2.ふたりのサトウマリコ
向こうのサトウマリコさんは、見たところ万里子と同年代のようでした。
ただ、万里子と違っていたのはその容姿。
普段化粧を殆どしない万里子とは正反対。化粧に命をかけているような
女性でございました。
あれは絶対まつげエクステやってるな・・・そう万里子が確信した程に、
まつげバサバサの強烈な目力の持ち主だったのでございます。
服装は目にも鮮やか、ちょっとチカチカする位の色使いで、法事の為に
黒を基調とした服装をしていた万里子とはこれまた正反対。
自分の意思でつけている装飾品といえば、時計ぐらいでしょうか・・・。
そう、自分の意思でつけていたのは腕時計だけでございました。
ふたりのマリコの、何より大きな違いはその髪。
もう1人のマリコは、見事な金髪で更にちょっと盛ってて頭までもキラキラと
目には厳しい感じになっておりました。
遺された日本人はあたしとあの子だけなのに・・会話が成り立つ自信が、ナイ・・。
とりあえず、万里子は状況を見守る事にしました。
派手な兄弟のお陰か、周りで何が起こっても、とりあえず静観するような
冷静さがいつの間にか身についていたようです。
それに・・・そのド派手な身なりで、周りの現地の人と思われる方々は、
一様に彼女の方に注目していました。
「いやぁー!ナンなの!?ちょっと、アタシも戻してよ!」
ナマハゲ・・もとい、派手なマリコがこの状況をようやく受け入れたのか、
騒ぎ出します。
それも気にせず、彼女の周りに集まった、色とりどりのローブ(のようなもの)を
着た
中年~老人の男性達は口々に話しだしました。
「おお!この見事な金の髪!」
「まるで後光を差しているかの如き、存在感のある髪!」
いや・・盛ってるだけでは・・。
思わず噴出しそうになった。イカンイカン。
とりあえず、「姫」なるものは、彼女に決定らしいから、あたしはさっさと
戻してもらおう。
そう万里子は考えておりました。
そうこうしてる間にも、盛り上がりつつある彼らからは
「神秘的な紫の瞳!」(へー。カラコンもしてたのか。この距離じゃ見えないや。)
「見事な衣装!」(・・・目にも痛い蛍光イエローですが・・)
などと賛辞が相次いでおり、治まるまでの間、万里子は心の中で突っ込みまくって
おりました。
まぁ、せっかくの「姫」こんな黒尽くめの地味子ではさすがに彼らも嫌だろう。と思っていると・・
「待て」
杖を持つ、一番お年寄りに見える老人が、彼らの会話を止めました。
「候補はもうひとりおる。姫はお1人じゃ。確実に、選ばねばならん。この世界のためにも・・」
「では、サク様。どうされると・・?」
「もう1度、やってみよう」
派手なマリコを取り囲んでいた彼らから、視線が注がれる。
「コイツであって欲しくないなぁ」その視線は、あからさまにそう語っていた。
いや・・あたしも帰りたいし。
「ちょっと!さっきから何なの!?何ワケわかんない言葉喋ってんの!?」
・・・なぜ自分だけが言葉が理解できるのか、それは深く考えたくない。
姫はアナタで決定だ。オメデトウ!さて、あたしを帰しておくれ~~。
万里子は祈るような気持ちで、儀式をもう一度行うと言ったサクと呼ばれた
老人を見つめました。
少し開いた口から、低く小さな呟きが・・・
そしてまた、タン!杖を突く音が響きました。
・・・・・・・・・・・・が、2人が残ったまま・・。
いや。厳密に言えば・・・派手なマリコの輪郭が、一瞬歪んだのを、万里子は
見た。
まさか・・まさか、呼ばれたのは自分なのか!?
でも、もしかしたら自分の輪郭も歪んだかもしれない。それに、自分自身で気付いて
いないだけかもしれない。
そう言い聞かせました。実際は、どっしり石の床に座り込んだ感触は一切揺るがなかったのですが・・・。
幸い、彼女の輪郭が一瞬歪んだ事は、他の人達の目には留まらなかったようでした。
なんせ、ほぼ全員が万里子が消えると信じていた為、「消えるであろう黒尽くめの万里子」を
見守っていたからです。
ですが相変わらず残っているのは2人。
「姫は、体の中心に赤く光る石を持っておる。これは、2人ともにあると言うことか?」
光る石・・・・
体の中心・・・・・
「!!!」
万里子はハッとして思わずおなかを押さえました。
2人ともが、部屋に居た人間の中でも屈強な男に腕を取られ、サクの前に連れて行かれます。
「すまんが、確認させてもらうよ」
な、何を!?
でも・・・わかっていました。生まれた時からあった、コレの事だ・・。
先刻から持っていた「まさか自分では・・」という思いは、もはや確信になりつつ
ありました。
が、ワケの分からない事に巻き込まれるのも嫌だし、何より『あたし』は望まれていない。
だから、何も言いませんでした。
だって。まだこの場にもう1人候補がいる。まだ、自分じゃない可能性はある。
背後から両手を取られ、自由を奪われます。
目の前に来たサクが、そっと万里子の服の裾に手をかけました。
そっと、裾をめくると・・・・
「・・・あるな」
やっぱり・・・コレの事だったのだ。
チラリと、まだわめいているマリコに目を向けると・・・・
めくるまでもなく、マリコのおなかは見えておりました。
体の中心にある赤く光る石、とは、万里子の居た世界では「へそピアス」と言われるモノに
よく似ていたのでした。
勿論、マリコのは正真正銘のへそピアスでした。
黒尽くめの万里子の物は・・・なんでも、生まれた時からついていた。と言う代物でした。
病院に行ってもワケがわからず、取ることも出来なかった物です。
それでも、見た感じへそピアスとそっくりでしたので、この場に居る人間も、
どうしたものか、困っているようです。
「こちらが姫に違いない!さぁ、任命の儀式を!」
しびれを切らした1人が、マリコを指差し進言しました。
えっ!?そんな適当でいいの!?と万里子は思いましたが、やっぱり巻き込まれたくないし
何をやらされるか分かったものでも無いし、自分がイマイチ歓迎されていない
感じあって、立候補する事は止めておく事にしました。
言葉も分からず、突然指差されたのでまたも騒ぐマリコでしたが、
サクに優しく杖でオデコに触れられ、なにやらつぶやかれると、言葉が理解できる
ようになったようでした。
周りに集まった人々に、口々に「姫!」と言われると、さっきまでの騒ぎはどこへやら。
まんざらでもない顔をしています。
サクは万里子にも、術をかけました。
元から言葉は分かっていたのですが、まぁ余計な事は言わない方がいいだろうな。
そう思い、されるがまま、術をかけられていました。
そしてサクに言われます。
「そなたが姫では無いようだが、先ほどの術でも帰せないのなら、悪いがもう方法が無い。、姫とこのままこちらに留まっておくれ」
てっきり、お役御免とばかりに帰してもらえるのだと思っていた万里子でしたが・・
帰す方法がない。そう言われ、結局この世界に残る事になるのでした。
しかも、「望まれた者にくっついて来た子」として。
この様子を、思案気に見つめる者が1人。
この者だけが、3度目の術でマリコの輪郭が歪んだ事、体の中心に埋め込まれた
赤い石の存在を持ち出され、万里子がとっさにおなかを押さえた事・・・
こちらの人間の話す事に、噴出しそうになったりいちいち表情を変えていた事。
つまり、術をかける前から言葉を理解していた事を・・・・・
全て気付いていました。
本物の姫は、黒尽くめの万里子である事を。