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21.お茶飲み友達の提案

ジルとルヴェルがごっちゃになってる部分があるよー!と、

教えて頂いたので、修正しました!

ご指摘ありがとうございました☆

ヤンテが明るく光り始め、朝がやって来た事を告げ、万里子の1日も始まります。

毎日、特にやる事はありません。屋敷にはジルとシアナ以外にも他の使用人らしき

人物や、

一族の重鎮らしき人物の訪問もあり、ジルもシアナも忙しそうに日々を送っておりました。

が、術の使えない万里子は手伝う事もできません。

何もかも勝手の違う世界では簡単な手伝いも見よう見まねでは出来るものでもありませんでした。

ですから、毎日が単純に過ぎてゆきます。

食事をし、散歩に出て行き、ジルに屋敷から余り離れないように言われておりましたから

遠くても温室の外まで行く事はありませんでした。

少し遠くに行こうとすると、どこからともなく白玉と名づけたスホが現れて護衛を

するかのように寄り添って歩きます。

彼はいつの間にか、万里子にとってよき話し相手になっておりました。


環境は、とても落ち着いておりました。

ルヴェルの言った『ジルの強い結界で守られた屋敷内』では、何も危険はありません。

毎日よく食べ、よく眠り、ただただぼんやりと過ごす。

ですが心は落ち着きませんでした。


本当にこれで良いのだろうか。自分ひとりが邪魔者にされたあの神殿で、不憫に

思って手を差し伸べてくれたジルに、このまま甘えてしまって良いのか・・・

万里子は心に小さな棘が刺さったかのような痛みと不安を抱えておりました。

そして、それは時と共に大きくなっていたのです。

いつか、自分を疎ましく思う日が来るのではないか。いつか、たったひとりでこの結界の

外に出なければいけないのではないか・・・・。

今の万里子に、この世界で出来る事は何もなく、その事実がかえってこのように

不安を大きくさせるのでした。


「・・起きぬけに考える事じゃ、ないよなー・・」


まだ少し眠そうに、瞳をぱちぱちさせて呟くと、勢いよく立ち上がりこの世界に来てからの

日課となったストレッチを始めました。


「こんなだらりと過ごしてたら、さすがに身体がなまっちゃうよ」


最後にぐーーんと思いっきり背伸びをした万里子は、不安な気持ちを吹っ切るかのように

大判のタオルを手に、バスルームに飛び込みました。


着替えながら万里子は、そっとイディがつけた『シルシ』に手をあてました。

あれから数日・・・色づきはだいぶ薄くなり、今ではほんのりと分かる程度に

なっていました。

あの夜以降、イディは相変わらず毎夜やって来ましたが、それは万里子が眠りにつくまでの間で

ふたりは様々な話をしました。

イディは万里子のいた世界の話を聞きたがり、万里子はイディから少しずつ、この世界の事、

その中でも一番大きな国だというラウリナ国の事を知っていったのでした。


その会話は、大体において万里子が眠ってしまう事で終えていた為、その後イディが

帰るのか、しばらく万里子の部屋に居るのかはわかりませんでした。

が、夢にイディが出てくる事は、もうありませんでした。


単純な毎日の、少しの変化といえば眠る前にイディが訪れるようになった事と、

万里子にお茶飲み友達ができた事でしょうか・・・。



--------------------------------------------------------



「やぁ、マール。ご機嫌よう」


「ルヴェルさん」


あの温室での出会い以来、万里子用に注文された衣は、毎日ルヴェルが持ってくるように

なっていました。

それを渋い顔で出迎えるジルでしたけれども、自分に向けられる負の感情以外には

基本的には鈍い万里子は気付くはずもなく、渋い顔を直接向けられたルヴェルに至っては

そんな視線など一向に気にしていないようでした。


万里子がジルの表情に気付かなかったのは、鈍い、という以外にも理由がありました。

万里子の視線は、ジルが持ってきた新作の衣が入っているであろう右手に抱えた箱ではなく、

左手に持った小振りのカゴに向いておりました。


「今日はカルミナの蜜の焼き菓子を持って来たよ」


自分の作った高級な赤の衣よりも、焼き菓子に顔をほころばせる万里子に、思わず

自らの顔もほころぶルヴェルでありました。


そう、ふたりはお茶飲み友達となり、午後のひと時を一緒に過ごすようになっていたのです。

こちらの世界の食事にはなんら不満はありませんでしたが、甘いものに飢えていた

万里子は、ルヴェルが毎日手土産に持ってくるお菓子の数々にすっかり魅了されてルヴェルに懐いていったのでした。

お茶会は専ら社交的なルヴェルと万里子のお喋りで進みました。

ジルも同席する事が殆どでしたが、彼は無口で更に甘いものが苦手でしたので

ただ単に2人きりにしたくない。というちょっとした嫉妬心からの行動でした。


それに、ジルには少し気になる事もありました。

自分から万里子を手放すように進言したものの、毎日衣をサイナの長であるルヴェルが自ら持ってきては

ゆっくりとお茶をしながらお喋りをして過ごす・・。そんなルヴェルに少し拍子抜けしたジルでは

ありましたが、ルヴェルは特に動く様子はありませんでした。

常に微笑みを絶やさず社交的。豪商として先祖より引き継いだ事業を、先日までの

ヤンテの無い暗黒時代にも商機を見出し、更に財産を増やした商才の持ち主。

異世界からやって来た少女の相手ではありません。

ルヴェルにすっかり心許した様子の万里子に、ジルは内心不安でした。


「ジル様・・・長老がいらっしゃるお時間です」


ヤンテが現れ、この世界が以前の正常だった状態に戻る為、各地へと赴いている

ナハクの神官達に急いで連絡を取る必要があり、ジルは多忙な毎日を過ごしておりました。

小さくため息を洩らし、立ち上がったジルにはカルミナの焼き菓子談議に花を

咲かせているふたりの様子が眩しくて仕方がありませんでした。


「ジルはとても忙しいようだね」


「・・あなたも忙しいはずでしょう」


「私も仕事をしているよ。今日だってそれでこちらに来たのだから」


軽く顎で示した先には、ここ最近の中では最も赤が鮮やかな衣が・・・。

苦々しい思いで、ジルは長老の待つ、屋敷最奥の塔『語りの間』に向かいました。



「ジルさん、最近元気が無いのです。働き過ぎな気がするのですが・・」


万里子が少し心配そうな顔をのぞかせました。


「それは・・仕事ではないと思うよ」


先日、私が彼を少し追い詰めたからね。そうルヴェルは心の中で付け足しましたが、

勿論それは万里子には分からず、万里子は益々首を傾げるだけでした。



「さぁ。それより、昨日は何を話したかな?」


「この世界の通貨についてです。まだ・・よく計算ができませんけど」


「どうして、そんな事が知りたいんだい?」


「このままではいけないと思うんです。自分ひとりでもこの世界で働いて生活できるように

ならなきゃ。いつまでもジルさんに甘えるわけにはいきませんから。それに・・」


「それに?」


「ジルさんは、神殿で1人になった私を助けてくれただけなんです。こんなに長い間

居座ってしまって、きっと迷惑だと思ってると思うんです」


むしろジルは幸福だと思っているはずだ。そうルヴェルは思いました。

途中のちょっとしたハプニングで何人かに彼女の存在はバレてしまいましたが、

それでも誰よりも一番近くに居たのはジルです。

滅多に表情を崩さないジルが微笑み、屋敷の塔を与え傍に置きたがる唯一の少女。

冬の王子の心を溶かしたのは、唯一万里子だけです。

ですが本人はそんな事を欠片も思っておらず、やはり自分の価値を知らずにかえって

重荷になっていると思い込んでいたのでした。


「・・・働く。と言っても、なかなか難しいのではないか?術は、使えないのだろう?」


「・・つ、使えません。あの、使えなきゃこの世界で働くのは無理ですか?」


「そんな事は無いよ。だって言っただろう?私だって術は使えない」


「でも、ルヴェルさんは植物を操る事が出来るじゃないですか」


「そうだね。でも、加工したり売ったりするのは術が使えなくても出来る事だ」


「えっ、それって私にも出来るって事ですか?」


「うん。出来るよ。やるかい?」


「やります!やりたいです!」


「じゃあ、サイナの街においで」


「え?」


サイナとは、ルヴェルの一族の領地のはずです。そこに行くとはどういう事なのか・・

万里子は首をかしげました。


「マール、ジルの一族は術者の一族だ。術が使えない者が出来る仕事は無い。

でも私の一族は、研究者や職人、商人が多いと言ったね?植物を操るその特性から、

サイナの街は商人の街なんだ。

他の大きな街よりも王都に近く、更に隣国の2カ国と国境を接している事もあり

この国では一番大きな貿易の街なんだよ。

術の使えない者も沢山働いている」


いつかここを出ていく・・・今朝、漠然と頭に浮かんだこの言葉が、近く現実の

ものとなるかもしれないという不安に、少し万里子は考え込みました。


このまま居候をしているわけにはいかない。小さな頃から華やかな兄妹の陰に

隠れて生きてきた万里子にとって、活躍できないのならせめて邪魔にならないように。

そう心がけてきた性格上、居候という立場はなんとも居心地の悪いものでした。

ですが、まだ17歳。

知り合いがまだ数人しか居ないこの異世界で、いきなり自立するというのは、まず

不安や恐怖が先に立っても仕方のない事でした。


そんな万里子の様子が手に取るように分かったルヴェルでしたが、万里子自身の足で

ここを出て行くのでなければ意味が無いと思い、更に言葉を続けました。


「それにね、一番の貿易の街だからこそ、君が住む利点もある」


「私が住む利点?」


「そう。様々な国の人々がやって来る街だからね。時々君のように、黒い髪や黒い

瞳の人もいるよ。この国では・・少し珍しい色合いだからね」


そういえば、イディも黒い右目をとても気にしているようでしたし、普段は伸ばした

前髪で隠すようにしていたのを思い出しました。


「君が来ると言うのなら、働き口を紹介しよう。だから・・考えておいて?」


ルヴェルは華やかな微笑みを万里子に向けてそう言うと、立ち上がりました。

今ここで、答えを求められなかった事に万里子はほっとしましたが、この申し出を

受けても、それは頼る相手がルヴェルに変わるだけで、事態はあまり変わらないのでは

ないかと疑問に思いました。


「そうだ、マール。サイナに来る事になったとして、私が君に出来る事は、

街の案内や仕事の紹介くらいだ。ジルのように、何から何まで用意してあげる事が

できるわけじゃない。

勿論、相談にはいつでも乗るよ。その事もちゃんと踏まえて考えておいてくれ」


聞く人が聞けば少し冷たく聞こえるその言葉は、しかし万里子にとっては

有難い距離感でした。

何でもかんでも甘える事は、何も返せない万里子にとっては気持ちの負担は大きく

なるばかりでしたので、万里子は少しだけ、心が軽くなるのを感じたのでした。







全てはルヴェルの思惑通り?

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