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22.新たな地へ

相変わらず、白玉の牽く馬車は揺れる事もなく、すべるように滑らかに進みます。

今日のお天気は快晴で、サイナまでの移動にはもってこいの環境が整えられておりました。


今日は万里子の旅立ちの日でございます。


----------------------------------------------------------


サイナに行くと、ジルに打ち明けたのは数日前の事・・・

すんなりと、万里子の旅立ちを受け入れてくれたジルではございましたが、それ以来

普段にも増して無口になったようでございました。

時々何か視線を感じて、そちらを向きますと思いつめた表情をしたジルと目が合う事もあり、

やはり今はお仕事がだいぶ大変なのだろうか・・・と、原因が自分だとは思いつく事もなく、

万里子は働きすぎのジルを心配しておりました。

片やジルは、ルヴェルの発した言葉の檻に入れられたように身動きが取れずにおりました。


「また、攫うように逃げる事ができたら、どんなにか良いだろう・・・」


ふっと呟くその言葉は、ジルに甘い毒にも似た疼きを与えました。

その呟きだけが、ルヴェルの言葉の檻の外へとふぅわり。と漂い出て行きます。

実現する事はない思い。形になる事はない心からの願いは、そのまま闇に溶けてゆきました。

ヤンテが明るさを増したら、あの子は出て行ってしまう・・・。何よりも癒しの

眠りが必要なジルが、今宵は眠れずにおりました。

それだけ、思いは強く。ですがそれ以上にルヴェルの言葉の檻は頑丈でした。

このままこの屋敷で万里子を住まわせても、彼女の為にはならない。自分が存在しても

良いのだという自信を持つ為には、自立させる事。それには、術の使えない彼女が

働ける場が必要だという事。その場が、ナハクの領地には無い事・・・・。

ルヴェルの発したその言葉達が、見えない檻となり、ジルを閉じ込め、苦しめました。

ルヴェルの言葉は正に正論。隙はわずかもありませんでした。


「わかって、いる。頭ではわかっているのだ!!」


だが、心は・・・・。


そんな切ない叫びさえ、夜の闇に溶けて、万里子に届くことなく消えてゆきました。


もうすぐ、夜が、明ける。



少しして、控えめなノックが響きました。


ジルの鼓動が、どくん。と強く打ちます。


ノックだけで、万里子だと分かりました。


「おはようございますー」


この国に、朝だけの挨拶というのはありませんでした。

ですから、これは万里子だけが使う特別な挨拶。別れの朝だというのに、この言葉だけで

ジルの胸にじんわりと熱がこもり、全身に広がってゆきます。


「あれっ。起きたんですか?」


万里子は、窓辺に立ち朝日を浴びて逆光になる細長い影に話し掛けました。

その影は、ゆらり。と儚げに見えて、そのまま消えてしまうのではないかと万里子は

慌てて駆け寄りました。


「ジルさん、大丈夫ですか?もしかして、眠ってないんですか?」


「今日は大事な日ですから・・・マール・・私は、あなたに・・」


ココニ、イテホシイ・・・


その言葉は、どうしても繋げる事ができませんでした。


「ジルさんが眠っている間になんて、行きませんよ。ちゃんと眠らないと、身体に負担が

かかっちゃうじゃないですか」


小さな自らの身体で、ジルを支えようとする万里子に、ジルはそのまま長い腕を巻きつけました。


「ジルさん!!・・・えっあの!・・ぐ、具合悪いんですか?」


一瞬抵抗を見せましたが、ジルが眠らずに体調が悪いとでも思ったのでしょうか。

万里子はジルの腕の中で大人しくなりました。

その様子に、ジルの腕には更に力がこもります。


しばらくその状態が続いたでしょうか・・・・


万里子は、頭上にふーーーーーーーーと長いため息を感じました。


「旅立つのですね」


先ほどとは違う、落ち着いたいつものジルの声が響きます。


「・・はい。今までお世話になりました」


「・・・ッ!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・その身ひとつで行かせるわけにはいきません。せめて私にも何か手伝いを

させてください」



--------------------------------------------------------


そうして、今白玉が牽く馬車に居るのです。


心配だから、と白玉を連れて行くように言い、更に住まいにするように。と

小さな小さな馬車ハコをくれたのでした。

小さな小さな、外見からすると2メートル四方ほどのハコでしたが、内装はかなり豪華で

最初に乗った馬車より広いようでした。

なんとバストイレ、簡易キッチン付で寝室とリビングの2間ありました。


「・・・なんというか・・過保護?」


たっぷりとしたレースのカーテンで強い日差しを避け、室内温度も適温に保たれた

馬車の中で、万里子は結局甘えるしかなかった事に苦笑しました。


更に、特別な術をかけたという大きな鏡を馬車内に取り付けられたのを思い出しました。

通信用だというその鏡は、ジルが万里子の顔を見て話せるようにと特に気合を入れて

術を施した力作でした。

この鏡での通信はお互いの私物を所有している事が条件となっておりました。

一方的に盗み見たり出来ないように、そのようになっているようでした。


「まさか、お玉がこれに使われようとは・・・」


この世界のスープは、内側を熱した特殊な小さな土鍋のようなものに1人分ずつ

作るので、お玉というものは必要ありませんでした。

これが何か、ジルとシアナに説明した後はそのまま自分の部屋に放置していたのですが、

この度活躍の場が与えられ、ジルの通信用鏡の上部に恭しく飾られておりました。

そして、自分の元にあるジルの私物は・・・・大きなしずく型の光る石がついた

ペンダントでした。

なんでも、纏う衣の色に変わり、暗闇では光玉の代わりにもなる、これもジルお手製の

ものであり、お玉とは雲泥の差の代物には間違いありませんでした。


「・・・やっぱり・・過保護?」


薄いオレンジの衣を着た今、胸元で淡くオレンジの光を放っているそれを、万里子は

そっと手の平に乗せました。



『姫様』


頭の中に、今ではもうすっかり聞き慣れた白玉の低く柔らかい声が響きました。


『ここから先が、サイナです。ルヴェル様がお待ちですよ』


いよいよ、新天地到着となりました。


これから1人で暮らす、新しい街!万里子は期待と不安に背中を押されて、急いで窓辺に

駆け寄りました。


「う、わ!!」


目に入ったのは、色とりどりの花々。高くそびえる木々。遠くには小さな、しかし

請ったデザインとカラフルな色合いの、きっと木造であろう建物が見えました。

街の入り口と思われる大きな門に近づきますと、その横の建物前にルヴェルの姿を見つけました。


ルヴェルの近くまでやってくると、白玉はすーーっと足を止めました。


「やぁ。マール。サイナの街へようこそ。どうだい?街の印象は?」


「木や花がとっても元気なんですね!なんていうか・・開放的で明るい雰囲気です!」


もっと近くでカラフルな街並みを見たいと思い、馬車を降りようとした万里子をルヴェルが

押し止めました。


「ルヴェル、さん?」


「私がそちらに乗ろう。連れ立って歩くよりは良いだろうからね」


「あ。そうですよね。ルヴェルさんのファンの方に、怒られますね」


立っているだけでも優雅で華やかなルヴェルのその姿を、遠巻きに眺める女性達が

見て取れましたので、自分のような地味な人間が親しくするのはあまり良くないのだろう。と、

万里子は思ったのでした。


「スホはとても高貴で貴重な動物だ。しかも意思の疎通が出来るスホは特に珍しい。

言ったろう?スホを操るのはナハクの一族だと。

そのスホを、ナハクではない君が伴っている。それは人々の好奇心を刺激する。

・・・良からぬ人間もね。だから、この馬車に乗っているのが君だと今は見せる必要は無い。

まぁ・・・私のファンが多いのは否定しないけど?」


冗談ぽく言って明るい笑顔を見せたルヴェルに、万里子も明るい笑顔を返しました。


「それにしても、ジルは余程君が大切で、心配でならないのだね。スホに馬車、それに・・

『対話の鏡』、か」


「断りきれなくて・・」


「うん。これ位はもらっておいた方がジルの為にもなる」


自分ばかりが与えてもらってばかりなのに、それがジルの為になる。というルヴェルの

言葉の意味がよく分からず、万里子は曖昧な笑みを浮かべるしかありませんでした。


「さぁ、マール。どんな仕事がしたい?色々候補はあるんだ。外国の商人が多数訪れる

この街一番の高級宿の受付に、女性が香りを身に纏う為の香油の高級品を扱う店も

看板娘を探している。

最高級のラウリナ生地や外国製品も扱う衣の店はどうだい?この街一番の大きな店だ。

他にも、色々あるがどれが・・うん?どうしたんだマール?」


それはサイナの長であるルヴェルが万里子の為に、自らが探し歩いた特級のお薦めアルバイトの数々でした。

どれも華やかで若い女性には憧れの職場です。

綺麗な衣を着て、上品な人を相手にする仕事は、術が無くても出来る仕事の中でも特に

条件の良い仕事ばかりでした。


が、万里子の顔色はどんどん渋くなっていったのです。


「あの・・・ルヴェルさん。もっと地味なお仕事は無いでしょうか・・」


聞けばそれは扱う商品や仕事内容は違えど看板娘の仕事ばかり。

スポットライトをなるべく避けたい万里子には、なんとも辛い選択肢ばかりだったので

ございます。


さて。万里子は無事、仕事にありつけるのでしょうか?

ジル、かなり落ち込んでおります。


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