのでしょう……」
気がつくと、頬を寄せてセシュラがカードを覗き込んでおりました。
(もしやとは思ったけど…セシュラさんはジャーレさんのファンなのかな?いや、間違いなくそうだよね…)
「甘くてとろける魅惑のお菓子ですのよ。是非召し上がってみてくださいませ!私、お茶を入れて参りますわ」
その俊敏な動きといい上ずった声をいい、それは恋する乙女のようでした。
とてもではありませんが、少し前に無表情で挨拶したセシュラと同一人物とは思えません。
(でも……これで少しは仲良くなれそうかな?)
そう思った万里子は、トレーにお茶を乗せてやって来たセシュラをお茶に誘いました。
「ひとりでは食べきれないし、寂しいのでセシュラさんも一緒に食べませんか?」
その言葉に、ひどく躊躇して見せたセシュラではありましたが、ジャーレからのカードをひらひらさせると、観念して向かいのソファに腰を下ろしました。
「お、お寂しいのでしたら、今日はお付き合いさせて頂きますわ」
(ツンデレだわ!セシュラさんツンデレ!)
セシュラの感情には目ざとく気付いた万里子でございましたが、その様子は、後から戻ってきたシアナに、なぜセシュラに気付いて陛下のお心遣いに気付かないのかと不思議に思われるのでございました。
3人で囲んだお茶の席、チロルとはやはり予想に違わずチョコレートのような食感と甘さで、万里子はその至福の味から、ジャーレへの警戒を少しだけ解いたのでございます。
ただ……お茶の後に戻ってきたレニーが、チロルを食べれなかったことにひどく落ち込み3人ともが様々な手を尽くしてレニーを慰めたのでした。
レニーが立ち直るまでは大変でしたが、この件で少しだけ女官のふたりと打ち解けられた気がして、万里子はこの日初めて心から笑ったのでした。
チロルって名称を使うのはマズイですかね?
一応、たまたま偶然あちらの世界でチョコのようなものをチロルといい、名前からして万里子が反応したっていう、それでチロルにしたんですが、そのものズバリでなくてもマズければ直します。