49.とある侍女の日記
49話「とある侍女の日記」別タイトル「侍女は見た!」を読まれる前に…前の48話は投稿翌日に約2000字加筆しています。もし、そちらをまだお読みでない方はご面倒ですが、加筆分の確認をお願いしますm(__)m
この49話はとある侍女視点の一人称となってます。
私の名はニコラ。キリエの侍女をしております。
あ、キリエとは私の国の古の言葉で、主人・師・尊敬する人物に対する呼称でございます。
四季星ヨークが明るく輝く暑いある日、街の神官が封筒を持ってやって参りました。
そこにはラウリナ国の王家の刻印が……待ちに待ったヤンテの姫様のお披露目式典の案内に違いありません!
私はキリエの元に走りました。
招待状を読んだキリエは、私を供に選んでくださいました。大変光栄な事でございます。
私は胸が躍りました。この世界を救い光を取り戻した姫様をのお姿を、尊敬するキリエと共に見る事が出来るのです。興奮しないでいられましょうか!
私は途中何度もキリエに落ち着くようにたしなめられながら、出立の3日前には全ての準備を整えたのです。
「ニコラ、落ち着きなさい」
キリエはもう口癖になってしまった言葉を今日も私におっしゃいました。
「ですがキリエ!キリエはもう慣れていらっしゃるかもしれませんが、私はただでさえ各国の王族が勢揃いするような場は初めてなのです!それなのに更にここに今から姫様がお越しになるのですよ?落ち着いてなど……!」
「…わかったから、ではせめて静かにしなさい…」
呆れたように諭すキリエの言葉に、私はやっと周りの様子が目に入りました。
ヤンテ神殿の式典が行われる広間には、全ての参列者が揃ったところでした。
それぞれが、やはり初めてお目にかかる姫様を想像しているのでしょう。あちこちで話し声が聞こえ、そわそわと落ち着かない人々が多いようでした。
それでも私の声は少し大きかったようで、数人こちらを見ている人もおります。
私は慌てて口を噤みました。
「申し訳ありませんでした、キリエ」
こほん、と咳払いして自分に落ち着くようにと言い聞かせると、不思議と気持ちが凪いだような気がします。
さすがだわ、私。これ位出来なければキリエの侍女は務まりませんもの!
すると、入り口の方で歓声が上がりました。
「姫様だわ!」
「なんという輝き!」
興奮したような声が聞こえ、否が応でも私も気持ちも高ぶります。
(ダメよ、ニコラ。落ち着くのよ。落ち着かなければ……落ち着…)
「キャアァ!きっ!キリエ、姫様ですわ!」
「ニコラ…」
キリエは諦めたように小さく首を振ると、私が指差した先を見つめました。
「なんという神々しさでしょう!あの輝く黄金の豊かな髪!装飾品が沢山ついて、まるでこの広間の参列者を照らし出しているようですわ!まあ!なんて神秘的な紫の瞳なのでしょう!まぁ!こちらに手を振ってくださってます!キリエ!素敵ですわ!まぁ!キリエ、あのお臍に輝く石をご覧ください!」
「…違う」
隣で同じように賞賛の声が聞こえると思っておりましたのに、聞こえてきたのは意外なほどに冷めたキリエのお声でした。
それを聞き、私の気持ちもあっという間にしぼんでしまいました。
「え?何とおっしゃいましたの?」
「あれは…姫ではない」
キリエは周囲に聞こえないよう、私だけに聞こえる小さな声でそう告げました。
ですが、その言葉は私には大変衝撃的で、頭の中で大きく響きました。
「ですが…しっかりとクラムルード殿下にエスコートされておりますけれど…。ほ、本物ではければこの式典は成り立たないのではないでしょうか…」
なぜか私、泣きそうになりました。やっと世界に光が戻ったといいますのに、本物ではないとは…これは一体どういう事なのでしょう?
「キリエ…」
キリエは私の声など聞こえないかのように、鋭い視線で広間を見回しておりました。
参列者をざっと見渡した後、その視線を上に向けるとキリエの視線が止まりました。
「…居た」
「えっ?本物の姫様ですの?あの、私には誰もいないバルコニー席しか見えないのですが…」
確かにそこは2階部分に席が設けられているバルコニーがあるのですが、ヤンテの姫様を見下ろすなど言語道断。今回の式典は王族であっても台座下に列席しております。
誰もいるはずの無いバルコニー席は、どう目を凝らしてもやはり空席にしか見えませんでした。
「強い結界が張られている。その中に姫が…なぜあのような事に…」
結界!それでは私には見えるはずもございません。その結界を見破ってしまわれるなど、さすがキリエでございます!
ですが、本物の姫様の所在がわかりましたのに、キリエの表情は晴れません。
どうやら、キリエの目に映る本物の姫様の処遇に納得がいかないようです。
後から聞きましたところ、とてもみすぼらしい衣とマントを着ており、偽者の姫の飾り様とは雲泥の差。おまけにキリエの視線に気付いた供の者が姫様を抱えるように移動し、陰で拠代として利用し、壇上に居た偽者の姫はその間ずっと聞こえる声に合わせて演技をしていたと言うのです。
そう言われますと、ヤンテの声が広間に響き渡った時、偽姫様は少し驚いていたように表情が固まっておりましたわ!
「キリエは舞台裏の出来事もお見通しだったのですね!すごいですわ!」
式典ではあの後、塞ぎこむように無口になってしまわれたキリエでしたが、夜会を終え宮殿のあてがわれた部屋に戻りますと、居てもたってもいられずに私はそう切り出しました。
「見えるはず無いではないか。あの姫が偽者で神託の儀式直前に本物の姫が舞台裏の方へ連れられて行ったのを分かっていれば、おのずと答えは導かれるもの……さて、これからどうするか…」
さすが!素敵ですわ!キリエは推理力もおありなのですね!本当は声に出してしまいたいところでしたが、キリエの思考の邪魔になってはいけません。私、ぐっと我慢致しました!
「…早く姫を連れ出さなければ……」
「え?今何とおっしゃったのですか?」
「姫があのような待遇なのは許すことが出来ない。我々が連れ出し保護しなければ…」
「でも…どのようにするのです?」
「時が経ち情報が少し揃えば、好機に恵まれよう」
キリエはそう言うと、以降その話題には触れませんでした。
決行日は、突然やってまいりました。
キリエは、どこからか本物の姫が今日宮殿を出てどこかに移動するという情報を入手されたのです。
ちょうど、その日は海が凪ぐ日でもあり、イルー人も多くが出立する日でもありました。ホールにはスイルにガルディス、イルー人が入り乱れて大変な混みようでした。
私とキリエも旅支度を整えるとその集団に紛れ込み、姫がやって来るのを待ちました。
その時です。
ラウリナの第一王子のイディ殿下がものすごい勢いでホールを突っ切ろうとしており、それに少し遅れて大きめのマントに身を包んだ小柄な少女がまろぶようにして後を追って来ました。
人ごみを上手に抜けながらも速度が落ちないイディ殿下とは違い、少女は手にしたイニスやマントの裾が人々や他の者の荷物に当たったり倒したりしてしまい、あちこちに謝ったり頭を下げたり忙しくしながら必死に歩いておりました。
もしやこの少女が……
私はキリエに教えていただくばかりで実際の姫様のお姿は存じ上げませんでしたので、自信がありませんでした。
ですので、キリエに確認しようと横を向いたのですが、声をかけるのを躊躇ってしまいました……。キリエは、それはそれは悲しそうな顔をなさっていたのです。
「姫が…あのような扱いを……」
「やはりあの方がそうですの?いくら付き添いが第一王子とはいえ、姫様自身に荷物を持たせ、歩く速度も合わせないなんて!あの扱いは酷いですわ!早く私達で保護しなければ!」
姫は客間が並ぶ廊下に向かいましたが、少しするとたったおひとりでホールに戻って参りました。
フードから覗く小さなお顔は悲しげに歪み、私達の近くの壁際まで来ると力なく座り込んでしまわれました。
程なくしてイディ殿下も現れましたが、そんな姫のご様子に近づくのを躊躇っているようです。
……好機は、今しか無いかもしれません……。
キリエを振り返ると、キリエは強く頷きました。
私は姫様の背中に手をあて問いかけました。
「おおおおおお嬢さん?どっどこか具合でも悪いのかしらっ?」
背後でキリエが脱力しておりましたが、それどころではございませんでしたの。もう私、必死でした。
「え?」
ぴくりと身を震わせ、姫様が私を振り返りました。
もう!!びっくり致しました。黒くキラキラと輝く瞳が、まっすぐに私に向けられたのですから!
でも、不思議と怖くは無かったのです。それどころか、とても美しいと思いました。
「具合が悪いのでしたら、私達の部屋で休みませんこと?」
今度は心からすんなりとその言葉が出てきたのです。
ですが、お返事を聞く事はできませんでした。
少し距離を置いて見守っていたイディ殿下がすぐさま駆け寄り、姫様の腕を掴み上げたのでございます。
そしてなにやら姫様の耳元に呟くと、そのまま姫様を引っ張って行ってしまわれました。
姫様は私にちょこんと頭を下げますと、慌ててイニスを引っ掴み引っ張られるがままに走り出しました。
その勢いでまたもやあちこちにぶつかり、あちこちのイニスが倒され、私達のイニスも中身が散乱してしまいました。見るとそのような被害を被った人達は他にも何人かいらっしゃるようです。その元凶となったおふたりは姫様の「ごめんなさいぃー!」という声を残し、あっという間にホールから消えてしまわれ……は!いけない!絶好の機会を失ってしまったではありませんか!
「もっ、申し訳ありません!キリエ!せっかくの機会でしたのに…」
ですが、がっくりとうなだれる私をよそに、キリエは落ち着いた様子で散乱した荷物を集めておりました。
「は!キリエ!いけません。私が拾います!……キリエ?何を笑っておいでなのです?」
「ニコラ、そのように落ち込まずとも良い。姫はご自分から我々の元に来る。必ず」
私には、キリエがなぜそう確信出来たのか、全く理解できませんでした。私、まだまだ修行不足でしょうか?
というわけで、バルコニー席で感じた視線はネストではありませんでした。