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39.複雑で単純なもの

説明くさくなりました(-_-;)

「ジル様、マール様、そろそろ……あ、あら?」


軽いノックの後、少しドアを開け中の様子を窺ったシアナは、室内の予想外の様子に少し入室を躊躇しました。


微動だにしないあるじの後姿と、そのすぐ傍をいかにも困った風にチョロチョロと動き回る万里子の姿があったのでございます。


「マール様…一体何が?」


「それが…分からないんですぅ~」


助けを求めるように、振り返った万里子を見て、シアナはどうしたものかと頬に手を当てました。


「シアナさん、ジルさんを迎えに来たんですよね?式典、始まるんですよね?」


「ええ…ですが、私が迎えに来たのはマール様もですよ?」


「え!?部屋から出ていいんですか?」


「はい。お倒れになったという事で、ギリギリまで休養して頂くおつもりだったようです。その…マリー姫のお手伝いをされるのでしょう?マール様がそのおつもりなら、ジル様は協力は惜しまないと…」


「私、色々失敗するし倒れるしで、式典が終わるまで謹慎なのかと思ってました!」


「ジル様も、心配なさっているようですよ。ですが、マール様が本当に望む事ならば反対は致しません。ですから、ここに私を呼んだのです。」


「……やっぱり、パパみたいです。これ以上ないって位、守ってくれようとするんです。なんでそんなに…」


「マール様…その、パパとは何ですの?」


「父親の事です。私がいた世界では、父親の事をパパ。母親の事をママと言ってました」


「それ……もしかして、ジル様に…」


「言いましたよ?家族のように思って欲しいと言われて、パパみたいだって。あ!でも、ジルさんの方が若くて綺麗で!性格の話だったんですが…やっぱり気を悪くしたでしょうか?」


話しながらしゅん。と項垂れる万里子を見て、シアナは大きく頷きました。


「それですわ。マール様。いえ、老けて例えられたとか、そういうのではありませんの…つまり、家族のように思って欲しいけれど、家族のように感じて欲しくないのです」


「???どう、違うんでしょうか…」


「微妙なようで、大きく違うのですわ。複雑な男心というものです」


「複雑なオトコゴコロ……」


なんとなく繰り返しはしてみたものの、万里子にはさっぱり理解できませんでした。


「ですがこのままでは埒が明きませんわね。ではマール様にとって、ルヴェル様やイディ様はどのような存在ですか?」


「ルヴェルさんですか?えーと…ママ…かな…性別は違うけど、とにかくやってみろって私を引っ張る母だったから、ママのような存在です。イディさんは兄みたいですし…」


「では、何度かお会いになったという殿下は?」


「うちの家族に、あんな偉そうで失礼なのいませんよーー!」


今までのクラムルードの言動を思い出し、心底嫌そうに手を降る万里子を見て、シアナは満足気に頷きました。


「…だそうですよ?ジル様」


「え?」


突然話をジルに振られ、驚いて振り返ると先程まで固まっていたのが嘘のように優雅な微笑みを湛え、瞳は生き返ったかのように活き活きしておりました。


「あれ?ジルさん、もう平気なんですか?」


「勿論ですよ?さぁ、マール、参りましょう。マントを忘れないでくださいね。そろそろ参列者も入場します。」


「は、はぁ……」


先程からのジルの豹変ぶりに戸惑う万里子が、思わずシアナに目で問いかけますと、「男心は複雑でもあり、単純でもあるのですよ」と小さな声で返されました。その時の意味深な笑みを湛えたシアナの瞳と更に難解になった言葉に、万里子は益々戸惑ったのでした。


むーー。と難しい顔をして考え込んでいた万里子に、すっかり立ち直ったジルが手を差し伸べました。


「さあ、マール。こちらへ」


室外に出たマールは、天窓から降り注ぐ明るいヤンテの光と、階下のざわめき、そして人々の熱気に驚きました。

もうかなりの人数が、広間に入場しているようでした。


「ここからはシアナに任せます。彼女が裏手に連れて行ってくれますから、どうか、無事やり過ごしてください」


両手を取られ、真剣な眼差しを向けられた万里子は、大きく深呼吸するとしっかりジルを見つめ返し、「はい」とよどみなく応えました。

ジルは安心したのか、一度大きく頷くと、部屋を出てすぐの階段をおりて行きました。


「マール様、ではこちらへ…。あぁ…フードはもう少し深く被ってくださいませ」


フードを押し下げ一気に視界が狭くなったマールの手を引き、シアナはそのまま2階の端まで移動するとすばやく周囲を確認し、小さく呪文を唱えました。

すると、少し身を屈めないと入れないような小さな扉が姿を目の前に現れました。

シアナは驚いている万里子をすばやく扉の中に押し込めると、自分自身も後から続きました。

2人が扉を通り抜けると、扉が締まりきる前にその姿ごと消えてしまい、後には白い壁が残りました。

一気に人々のざわめきが大きくなります。

今、シアナと万里子は2階からヤンテの間を見下ろしておりました。

吹き抜けになったヤンテの間には、大きな観音開きの扉が1階中央に1つあるだけで、今はその扉も大きく開け放たれ、そこには次々に色鮮やかな衣を纏った老若男女が並んで入場しているところでした。

万里子たち2人がいる2階席は、広間を囲むような造りのバルコニー席になっておりましたが、他に人はおりません。それどことか、扉さえもありませんでした。


「扉はあの大きな扉のみなのです。2階席へは、先程のように呪文が必要で、神官の案内無しでは入れないようになっております。それに、今日は姫のお披露目式典。姫を見下ろすのは失礼に当たりますので、今日の式典では2階席は使用致しません」


「え、じゃあ、私達がここに居るの、マズいんじゃ…」


「大丈夫ですわ。あちらからは見えないようこの場所にはジル様が予め術をかけてあります。それに階下の姫は本物ではないのですから見下ろしたところで、問題ございませんわ」


「そ、そうですか…」


シアナの言葉に、少し居心地悪そうにバルコニー席に座り直した万里子は、もう一度階下を見下ろし、ルヴェルやイディが参列者席に既に着席しているのを確認しました。

参列者席から少し距離を開けて、階段で5段分高くなった場所に玉座を思わせる立派な装飾の大きな椅子があり、ジルはその上手側の階段下に控えておりました。


「あれは式典の間、マリー姫が座るお席です。そのすぐ後ろに、分厚いカーテンが幾重にも吊るされております。姫の椅子のその真後ろに、人一人が入れる程の空間がございます。神託の時、マール様にはそこで待機して頂きたいのです」


シアナが指差した先には、たっぷりとしたドレープの深紅のカーテンが椅子の後ろの壁一面にかけられておりました。


「どのような事が起こるか分かりませんので、ご一緒したいところなんですけれど…」


上手に人が隠れる空間が作られているとはいえ、さすがに2人で潜んでいては不自然に見えるかもしれません。

それに、高位の神官として神殿に来ているシアナが式典の間姿を見せない事を訝しく思う者もいるかもしれません。


「大丈夫です。きっと、何も起こりません。ただそこに座っているだけで済むと思います」


動きやすい普段着を着ていて良かったぁ。ルヴェルさんに作ってもらったあの衣が無駄になった事は残念ですけどね。そう言葉を続けてシアナに安心させるように笑顔を見せた万里子でしたが、シアナはその笑顔を見ても心配が増すばかりでした。


「最後の神託まではここで見学しててもいいんですか?」


万里子の視線は、既に階下にありました。次々と入場し、席を埋めて行く人々を物珍しそうに眺めています。


「あ!今入って来た人達はどこの人達ですか?」


開け放たれた扉から入って来た一団は、それぞれ濃淡はあるものの、全員茶色の髪と瞳を持ち男性も女性も浅黒い肌をしており、アイボリーの衣に金の装飾を付けておりました。


「あれはサイナとハナク、両方の領地に接する隣国のガルディスという国の民族ですわ。ガルディスは土を操る民族が暮らしております。険しい岩山が多く、建築が盛んな国ですわ。ジル様のお屋敷も、宮殿もガルディスの一流技術師が手がけたものです」


説明を聞いて、万里子はなるほど。と納得しました。

それだけ、視線の先に居る彼らは一様に大柄で逞しく、万里子が知る中でも一番背の高いイディさえも見上げる程ではないかと思えました。


「わぁ!すごく綺麗な人達!あれ?顔の横に皆さん何か付いてますけど…」


ガルディス人に続いて入って来たのは、対照的な色合いの民族でした。

透き通るような白い肌に、髪も目も淡い紫色をしています。衣も薄紫色をしており、姿は華奢で、細く長い手足を持て余すように歩いています。

装飾品もなくとてもシンプルに見えるその一団でしたが、全員顔の横に紫のガラスのようなものを付けておりました。


「ガルディスとサイナに接するスイルという国の民族です。スイルは、平坦な地に湖が点在する国で、彼らは水を操ります。両のこめかみにあるあれは、付けているのではありません。身体の一部で、水眼すいがんと言うのですわ。水眼があるのがスイルである証拠。術を使わずとも水中で息が出来ますし、どんなに濁っていても目が見えるのです」


「それは便利ですねぇ!もっと沢山の国があるんですか?」


「いいえ。大きな国は、あとはイルー位ですわ。あとはそれぞれの民族が混じった少数部族が居る小国が散らばっております。国とは言いますが、全てラウリナかガルディス、スイル、イルーの四大国いずれかの国の支配下にありますのよ」


「そうなんですか。あ!じゃあ、次の人達がイルー人ですか?」


階下には銀色の衣に銀の装飾品を付けた一団が入って来たところでした。

光の加減で美しくキラキラと反射する銀の生地でしたが、一見すると灰色のようでもあり露出も少ないそのデザインは、殆どの参列者の髪と瞳も灰色であった事もあり、少し地味な印象がありました。


「あ!黒髪の人がいます!なんだか嬉しい!…でもフードを被ってる人もいるしここからだとよく見えませんが、やっぱり黒い瞳の人はいないようですね…イルーは学問や研究が盛んなんですよね?」


「ええ。資源に乏しい地なのですが、学問や研究に力を入れております。ヤンテの高名な研究家一族もおりますから、本日も参列なさってる事でしょう。ラウリナなど他国からも、イルーには研究に渡る人がおりますのよ。決して交流が無いわけではないのです」


「え?そうなんですか?でもイルーは遠いのもあって、あまり知られていないと聞きましたが…」


「ええ。こちらから行くのは行くんですが、その者達が帰って来ないので、イルーに関する情報は特に少ないのですよ」


「え!何か危険があるんですか?」


「いいえ。多分…無いとは思うのです。ただこちらから行った者も研究に没頭してしまって、あちらに居ついてしまうのですわ。それに場所によっては、ヤンテの光が全く届かない場所もあるようでそのような場所にはこちらの大陸の者は寄り付きません。ヤンテが消えてしまってからは、海が凍りつき行き来も途絶えてしまいました。」


大柄で筋肉隆々のガルディス人に、華奢で手足が長い水眼を持つスイル人…それぞれの特徴がよく出た風貌をしておりましたが、イルー人もまた、他の民族とは違う特徴がありました。


(なんか…親近感湧くっていうか…)


万里子は自らの鼻をつまんでみました。

そう、イルー人は他の民族に較べて凹凸の少ないとても平坦な顔をしていたのです。


(この平坦さでイルー人になりきるように言われたんなら、ちょっと凹むけど…)


そんなことを考えているうちに、参列者は全て席に着き会場のざわめきは最高潮に達しました。


「姫だ!」

「あの方が…!!」

「光を取り戻してくださったのだ!!」

「なんと神々しいお姿なのでしょう…!」


広く取られた通路を、老神官のサクの後に黄色の衣を来た不機嫌な表情まるだしのクラムルードに伴われてやって来たのは本日の主役、マリー姫でした。


マリー姫は全身を光沢のある黄色の衣と様々な大きさの金の装飾で着飾り、この度ラウリナで流行させたというウエストシースルーでしっかりくびれと臍ピアスを強調しておりました。軽く腰を揺らし、顎をツンと上げて歩くその姿を見て、人々は感嘆の声をあげました。

マリー姫はその歓声に驚くどころか当然とばかりに左右を見渡し、軽く手を振りました。


(す、すごい…何これ、レッドカーペット!?)


万里子がそんな風に少しずれたツッコミを入れる中マリー姫は手を振り続け、そんなマリー姫の様子をクラムルードは呆れたように見ておりました。

大げさなほど立派な椅子にたどり着き、マリー姫がふんぞり返るように座り足を組むと、クラムルードは階段をおり、参列席の最前列中央の空席に腰掛けました。


(すごいなぁ。こんな空気の中で全員に見られて平然と座ってられるなんて)


万里子は彼女の動じない様子に感心しながら見守っておりました。

この世界を救った姫が目の前に現れたのです。参列者も話す事も止め、食い入るようにマリー姫を見つめていました。


ですが、万里子の思うように全員ではありませんでした。

一対の目が、バルコニー席に向けられておりました。もっとも、結界に守られている事に安心していて、万里子はおろかシアナでさえもその視線には気付きませんでした。


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