表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/95

27.男たちの思惑

万里子の頭の中は、真っ白でした。


マリコの言わんとする事が分かるような、分からないような、分かりたくないような・・

とにかくとても混乱していたのでございます。


そのため、周りの喧騒は万里子の耳にはまったく聞こえませんでした。


はっと我にかえった時には、周りはなぜか万里子が何色の衣を来て式典に行くのかについて、

ちょっとした論争になっておりました。


ジルは明るい水色が良いと言って聞きませんし、なぜかルヴェルまでもが瑞々しい新緑の緑が良いと

譲りませんでした。

イディに至っては・・・


「マールは黒髪に黒い瞳の持ち主だ。それに色がとても白い。容姿は俺の一族である

ムバクととても似ているから・・・こほん。濃紺が良いと思う!」


と、隣でクラムルードが思いっきり目を見開き、「正気か、兄上!」と目で訴えて

おりますのに、それには気がつく事もなく、論争に参加しておりました。


「濃紺は、マールの色白の肌を妖しげに輝かせる!」


「ふん。妖しくさせてどうする!マールは澄んだ水色がよく似合う」


「おや?水色は似合わない。と別の衣を毎日注文していたのではないか?マールは

好んで緑系を染色している。彼女の好みに合わせないと・・」


「はん!どの色でも一緒だろう!」


いや・・確かに妖しくなるのは嫌だ!!え。ジルさん・・私には青は似合わないって言って・・

えっと、緑系の染色が多いのは注文だからでぇ~~。

自分を挟み繰り広げられる論争に、口を挟む余地はありませんでしたが、それは

万里子にとってはツッコミ甲斐のある会話でありました。

最後の発言に関しては、無視を決め込む事にしましたが・・・。


さて。このままでは、それぞれの色を寄せ集めた衣を着る事になるのではないか・・・

さすがにそれは嫌だと少し心配になった時でございました。


「殿方達・・・お静かに!」


いつもは柔らかく万里子を包み込むグリューネの豊かな声が、この時ばかりは

巨木を揺らすほどに強く響き渡りました。


「失礼。・・・ここは、本人の意思が大切でしょう」


静かになった室内で、全員の視線が万里子に注がれます。


「あの・・いつも赤やオレンジを勧めてくれるのに、それでは駄目なんですか?」


恐る恐る口に出しますと、ぷっと吹き出す者が一人・・・


「橙は王の一族、カナムの色だ!他の者が公式の場で着る事は出来ぬ!それに・・

赤はヤンテの色。それもあって確かに庶民の間ではヤンテの力にあやかろうと

好んで着る者もいるらしいが、わざわざ本物のヤンテの姫の式典に着るなど・・

お前、バカか!」


それはわざわざ見るまでもなく・・クラムルードの言葉でございました。


更にクラムルードは見下すような視線で万里子の全身を眺めると、


「それに、お前に似合うとは思えん。どちらも高貴な色だぞ!」


この時、万里子はミルクをたっぷりと入れたコーヒーのような・・と言えば多少は

良い表現だったかもしれませんが、要するにくすんだ茶色の衣を着ておりました。

デザインも、露出が少なく装飾も無い、それはそれはつましい物でありましたが、

万里子にとっては初めて自分で染めた記念の衣でございました。

勿論、初めての染色は失敗で、本来は淡いピンクになるはずだったのですが・・・

それでも万里子は、グリューネが「処分しましょう」と言ったのを断り、作業用にと

一番地味で動きやすいデザインの衣を作ったのでございます。

ですから、仕事中・・特に泉での染色作業には、いつもは身につけているジルのペンダントも

父からの時計も、身につけてはおりませんでした。

これではみすぼらしく見られても仕方の無い格好ではありましたが、ジルもルヴェルも

イディもいつも通りに接してくれていたので、万里子はあまり気にせずに振舞っておりました。

ですがクラムルードが、この衣を着た万里子をバカにしているのは一目瞭然でした。


改めて自分の格好のみすぼらしさに気付き、万里子は唇をかみ締め、俯きました。


そんな万里子の様子を、クラムルードの暴言で傷ついたのだと思ったジルは

少し荒れた万里子の指先を、改めて握りました。

その仕草はとても優しいものでしたが、ジルの視線はクラムルードに冷たく向けられており、

発せられたその言葉は侮蔑が込められておりました。


「少し話が逸れてしまったようです。私の話はマールだけ居れば済む事。あなた方と

ここで話す必要は無い」


そう言うと、指を握っていた手を移動させ、万里子の両の二の腕を持つと抱えるようにして

立ち上がらせました。


「グリューネ殿、今日は少しお休みを頂けませんか?少し疲れているようですので」


「ええ、ええ。勿論。最近は休日も返上しておりましたもの。あなたにお願いするわ」


本当は、クラムルード殿下にはもっともっと言いたい事がありました。

だが・・言って何になる?「外」しか見ない、見ようとしない人間に、何をこれ以上

言う必要がある?そう思い、ジルは飛び出しかけた言葉を飲み込み、万里子を連れて

部屋を出て行きました。

扉が閉まりかけるその時、チラリと見たのは赤い瞳の青年・・・その赤い瞳が

見逃した光の存在を、わざわざ教える程私は人が善いわけでもない・・。そう、ジルは

心の中で呟きました。


「ジルさん。ごめんなさい。今日がいらっしゃる日だと分かってたらもっとちゃんとした

衣にしたのに・・」


腕の中でしょんぼりしている少女を、ジルは困ったように見つめました。


「・・そんな事を気にしていたのですか?その衣も素敵ですよ。あなたが最初に

染めたものでしょう?私は、王子のあの高慢な視線からあなたを助けたかったんです」


「ジルさんには、いつも助けられていますね」


「そういえば、この生地も染め上げた日に鏡越しに見せましたね。失敗したのに・・」

そう思い出して小さく笑った万里子に、ジルはルヴェルの言葉を思い出しました。


『守るだけがお前の愛か?』


・・・彼はまた、自分の行動をそのように思うだろうか・・・。でも、助けたい。

守りたいのだ。全てから・・・たとえ、それを彼女が望んでいなくても・・・。

本当に助けたいのは、自分の恋心なのだから。ジルは少し、自嘲気味に口角を上げ、

眩しそうに万里子を見つめました。



その頃グリューネの部屋では、やはりルヴェルがジルの事を過保護だと思っておりました。

クラムルード殿下の頭に向かってカゴを振り上げたあの勢いが思えば、あれしきの言葉、

マールには乗り越えられたはずだ。と思っていたからでございます。


ふと向かい側を見ますと、イディが怒り心頭。といった具合でクラムルードを怒鳴りつけておりました。


「お前!さっきの言い草は何だ!見た目だけで判断するなとあれだけ・・・!」


「なんでさ?なんでアイツなんだ?」


「・・・何がだ」


「アイツだろう?兄上が会っているのは。どうかしてる!あの瞳は・・!ぁ・・」


しまった。というように口を手の平で覆うクラムルードの言葉と態度に、イディは

一瞬で怒りが痛みに変わるのを感じました。


「瞳が、どうした?俺と同じ黒だが、それがどうした?」


「兄上と一緒とか、そんな言い方はするな!違うだろう!アイツは髪も真っ黒だった。それに俺を殴るなど・・」


失言を誤魔化すようにそっぽを向くクラムルードに、イディは静かな視線を向けました。


「お前はまだ宮殿の中と、出入りする貴族の事しか知らない。ちやほやされて育った

お前には、「内」は見えないか?だけどいつかお前も分かる・・・でも・・分からなくても俺は構わない」


大きな手でくしゃくしゃとクラムルードの髪をかき回すイディのその態度は、いつもの

兄でしたが、その口調は少し苦しげでもありました。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ