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36.身体の変化

王都に入る関所が近づくと、ペガロはゆっくりと速度を落としました。

招待状を用意するようにとグリューネに言われた万里子は、イニスを開けて衣と衣の間に

腕を突っ込み、身を乗り出して探り始めましたがなかなか見つかりません。


(おかしいな…確か、この衣の下に入れたのに…)


自分自身もイニスに吸い込まれそうな程に一生懸命探していた万里子は、いつの間にか

ペガロが停車した事にも気がついておりませんでした。

窓からは、招待状を催促するように関所の役人が中を窺っておりました。

なかなか万里子が招待状を出さず、苛立ち始めた役人が声をかけようとしたその時……。

やっと招待状を探し出した万里子がパッと顔を上げました。

思いもよらず、万里子の黒い瞳としっかり目を合わせた役人は、ヒュッと鋭く

息を吸うと、慌てて万里子から目を逸らしました。

その様子に、万里子は戸惑いと、そして少しの胸の痛みを覚えました。

王都に来る前に、黒の意味を教えられ、わかっているつもりでしたが、このように

あからさまな嫌悪の感情を向けられるは、やはり気持ちのいいものではありません。

自然と、万里子の視線は俯きがちになりました。


「あの…しょ、招待状…です」


役人に向かって、封筒を出すものの、目の前の役人はやはり万里子の方を向こうとはしません。


「娘、お前を入れるわけにはいかない!王は体調を崩しておられる。死期の近い

お前を、招待状があるからとはいえ、宮殿に案内する事などできぬ!なぜ来た!」


突然怒鳴られ、万里子は思わず招待状を引っ込めました。


「これ、ジェプス。この娘は、私の助手をしております。この瞳の色は生まれつき。

イルー人に、稀に居るのですよ。死期が近いなどと、そのような事申すでない!」


「…これは、グリューネ様……し、失礼いたしました…。では…この娘…いえ、

こちらの方も、グリューネ様とご一緒に宮殿へ?」


改めて2人の招待状を受け取ったジェプスと呼ばれた役人は、それでも万里子を

見ようとはしませんでした。


「いえ。それがねぇ…助手として来てはいるのですが、この子はマリー姫から個人的に

招待状と滞在許可証が届いているのよ。何か聞いているのではなくて?」


チラリと万里子に視線を向けたものの、万里子が自分を見ていると感じたジェプスは、

すぐにまた視線を招待状に落としました。


(ふぅ…前途多難かも…)


なんだか悪い事をしているような気がして、万里子はジェプスを観察するのを止めました。


「えぇ…マリー姫の名が入った招待状が1通だけあると…。すぐに宮殿に知らせを送ります。到着する頃には、出迎えの者が居るでしょう」


「分かったわ。ご苦労様」


ペガロが再び動き出し、あっという間に関所から遠ざかりました。


「マール?突然、大人しくなったのね」


「ちょっと…びっくりして。なんていうか…化け物でも見たような視線でした。

色の意味は聞いてたんですけど、今まで皆とても自然に接してくれていたから…

実感が無かったんです。どこか他人事で、自分自身の事だって実感が…ありませんでした」


「そうねぇ…ジェプスは特に、関所の役人だから、余計に神経質になっているのね。

闇の時期に王が体調を崩されてね…ヤンテが消えて闇が訪れるなど、初めての事だったから

王はとても責任を感じて…病に臥せってしまったのよ…。王都の関所の門が堅く

閉ざされてしまったのも、それが原因のひとつね…。王を守る為、様々なモノの

侵入を防ぐ為に、一番手っ取り早い方法だったのよ。病は…伝染しますからね。

だから瞳の色にあんなに過剰に反応したのね」


グリューネが優しい笑顔のまま、万里子の顔を覗き込みました。


「宮殿に行くのが、怖くなった?止めましょうか?理由をつけて、戻っても良いのよ?」


グリューネの言葉にふと視線を上げると、思いのほか近い距離にグリューネの優しい緑色の瞳がありました。

万里子に対して『あなたは忌むべき存在ではないのよ』と、そう語っているかのような

優しい瞳でした。


「私、行きます。大丈夫です。それに…この目のおかげで、変に話し掛けられたり

しないで、私も余計な事言わなくて済みそうです」


「ふふ。良かった。それでこそ、いつものマールだわ」


万里子はグリューネを心配させまいと言った言葉でしたが、それはあながち冗談では済まされないものでした。


しばらくして、一目で宮殿の入り口だと分かる豪奢な門が見えました。ペガロが近づくと、

それはするりと開き何事も無く、万里子達は宮殿の敷地内に迎え入れられたのでした。

ジェプスの言った出迎えの者達は、建物正面に位置する巨大な扉の前で待ち構えておりました。

万里子達と同じように、式典に出席するべく到着した人々も多数おり、それぞれに

出迎えの人間が数人つきましたが、万里子達の乗ったペガロが到着すると、数十人の出迎えが

ペガロを取り囲みました。

到着の知らせと共に、万里子の容姿に関しても知らせが入っていたのでしょう。

出迎えの者は一様に、万里子とは目を合わせず、言葉を交わす事も極力控えているようでしたが、

時折ちらりちらりと盗み見るような視線を感じました。

その時折向けられる好奇心に満ちた視線から避けるように、万里子は目の前に聳え立つ

大きな大きな宮殿を見渡しました。

ふとその時、不思議な光景が目に入りました。

宮殿の後方に、光の柱が見えたのです。それは空へとまっすぐ伸びておりました。


「グリューネさん、あれ何ですか?」


グリューネに問いかけるも、男性の召使にペガロから式典衣装の入った特大のイニスを

持ち出すように忙しく指示を出していたグリューネに、その問いかけは届いていないようでした。


(まぁいいや…。後で聞いてみよう)


後に残ったのは、年配の女官が2人……。案内されるグリューネの後について行こうとした

万里子を、1人の女官が呼び止めました。


「あなたはこちらへ…姫がお待ちです」


その言葉に、グリューネも振り向きました。


「到着早々なの?彼女はわたくしの助手でもあるのよ。少し手伝ってもらいたいのだけれど、

式典までまだ少し日があるし、それまでは仕事をさせてはダメかしら?」


「グリューネ様のお手伝いは、宮殿の衣装部のお針子がお手伝い致します。今は何よりも、姫のお言いつけが優先されます」


そのきっぱりとした口調に、グリューネも諦めたようで万里子に近づくと両手で

万里子の手を包み、ぎゅっと力を込めました。


「大丈夫よ。ただ、寝泊りするだけ。なのでしょう?」


「はい!大丈夫ですよ。お手伝いできなくって、申し訳ないくらいです」


明るく答えた万里子に、更に何か言いたげに口を開いたグリューネでしたが、万里子の後ろに

控えていた女官が催促するようにこほん。とひとつ咳をすると、もう一度ぎゅっと

万里子の手を握ると、そっと離しました。


「よろしいですか?こちらです。お荷物は…」


「あ。コレだけですから、自分で持ちます」


すると、女官はすぐに踵を返し、ずんずん歩き出しました。中央入り口の広い吹き抜けホールの

奥へと進むと、同じような作りの廊下がいくつにも枝分かれしており、女官はそのひとつへと

歩を進めていきます。


(うわぁ。迷いそう…これじゃグリューネさんの部屋は探し出せそうもないなぁ)


廊下の窓からは、またあの光の柱が見えました。

宮殿の光だと思ったそれは、宮殿とは別の建物から出ている光でした。丸い屋根から

昇る光の柱……ジルから聞いた神殿の話を思い出しました。


(あれがヤンテ神殿…じゃあ、あの光は建物内の光じゃなくって、ヤンテの光が

注がれているんだ…)


万里子は、その光の柱に魅入られてしまったかのように、窓辺へと近づきました。

なんだか身体の芯が暖かく熱を帯びたような不思議な感覚を覚え、窓に手を伸ばしかけた時…


「何をしているのです!姫のお部屋に着きましたよ!」


女官の咎めるような声でハッと我に返り、万里子は熱く感じたおなか部分を撫で、

慌てて女官の居る場所まで急ぎました。




-------------------------------------------------------



「ちょっと。思ったより元気そうじゃん。相変わらずの地味子だけど」


入室していきなりそんな失礼な言葉をかけてきたマリー姫こと、もう1人のサトウマリコは

初めて会った時よりもインパクトのある出で立ちで万里子を迎えました。

黄色いビキニのトップスのようなものに、同色のシースルー素材の深いスリットの

入ったスカートを穿き、くびれが強調された小麦色の締まったウエストには

赤いへそピアスが光っておりました。


「夜までは、もう誰も入ってこないで」


マリーがマールを連れてきた女官にそう言葉をかけると、年配の女官は無表情で

「かしこまりました」と礼をし、部屋を出て行きました。


「元気だったぁ~?とか聞くほどの仲でもないしねぇ。あの拾ってくれた美人の

家でメイドでもしてんの?」


「いえ…今はサイナの長老の家でお針子してて…」


「サイナ?長老?オハリコ?何それ」


「何って…この世界の事、聞いてないの?」


「なんかやたらじーさんにまとわりつかれたけど、鬱陶しくてさ。ホラ、あたしじーさんの

相手とか無理じゃん?適当にあしらって後は好きにしてる。ホラ、みんな姫だって

チヤホヤしてくれるしさ」


「はぁ…」


「でもさ、あたしが本物の姫じゃないってのは、さすがに自分でも分かってんのよね」


「え!?そうなの?」


「何も出来ないもん。神殿に連れて行かれても何も感じないし、なんかさ、いちいち

人が訪ねてきて握手とか、シンタク?とか求められても、何も感じないし。

具合悪いとか言って、最近はそーゆーのも断ってんの」


(シンタク?しんたく…新宅?いやいや。あ!ご神託の事?)


「そ、そんなの…あたしにだって出来ないよ…」


「ふん?そーなの?でもまぁ、さすがにこの式典はね、避けられないっぽいし。残ったのがあたしとアンタだしさ。2人揃ったらどっちかは本物なわけだし、

なんとかこなせるでしょ」


「はぁ…えっと、神殿に気を溜めるんだよね?」


「は?」


「式典会場のヤンテ神殿に、予めヤンテのパワーを溜めなきゃいけないから、式典が

終わるまで神殿に寝泊りするんでしょ?」


「寝泊り?あそこに?ナニあんた。あたしがそれだけの為だけに呼んだと思ってんの?」


「…ち、違うの?」


「なワケないじゃん。式典で、そのシンタクとやらをやんなきゃいけないのよ」


「はぁ」


「でもさ。出来るわけねーじゃん。だからさ、あたしの後ろに隠れて喋ってくれない?」


「え!?む、無理!!!」


「なんでよ。じゃあ、全面的にアンタが出る?」


「もっと無理!!」


激しく拒絶すると、マリコはグロスでテカテカの唇の端をにやっと上げました。


「アンタ…人前に出たり目立つの苦手なタイプでしょ」


うんうん。と頷く万里子にマリコは更ににやりとした笑みを見せました。


「いい取引だと思うけど?あたしは反対に目立ちたいの。苦労して生活するなんて御免。

姫って『勘違い』されるだけで、今贅沢三昧なワケよ。あたしが居るから、アンタ

地味で平凡に過ごしていられるのよ。これからもあたしが成り代わってあげる。あんたは

時々隠れて『声』がけ貸してくれりゃあ良いんだからさ」


見方によってはひどい言われようですが、確かにお互いの望みは正反対でしたから

良い取引に思えました。ただ問題は……


「もし、あたしも何も感じず、何も聞こえなかったら?」


「アンタが聞こえなかったらあたしが聞こえるはずでしょ。そん時は後ろに隠れるのが

今回だけで済むって言よ」


「そっか…。じゃあ、あたしはどちらにしても影でいていいの?」


「そーゆーコト」


「わ。分かった。やってみる!」


「じゃ。取引成立って事で。部屋案内させるから、もう出てってくんない?」


話は終わりとばかりに、さっさとマリコは背を向けると、大きなバッグの中から

ポーチを取り出し、

その中からガチャガチャとメイク道具を出していそいそとメイクを直し始めました。


「随分大きなバッグ持ってたんだね」


「え?あぁ。彼氏とケンカして荷物まとめて家飛び出したとこだったからね。服が入ったキャリーバッグはなくしちゃったけど、コレは持ってたから助かったんだけどさぁ~。

でなきゃこっち着て2ヶ月以上ももたないっつーの」


2ヶ月!!それを聞いて万里子は驚きました。

元の世界と時間の流れが違うのか、持っていた腕時計が壊れてしまった万里子には、

一体どれ位の時が経ったのか分からずに過ごしておりました。


「ねぇ、なんで2ヶ月も経ったなんて分かるの?ケータイ?時計?」


「それはどっちも壊れてたけど、アレがさぁ…」


「アレ?」


「アレはアレよ。生理。家出荷物だったからナプキンもタンポンも、コンタクトだってあったけどさ。

さすがにもう残り少ないんだよね…あんたは大丈夫だったわけ?」


「う、うん…なんとか…」


本当は、生理なんてきていませんでした。だから余計に時間の流れに鈍感になっていたのかも

しれません。

先程とは別の意味でおなかに手を当てた万里子は、この部屋に入ってき時から感じていた

疑問を口にしました。


「あのう…」


「ナニよ?」


「赤が嫌いって聞いたんだけど…」


「アタシ?嫌いっていうか、似合わないから好きじゃないわね。なんで?」


「へそピアスはなんで赤い石なの?」


「赤は好きじゃないんだけど、誕生石だからね…彼氏がくれたのよ。1月生まれだから」


「そうなんだ」


「ねぇ、もういいかな?案内呼ぶよ」


「あ。いいよ!部屋って隣?なら1人で行けるから…」


「違う違う。先に神殿に入っちゃってて」


「え?あなたは…?」


「明日かな~?今日は人を呼んでるから。お気に入りの子。めっちゃマッチョなんだ!

その子、神殿には入れないみたいなんだよね~。だから先行ってて!しーっかりヤンテだった?パワーを込めといてちょーだい!」


追い立てられるように部屋を出た万里子を、先程の年配の女官が迎えに来ました。

迷路のような宮殿内を歩き、外に連れ出された万里子は、未だ光の柱が夜空に浮かびあがる神殿へと導かれました。

神殿の入り口へとたどり着くと、女官は1人で中に入るよう告げてさっさと宮殿に戻ってしまいました。

神殿は、光の柱が立っている以外にも、式典の準備に追われているのでしょうか…

様々な位置の窓から明かりが漏れておりました。

そっと扉を開け、「失礼します。あのぅ…」と声をかけますと、意外な人物が万里子を出迎えました。


「シアナさん!」


現れたのは、ジルの屋敷で万里子の世話をしてくれていたシアナでした。


「お久しぶりでございます。式典の間、またお世話させて頂きます」


「一人ぼっちかと思っていました。あの…心強いです」


「ジル様のお考えですわ。わたくしも一応神官の資格がありますし、うってつけだったのです。

さぁ、中へどうぞ。お部屋に案内しますわ。1階は式典にも使うヤンテの間と控えの間が

いくつかあるだけで、滞在施設は2階より上ですの」


「シアナ。少し手伝ってくれぬか」


シアナの声が聞こえたのでしょう。ほんの少し開いたドアの隙間から、シアナを呼ぶ声がしました。

その部屋は、扉の大きさから、控えの間のひとつのようでした。


「あら。サク様だわ…どうしましょう」


「あ。いいですよ。私待ってますから、行ってきてください」


「そうですか?申し訳ありません。少し、お待ちくださいね」


再び1人になった万里子は、この神殿から立っている光の柱を思い出しました。

きっと、その光の柱はヤンテの間に立っているに違いありません。

万里子は周りの扉よりもひときわ大きな観音開きの扉に手をかけました。

なぜだか悪いことをしているような気持ちになり、そっと、そっと、静かに扉を開け、

中を覗きました。

すると、やはり高い天井にある丸い天窓からキラキラと光が降り注ぎ、見事な光の柱を作っておりました。


「キレイ…」


覗くだけのつもりだったのに、その光の柱の圧倒的な美しさに魅了され、万里子は吸い寄せられるように

部屋の中央へと歩き出しました。


その時です。


光の柱が突然直角に折れ、万里子に向かって猛スピードで迫ってきたのです。

突然のことで身動きが取れなかった万里子は、正面からその光を受け止めてしまい、

衝撃の大きさから気を失ってしまいました。

意識の無くなった万里子は、背中から大理石の床に倒れ………る、はずでした。


背中が床に着く直前、万里子は力強い腕によって引き上げられ、その腕の中に倒れこみました。

万里子を助けたその腕の持ち主は、万里子の無事を確認すると、彼女をぎゅうっと抱きしめたのでした。



もの凄く長くなってしまいました(汗)


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