26.謎の招待状
誤字発見!修正ついでに、説明が足りなかったかな?と思った部分を
少し加筆しました。
話の大筋に変化はありません。
グリューネの住いは、数人の客人を迎えても問題の無い広さをしておりましたが、
さすがに体格の良い青年がこうも集まると、少し手狭に感じました。
今、この部屋に居るのは、ルヴェルにジル、イディとクラムルード。
そしてグリューネと万里子の6人でした。
6人がそれぞれにゆったりと寛げるソファもあります。
手狭に感じるのは、それぞれのかもし出すオーラのようなもので・・・それぞれが
自己主張し、万里子は何だか押しつぶされそうな、そんな気分になっておりました。
私だけがなんだかこの場にそぐわない気がする・・・。
それぞれにお茶を出し、焼き菓子をすすめて、特にする事の無くなった万里子は
隣の作業部屋に行っていようか・・そう考えたのですが、隣に座る人物にそれは
簡単に妨げられました。
「マール。久しぶりですね。やはり少し痩せたのではないですか?指先が少し荒れている・・。
本当にこちらで問題なく過ごしているのですか?」
ジルは周りの面々など目に入らないようで、万里子の手をそっと取ると、心配そうに眉根を寄せました。
その光景を見る面々の反応はそれぞれで・・
面白そうに見ているのはルヴェル、不機嫌そうに口を歪めたのはイディ、驚きに
目を見開いているのはグリューネ。そしてクラムルードはと言いますと・・・
「ジル殿は・・・そんな表情もできるのか?」と、最初は驚いておりましたが、すぐに
「先に俺に挨拶すべきだろう!」と面白くなさそうに怒鳴りました。
「あぁ。いらしたんですか。」
クラムルードに向き直ったジルは、一瞬の内に無表情に戻っておりました。
マールはその姿にハラハラしますが、他の面々にとってはこれこそが見慣れたジルの
姿でございました。
「ヤンテの姫を迎える儀式の後にも宮殿に来なかったじゃないか。姫が心配ではなかったのか?」
「・・あの人でしたら大丈夫でしょう?」
その突き放したような物言いに、クラムルードは眉をピクリと上げました。
だがしかし、確かに城に来た『姫』はすこぶる元気で。むしろ元気すぎるようでしたので、
それには何も言わずに、「イディ、戻ろう」と、クラムルードは踵を返しました。
それに驚いたのはイディです。
「衣を注文しなくてもよろしいのですか!?」
その言葉に、クラムルードは少し振り返り、ちらりと万里子を見ました。
「グリューネ殿は腕が衰えたらしい。サイナでも何でもない娘に手伝わせるなど・・。
かつて、国一番だった腕を持っていながら情けない!」
そう言い捨てると、扉に向かって歩き出しました。
その時。
クラムルードの後頭部に、すこーーん。と見事に何かが当たりました。
「なっ!!」
クラムルードがものすごい勢いで振り返りますと、そこには顔を真っ赤にしてこちらを
睨んでいる黒髪の少女がおりました。
「娘、今何をした!」
何をしたも何も・・万里子の手には、先ほどまで焼き菓子が入っておりました小振りのカゴが
ありましたので、何をしたかは一目瞭然でした。
「おまっ!!そ、それでこの俺を殴ったのか!?」
「グリューネさんの腕は衰えてません!毎日とても素晴らしい衣を作り出してます!」
「な!!!お前如きがこんな事をして許されると思っているのか!」
クラムルードの赤い目が、更に明るく燃えたような気がしましたが、万里子は
ひるむ事なくキッと睨み返しました。
クラムルードのサラサラのオレンジの髪が、彼の怒りに共鳴するようにゆらり。と
逆立ち、炎のようにも見えたその時。
ぷ。
あははははははははは!!
その場にそぐわぬ笑い声が聞こえてまいりました。
笑い声の主は、祖母であるグリューネの傍に居たルヴェルでありました。
「今回は、殿下の負けですよ。マールは意外と勇ましいようだ」
そっと、守るようにグリューネの丸い肩に置いていた大きな手をはずし、万里子に
近づくと今度はそっと万里子の肩に手を置きました。
いつも万里子に安らぎを与えてくれるその大きな手は、こんな時にもふぅっと
万里子の気持ちを穏やかにしてくれるのでした。
「俺の負けなワケが・・!」
「負けですよ。見た目だけで判断するなど、お前の悪い癖が出た。グリューネ殿は
この国の宝。その方に対していくら殿下とはいえ、今のは失言だ」
イディが、今にも燃え上がりそうだったクラムルードの頭をわしゃわしゃとかき混ぜ、
諭すように話すと、一瞬にしてその火は小さくなったようでした。
人前では敬語で話す事を心がけているイディの、兄としての言葉に思う事もあったのか、
クラムルードは扉に向いていたつま先をまた逆に向け、グリューネに近づくと
その小さな身体の前に片膝をつき、右手を胸に、左手を自身の背に回し、頭をたれ
ラウリナ国の正式な礼をしました。
「あなたの・・その才を疑い、傷つけようとしたのではない。グリューネ殿・・・
式典まで近い。我の衣を作って欲しい。今日はその依頼に参った」
「ふふ。少しは大人になられたようですね。殿下。ですが、今の私の弟子を認めたら
その依頼を受ける事にしましょう」
「な!!それは・・このちんちくりんの事か!?」
たれていた頭をさっと上げ、信じられないとでも言うように、声をあげるクラムルードでしたが
驚いたのは万里子も一緒でした。確かにグリューネの手伝いをしてはいましたが、
まだまだ見習いで、とても認めてもらえるような腕では無かったからです。
「あの!私はグリューネさんの事を悪く言うのに怒っただけで、私の事は別にどう言われても・・
だって。確かにまだそんなにお手伝い出来てないし・・」
「ほら見ろ!俺の衣はグリューネ殿だけで手がけて欲しい!」
ふと、クラムルードの目がグリューネの後ろに注がれました。
そこには、染色されたばかりの瑞々しい果物を思わせるような鮮やかなオレンジの
糸が置かれておりました。
「素晴らしい。グリューネ殿。これ!これは、どこかの貴族の依頼か?この色は
我が一族の色だ・・。こんなに濃く鮮やかな発色の橙はなかなか無い。単なる貴族には
勿体ない。これが誰の注文だろうが、似合うのは俺以外いない!」
「それはマールが染色した糸ですよ」
「え?」
「マールを認めたら、今回の式典の衣も作って差し上げましょう」
「けど!グリューネさん。今回はもうこれ以上依頼は受けない。と・・」
「殿下直々の依頼は、無下に断れません。ですが、マール。あなたの手伝い無しには
期日までには仕上げる事は出来ないでしょう。
ですから、マールを弟子として認めてくださる事。それが衣を作る条件です。
その糸は誰の注文の物でもありません。昨日染め上げたばかりの物。目にした
あなたの一族は、殿下以外おりません。ですが、殿下の一族の者が・・カナムの誰かが見たら・・・
手に入れたくなるでしょうね」
それ程に、万里子の染めた糸は見事な橙でございました。
この色に魅入られたクラムルードは、渋々グリューネの条件を飲む事にしました。
「わ、わかった!認める!だから・・・頼んだぞ!」
「認める」と言ったものの、その表情は苦虫を噛み潰したような表情でございました。
「お前のためではないぞ」
負け惜しみのようなクラムルードの言葉でしたが、
「え?・・あぁ。分かってますよ」
ただグリューネの腕でとびきりの衣を作ってもらいたいが為と知っていたので、
万里子の反応は至って薄いものでございました。
「では殿下。こちらの糸で衣を?」
「いや。これは式典とは別でいずれ頼みたい。式典用には、黄で頼む」
「黄、でございますか?ヤンテの姫でしたら、赤。殿下のお色に合わせるのでしたら
橙では・・・」
「赤は嫌いだそうだ!黄が、姫の望みなのだ」
万里子の脳裏には、神殿で別れたあの女の子が浮かびました。
グリューネの作った、黄色の衣を着るのか・・・友人にはなれそうにないタイプでしたが、
同じ日本から呼ばれた万里子としては、やはりどのように過ごしているのか気にはなるのでした。
ですが、もう会う事は無いだろうな・・そう思っていた時に、今まで黙ってなりゆきを
見守っていたジルから意外な申し出がありました。
「申し訳ありませんがグリューネ殿・・・私からも衣をお願いしたいのですが」
「あら?ジル殿の物はもう承っておりますよ?」
「・・・私のでは無いのですよ。・・マールのです」
皆の視線が、一斉にジルに向けられました。
「わ、私の??」
「マール。私は、君に渡したい物があると言いましたよね?それがこれです」
ジルのサッシュの内側から出されたものは、淡い橙の大判の封筒・・・
「招待状!!」
声をあげたのはクラムルードでした。
「お前、どうしてこれを?」
そう聞かれても、万里子にはさっぱりわかりません。
これが何を示す物なのか、誰からの物なのかも、分からなかったのです。
ただ分かったのは、ジルが直々に持ってくる程に大切な物だと言う事でした。
「これは、何ですか?」
「・・・ヤンテの姫のお披露目式の、招待状です。しかも特別な物で、宮殿での
滞在が認められています」
「一体誰から!?」
横からクラムルードが、ひったくるように封筒を奪い取りました。
「マリーから・・。お前、マリーを知っているのか?」
「マリーって・・誰ですか?」
「この世界に来た時に、サトウマリコと呼ばれていたヤンテの姫ですよ。今は
ご本人の希望で、マリー姫と呼ばれています」
もう会う事も無いだろうと思っていたあの子から・・・。
突然の展開についていけずに呆ける万里子に、ジルがクラムルードから奪い返した
封筒を握らせました。
中には、招待客全員に対して入っているであろう、日時が書かれたカードと、
特別な者に入っているという宮殿の滞在を許可すると書かれたもう1枚のカード。
それに・・・この世界の物ではない文字で書かれたカードが・・それは、懐かしい
日本語でした。
文字の大きさがマチマチな、所謂ギャル文字に、(元)現役女子高生の万里子も
苦戦しましたが、なんとか文章が読み取れました。
そこには、
『これからのあんたとアタシのためにも、絶対に来てチョーダイ』
と、書かれておりました。