54.面会ラッシュ
項垂れていても仕方がありません。
万里子はゆっくりと顔を上げました。
ですがその瞳に映った光景に、またもや項垂れたくなりました。
「なに、このキラッキラな部屋は……」
見渡す限りの金色に黄色。窓から差し込む光にキラッキラと乱反射し、それは目に痛い程でございました。
間違いなく、この部屋はマリーが使っていたのでしょう。
大きなソファも寝台も、テーブルすらキラキラの金色猫足で、クッションや豪奢なリボンで括られているたっぷりとしたドレープや刺繍が美しいカーテンは黄色です。更に、高い天井から寝台を柔らかく包み込んでいる天蓋も白いレースのところどころに金糸で繊細かつ美しい刺繍が施されており、どこを見渡しても目がチカチカしてしまう程にキラキラしておりました。
「……ものっすごく居心地が悪いんだけど……」
先程、クラムルードに今日からこの棟の主だと言われた事を思い出しました。
「外で、あの子が消えたって言ってたけど、何があったんだろ?」
誰かに聞きたいのですが、どうしたらいいのか、急変したイディやルヴェルの様子からも、万里子は誰に聞いたら答えてもらえるのかも分からなくなっておりました。
自分のイニスも白玉が引いていたペガロに置いたままです。
豪華な天蓋の向こうに衣装タンスらしい物を見つけて開けてみましたが、中にはやたら露出の多いものやシースルーの生地を幾重にも重ねた繊細なデザインの衣が並び(しかもその殆どが黄色)、幾分普通に見えた衣でも万里子にとっては胸元が大きく開きすぎているような気がして、結局は諦めて扉を閉めました。
とりあえずマントを脱ぎ、金色の猫足が繊細なソファの背にかけましたが、ソファを汚してしまわないかと心配になりました。
それだけの事で、ものすごく疲れた気がします。万里子はこの部屋で本当に過ごしていけるのだろうかと早くも不安を感じました。
その時、ととん。と軽やかなノックの音が聞こえました。
(だ、誰か来たっ!)
返事をする間もなく、カチリと扉が開けられます。
入って来たのは、ふたりの若い女性でした。
ひとりは鮮やかな緑の長い髪を頭の高い位置でお団子にしており、背が高くすらりとした女性で、もうひとりは小麦色の肌に明るいオレンジ色の髪が丸い顔の周りでくるくるとカールした万里子よりも背の低い少しぽっちゃりした女性でした。
ふたりとも同じデザインの膝丈の衣を着ておりましたが、衣は色違いでサイナ人であろう背の高い女性は黄緑色を、カナム人であろうぽっちゃりした女性は淡いオレンジ色でした。
「姫様。お初にお目にかかります。私は姫様の専属女官を勤めさせて頂く事になりましたセシュラと申します」
セシュラが切れ長のほんの少しつりあがった淡い緑…萌黄色の瞳をまっすぐに万里子に向けて言いました。
視線の先に居た万里子が旅支度に選んだのは用意していたドレスでもなく動きやすさで選んだ普段着でした。
その姿を見て、セシュラは片眉をくっと上げ「お召し替えをなさってくださいませ」と言い万里子を困らせました。
「ええっと、ここにある衣はちょっと私には着れないし、あの、私の衣が入ったイニスをルヴェルさんに会った時それまで乗ってたペガロに忘れてしまったんです」
すると、大げさにため息をつき更に何か言おうとしたセシュラを、セシュラよりも頭ひとつ分小さなもうひとりの女性が制しました。
「まぁいいじゃないのセシュラ。まずは私にも自己紹介させて頂戴。こほん。改めまして、姫様。私はレニーと申しまして、こちらのセシュラと共に姫様のお世話をさせて頂きます」
片やレニーは、丸い大きな杏色の瞳を好奇心も露に輝かせ、にこやかに話し出しました。
その様子を見て、万里子は少しほっとします。人の笑顔を見たのはなんだか久しぶりな気がしました。
「よ、よろしくお願いします」
ふたりが深々とお辞儀をするのを見て、慌ててお辞儀をした万里子に、セシュラはやはり片眉をくっと上げたのでした。
「姫様、まずはお召し替えをしていただかねばならぬのです。マリー様の衣が着れないお気持ちは分かりますが……では、姫様が置いてきたというイニスはどこにあるでしょうか?」
「王都の関所の外に広がる森の中です。あの……神官のシアナさんに会いたいんですが、無理ですか?」
「それよりも早く会っていただきたい方々がおりますが……そのシアナという者であれば、姫様の衣のありかが分かりますか?」
「会っていただきたい方??ていうか方々って言いました?」
「ええ。左様で御座います。宰相様やガルディスのジャーレ国王陛下、それにスイルのミルファ女王陛下が姫様にお目にかかりたいとの事でございます。三国を代表するような方々から一度に申し入れがありましたのよ!」
(宰相様に国王陛下に女王陛下!?なんでそんなお偉い方々が!?)
「えええええ!!むむむむ!むむ無理です!」
万里子はその身分を聞くだけでも緊張でどもってしまいました。
ただでさえ日頃から平々凡々で居たい万里子にとって、そのような身分の人達とは関わりたくない一心でしたが、セシュラは違う意味で受け取ったようでした。
「そうですわね。まずは少しでも見れるお姿になっていただきませんと。それで、そのシアナという者であれば、姫様の衣がどうにかなりますの?お答え次第では、どの面会よりも先にシアナという者を探しますが……」
「ほんとですか!?お、お願いします!!」
思わずセシュラの手に飛びつき、ぶんぶんと振って必死にお願いする万里子を、セシュラは変なモノでも見るように上半身を引き、「わ、わかりましたわ」と言うのが精一杯でした。万里子がようやく手を離すと、セシュラはほぅっと息を吐き出しました。
その様子を、レニーは面白そうに見ています。
「姫様、先程はノックのお返事も聞かず入室して申し訳ございませんでした。今後は、私達を呼ぶ時や、入室を許可する際は2回手を叩いてくださいませ。なお、私達はシアナを探しますので一旦棟から離れますが、外出は決してなさらないようにお願い致します。棟の入り口には警備のドリーがおりますので、こっそり抜け出す事はまず無理ですが……私達が居ない間の用事は彼女に申し付けてくださいませ。では、一刻も早くシアナをお連れ致しますので、お待ちくださいませね」
ふたりが出て行くと、扉が閉まった部屋の外から、遠ざかるふたりの声が聞こえます。
「おかしな姫だわ…あんなにみすぼらしくて……」
「まぁまぁ。王都を出るよう指示されていたようだし、一般市民に紛れ込むなら正解の格好だわ。それに私は偉そうにしないのを好ましく思ったわ。少なくとも前の偽者よりはね」
「レニー!でもそれは……の…は、どう……」
(むむむ。聞こえなくなった。ここって結構壁が薄いの?結構ハッキリ聞こえたけど……結界強いって言ってなかったっけ?)
みすぼらしい、と言われ、万里子は自分の衣を見下ろし普段着の中でもお気に入りミルクをたーっぷり入れたコーヒーのような、浅黄色の衣を摘み上げました。
ちょっとやそっとじゃ破れませんし、そう簡単に皺もつきません。どこにだって気にせずに座れる、そんなところが気に入っていました。
でも、今は目の前にある金の猫足ソファが豪華すぎて自分の格好とそぐわない事が気になって座れません。
万里子は諦めて壁際の床に座り込むと、手近にあった黄色いクッションを抱えてごろんと寝転がりました。
(あの子はどうして消えちゃったんだろう……日本に帰ったのかなぁ。いいなぁ。私も帰りたい…)
こちらに来て友達も家族のような人も、仕事も出来て、もしこのまま帰れなかったとしても、なんとか生きていけるかもしれないと思った矢先に、それらは簡単に崩れてしまい、ここ最近はなかったホームシックにかかったようでした。
もっとも、そう感傷に浸った次の瞬間には、もう口を大きく開けてくかくかと寝息をたてておりましたけれども……。
長くなったので二つに分けます。