40.光の声
すみません。ちょっと短めです。キリの良いところにしようと思ったら、短くなってしまいました(-_-;)
薄紫の薄いストールを纏ったお揃いの衣を着た若い女性達が、ひらり、ひらりと軽やかに踊ります。
彼女たちのステップは足音もなく、ただただ長いストールが空中を舞う、しゅるん。しゅるん。という音がするだけでした。
式典の中盤、各種族の奉納の舞が行われておりました。
スイルの娘の舞は流れるような美しさで、万里子はほぅ。とため息をつきました。
対するマリー姫はと言いますと、欠伸を隠そうともせずにとうとう頬杖をついてしまいました。
先程までのガルディスの逞しい男たちの力強い舞は、身を乗り出すように見ては手拍子をし、時には片手を突き上げ振り回していた程だというのに、です。
(マッチョが好きって、本当だったんだ…)
「…マール様」
万里子は、シアナの声が少し強張っている事に気付きました。
「どうしたんですか?」
「そろそろ、舞台裏に参りましょう」
「え?もうそんな時間なんですか?」
万里子は焦りました。少なくとも、四大国というイルーとラウリナの奉納の舞が残っていると思っていたのです。
「いいえ…ただ、あの…」
先程まで、一緒になってスイルの舞を「綺麗ですわねぇ」とうっとりと呟いていたシアナではありませんでした。
「何かあったんですか?」
その言葉に、すばやく回りに目を配ります。
「視線を、感じるのです。移動した方が良いと思われますわ」
「え!?だってここはジルさんの結界が…」
「ええ…高位の術者であればある程、結界の存在は気付かれるのです。ただ、宮殿敷地内はあちこちに結界や術がかけられておりますので、結界の存在に気付かれたとしても何とでも説明できますので構わないのですけれども……念のため…そろそろ離れましょう」
「私達も、見られたでしょうか?」
「ジル様に匹敵する術者でなければ見破ることは出来ません。大抵の術者は、そこに結界が張られていると気付くだけなので、姿までは見えていないと思うのです。ただ、視線の人物が特定できないので…はっきりお答えできませんわ」
シアナは悔しそうに口を歪めると、自分のローブで万里子を隠すようにしながらバルコニー席の端にすばやく誘導しました。
どうやら、バルコニー席から直接舞台裏へと移動する階段があるようでした。
徐々に薄暗く、視界が悪くなる階段でおぼつかない足取りになりながらも、かなりの段数をおりきった万里子の目の前には、深紅のカーテンがはるか頭上から幾重にも下がり、薄暗い中ではそれが巨大な森に見え、今にも飲み込まれそうに感じました。
「イルー人の奉納の舞が終われば、神託の儀式です。まだ時間はありますが、私も他の神官の元に合流せねばなりません。マール様、しっかりと、お役目を果たしてくださいませね」
「はい。……行ってきます」
深く深呼吸をして、するり。とカーテンの隙間に身を滑り込ませた万里子は、意外なほどに落ち着いておりました。
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「これより、神託の儀式を執り行う」
ジルの落ち着いた静かな声がその時を告げました。それほど大きな声ではありませんでしたが、その一言で広間がしん。と静まり、静寂に包まれました。
万里子は、カーテンの森を進んだ先にあったぽっかりと開いた空間に小さくなって座り込み、分厚いカーテンの向こうの様子を少しでも知ろうと、耳を傾けていました。
すぐ目の前に、マリー姫の座る椅子があるのでしょう。
「…頼んだわよ」
囁くような声が聞こえました。
「ガンバリマス…」
小さな声で返事をした後は、小さく呪文を唱えるジルのかすかな声と、時折杖がたん。たん。とリズミカルに床に打ち付けられる音だけが聞こえてきました。
ひときわ大きく、だん!と杖が床に打ちつけられると、ジルのかすかな声さえも聞こえなくなりました。
ピンと空気が張り詰めた広間では、誰もが息をするのを忘れたかのように、マリー姫の様子を窺っておりました。
が、何も起こりません。
少しずつ、広間がざわついてきて万里子は「やはり私は姫じゃないんだ…」そう諦めのような安堵のような複雑な感情でため息を、ふ。と洩らした時でございます。
万里子はおなかのあたりが熱を持ち、それが段々全身に広がってゆくのを感じました。
「あ…あ!あっつい…!」
思わず声を洩らしますが、その声は徐々に大きくなる参列者のざわめきにかき消されました。
ただ、すぐ傍にいたマリー姫の耳には届いたようでございます。
「何?何なの?なにか、キタ?」
もう、その質問に答えることは出来ませんでした。万里子の意識は、身体の中で何かの力によってぐーっと奥底へと引きずりこまれてしまいました。
「何も起こらないではないか!」
1人の参列者が、とうとう焦れたように声をあげました。
すると……
『うるさいのう。また、戦でも始める気かの?ガルディスの王よ』
万里子でも、ましてやマリー姫の声でもありませんでした。
広間全体を包み込むような、少ししわがれた深みのある声が響いたのです。
立ち上がりかけていたひときわ大柄なガルディスの王、ジャーレは壇上の姫をぽかんとした顔で見つめると、力がぬけたように座り込みました。
今や広間で言葉を発するものは誰もおりませんでした。
誰しもが、壇上の姫を見つめておりました。
壇上のマリー姫が、赤い光に包まれるように輝いていたのです。
その姿を見て祈りを捧げる者、涙を流す者など反応はそれぞれですが、全ての視線はマリー姫に注がれておりました。
実際に白く光を放っていたのはカーテンの中に居た万里子でございましたが、離れた場所に居る人々の目には、カーテンの色を通し赤くなった光をマリー姫が放っているように見えたのです。
マリー姫は真後ろの眩い光に圧倒されて、振り向くこともできずにおりました。
『人間の前に現れることになるとは思わなんだ。じゃが、自分達の力を過信し、神の存在を忘れ古の力をなくしつつある人間に、我の思いが届くはずがあるまい』
参列者は皆一様に椅子から降り、両膝をつきました。貴族も、王も…。
『よく聞け。人間よ、我の子よ。力を失いつつあるお前達には、もう我の声を直接聞く事は出来ぬ。声を届けるには、依代が必要になったのじゃ。だが、信仰の心が無ければ我も消えるのみ。そうなれば、この世界は闇に包まれ、大地の草木は枯れ、湖は干上がり、広大な海は永久に凍るであろう』
「それは…またこれまでの闇の時代に戻るのでございますか!?」
誰かが、悲痛な叫びをあげました。
『…17年前、我は消えるだけであった。だが、最後の力を振り絞って1人の赤子に力を分けたのだ。その赤子に分け与えた力が回復するまでには17年というのは必要な時間だった。だが、まだ充分ではない。この娘を依代と出来る時間はそう長くない。この場で、全てを語ることは出来ぬ。神を忘れ自らの力に酔い、戦を起こした人間を、我はまだ信じることは出来ぬ。』
「では…どうすれば!!!」
『ガルディスの王よ。国一番の岩山の頂上に、神殿を造るのだ。スイルは一番大きな湖の中洲に。イルーは我の光が届かぬ闇の森の奥深くに。そしてラウリナはここヤンテ神殿で。四大国全てで、季節が変わった最初の日に祈りを捧げよ。さすれば、我の力は今まで通り大地にも与えられるであろう。良いな?』
「お待ちください!まだお聞きしたいことがございます!」
光が徐々に薄れていくのに気付いたクラムルードが叫びました。
『なんじゃ』
万里子は、ゆらゆらと意識の湖の中で漂っておりました。
まぶしい光が、ずっとずっと上のほうに見えます。人々の話し声がかすかな振動となって身体に響きますが、何を話しているのか分かりませんでした。
ゆらり
ゆらり。
(綺麗な光…)
ずっと上で輝く光を見つめていると、急に身体を引っ張り上げられました。
気がついたら、丸く縮こまった体勢で、カーテンの隙間にちんまりと座っておりました。
まだぼんやりする頭を振ろうとした万里子は、突然肩に強く手を置かれ、その感触に一気に覚醒しました。
(儀式が終わって誰か迎えに来てくれたのかな)
そう思い振り返った万里子の目の前に、見た事のないピンク色の瞳がありました。
「きゃっ!」
驚き、後ずさった万里子を目の前の少年はすぐに腕を掴み、逃げられないように拘束しました。
(どうしよう!見つかった!)
「君、誰?こんな所でなにをしているの?」
鋭く畳み掛けられた質問に、万里子は恐怖からぎゅっと目を瞑りました。
きっと予想通り…衝突してきた光の柱の正体です。