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53.意外な行動

ルヴェルは万里子を連れてクラムルードの前まで進むと、万里子の手をゆっくりと離し、居並ぶ貴族達の横に移動して、彼らと同じように跪きました。


冷たい風を手の平に感じ、ぶるりと小さく震えた万里子は胸の前で両手をぎゅうっと握ると、目の前に立つクラムルードを見上げました。

すると、クラムルードの赤い瞳とかち合いました。その時初めて万里子はずっとクラムルードに見られていたと知ったのです。

その不躾なまでの視線に、万里子はムッとしました。でも万里子はただでさえ大人しい性格で、大勢の前で注目されるのは慣れておりませんでしたので、ちょっとした反抗心をとある行動で現しました。

口を尖らせ、クラムルードを睨んだのです。

そんな万里子の様子を見て、クラムルードの眉がぴくりと反応しました。

万里子はそれを自分の不満が伝わったと思い、少しだけ胸が軽くなったのですが、実際は全然違いました。

万里子の柔らかな唇が突き出され、上目遣いで見つめているのを見て、クラムルードは万里子の意図とは全く別の感情が胸に沸き起こっていたのです。

もっとも、夜会があった夜の事を知らない万里子には知る由も無いのですが……。


(今日もきっと何か嫌な事が起こるんだろうな…いや、きっとじゃなくて絶対ありそう!)


クラムルードに会うと嫌な事が起こるのです。


思わず殴ってしまう程腹が立ったり、泉に落ちそうになったりと過去の嫌なことが頭をよぎります。

更にはこんな形で目の前に現れたのですから、万里子が用心深くなっても仕方がありません。

万里子は、目を逸らしたくなるのをぐっと我慢してクラムルードを見ていました。


すると、先に目を逸らしたのはクラムルードでした。


「……部屋に案内する。ついて来い」


「へ?」


有力者ばかりのこの場で、姫として担ぎ出されるか、申し出なかった事を責められるかだと思っておりましたので、万里子は思わず呆けた返事をしてしまいました。


クラムルードがさっさと後ろを向き、宮殿に向かおうとした時、同じようにクラムルードの意外な行動に呆気に取られていた人々は万里子よりも早く立ち直り、一斉に意義を唱えました。

そんな中でもガルディスの王、ジャーレはすばやく立ち上がり、一気にクラムルードとの距離を縮めると大声で詰め寄りました。


「クラムルード殿!このような時に何を!」


山のような大男が大きな声をあげるのは大変な迫力で、万里子はその声だけで身をすくめ、イディも剣を持ち、ふたりの間に割って入ろうとしました。

そのイディをクラムルードは手を出して制します。クラムルードは自分に覆いかぶさる程の大男を相手にしても落ち着いていました。


「ジャーレ殿。先程申し上げたはずです。初めから姫の候補はもうひとり居た。

式典でも、裏で控えていた。実際、拠代……本物だったのは、今ここに居る彼女だったという、それだけの事。儀式は滞りなく行われた」


「だが!!」

「神託の儀式の後半!」


更に畳み掛けようとしたジャーレの言葉に、クラムルードは強い口調でかぶせました。


「…儀式の後半、ヤンテ自身のお声が消えたのち、マリーの声になってからの言葉を信用したのはこちらの落ち度。却ってどの言葉を信じたら良いのか、これで分かったのでは?貴方方あなたがたの国にはまだ影響がないはず」


「ヤンテのお声だと?それでは神殿を作り、儀式を行えというそれだけではないか!」


「そうだ。それは全員が条件は同じはず」


「あの娘が今度こそ本物の姫だというなら、あの娘を使ってもう一度ヤンテに出てきて頂ければ良いではないか!」


今までクラムルードに向いていた、怒りに燃えた目が突然万里子に向けられ、万里子は身が竦む思いでした。

クラムルードは大丈夫だと踏んだのか、イディが万里子の前に立ちはだかり、ジャーレの目から万里子を隠しました。


「ジャーレ殿……貴方も聞いていたはずだ。ヤンテは長く出てくる事が出来ないと。儀式の時はあれが精一杯だったのだろう。実際、彼女は寝込んでしまった。今私達が出来るのは、神殿を作る事。違うか?」


「くっ!ならば、なぜあの娘は消えた!?そしてなぜ本物の姫が逃げ出したのだ!」


「彼女にまで被害を及ぼさないためだ。父王が亡くなり、神託に疑惑が生じた。いくら本物の姫が彼女だと分かったとしても、混乱に乗じて身が危なくなるともしれぬ。だから少しの間王都から離しておこうと思った。だが、マリーが消えてそうはいかなくなった。だから連れ戻した。体調を考えると、再度の儀式は出来ぬ。

何かあれば、マリーにした時のように面会を申し込めば良い。客室は空けておく。これはジャーレ殿だけに限らぬ。スイルもそうだし、イルーもだ。他に何か質問は?」


全員が無言になり、クラムルードが踵を返そうとした時、列の後方から声があがりました。


「国王陛下。私どもは帰国致します。今日を逃せば、ヨークの内にイルーに上陸するのは難しいので……連絡は神官に…神官のライカに任せます」


発言したイルー人の女性の横でただひとり、旅装束のフードを脱いだライカが万里子に向かって頭を下げました。


「またお会いできる日を、楽しみにしております」


「は、はぁ……」


「そうか。足止めして申し訳なかった。気をつけて行くが良い」


万里子がライカと呼ばれた青年に気を取られておりますと、前方から鋭い声が飛んで来ました。


「おい!早くしろ。客人をいつまでも外で跪かせておく気か?」


そう言われて万里子はあたふたと周りを見渡しました。

数人が先程の騒ぎに腰を上げておりましたが大半はまだ跪いたままです。


「あわわわ!す、すみませんでしたっ!」


慌ててぴょこんとお辞儀をすると、どんどん遠くなるクラムルードの背中を急いで追いました。


マリー姫とはかけ離れたみすぼらしい格好の地味な容姿の『本物の姫』の慌てようを、人々は呆気にとられて眺めておりました。

その身体には大きすぎるマントにもたつきながらも、万里子の小さな背中がやっとクラムルードに追いついた頃、ジャーレの向かい側でクスクスと笑い声が起こりました。


「ミルファ殿」


ずっと黙って様子を見ていたスイルの女王、ミルファでした。


「よろしいのではなくて?経緯に疑問は残るけれど、クラムルード殿の言う事も正論ですわ。そんなにカッカなさらない方がよろしいわよ?姫様に何かあってまた闇の時代に戻るのだけは、避けないと……」


「た、確かにそうだが、だがしかし……」


「また面会を申し込んでみましょう。相手が変われば、意外とすんなり会って頂けるかもしれませんわよ?」


ミルファはそう言うと、ストールで口元を隠してホホホホ…と楽しそうに笑ったのでした。




「ああああああの!今のって何ですか?説明済みとかナントカ……」


「言葉通りだ」


クラムルードの歩みについて行くには小走りにならなければならず、万里子は息を切らしながら目の前の背中に問いかけました。


(まったく!歩くのが速いのは兄弟一緒?)


ホールでイディに置いていかれそうになったのを思い出し、今自分の後方を守るように歩いているイディを振り返りました。


でも、イディは困ったように苦笑するだけです。


「もしかして、庇ってくれたの??」


「お前、あほか。ああでも言わないと、血の気が多いジャーレはまた戦でも始めかねない。せっかく世界に光がもどったのに、元の木阿弥だろ」


「な、なるほど」


「後は女官から聞け」


「にょかん?」


ホールから伸びるひとつの廊下を歩いておりましたが、グリューネの部屋があった廊下とは違い、柱の彫刻も壁に描かれた紋様も凝ったものでした。


「今日からこの棟のあるじはお前だ。一番奥…ここが寝室だ。中で待ってろ」


「ひ、ひとりで?」


「俺を誘ってるのか?」


「ち、違うもん!ただ聞いただけじゃない!」


「悪いが俺にも好みがあるんでな。もうじき女官が来るから入ってろ。この棟は警備もちゃんとしてるが、室内の方が結界が強い。兄上、行こう」


「ああ……では姫様…今日はゆっくりお休みください」


イディはそう言うと、クラムルードの後を追いました。


いつも兄のように接してくれたイディの変化に、万里子の心は追いつけないでいました。

自分が姫になるとはこういう事なんだと頭では分かっていても、悲しくて仕方がありません。


「あ!でもまた夢で色々話せるかも!」


そう思いつき、一瞬気持ちが浮上した万里子でしたが、すぐに壁にぶつかります。


「室内は結界が強い……って事は、悪い人も入れないけど、親しい人も入れないって事?時計も結局見つからなかったし……あぁぁぁ…どうしよう……」


先程まで目の前にいたクラムルードのサッシュの中に、万里子の探す腕時計があるのですが、勿論この事も万里子は知りません。

万里子はがっくりと項垂れたのでした。

「面会」と「謁見」で迷ったのですが、物語上で、ヤンテの姫=王族と対等っていう扱いで、対等な王族からの申し出で「面会」を使いました。でも立場で使い分けるのもややこしくなるので、面会で統一したいと思います。

それと、教えていただいた誤字修正しました。ありがとうございましたー(^v^)

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