19.ジルのエゴ、ルヴェルの真意
「それは、私には青いドレスが似合わないみたいで。それで・・」
万里子はジルとルヴェルの、何かを含んだような会話には全く気付かずに、そう答えました。
そんな様子を、微笑みを湛えた瞳で見つめるルヴェルでしたが、やはり万里子の
あまりに素直で、駆け引きを知らない純粋な姿が少し可哀相に思うのでした。
「マールはそんな事を気にしなくて良いのですよ。私はあなたにここで快適に
過ごして欲しい。それだけなのですから」
ジルがそう優しく言うと、途端に万里子は居心地悪そうに、もぞもぞと小柄な体を更に縮こまらせ俯きました。
その様子は、まるで『自分にはそこまでしてもらう価値がないのに・・』と思っているように
ルヴェルの目には映りました。
「マール、また話せるかな?私はジルと少し仕事の話があるんだ」
暗に席をはずすように言われた万里子は、ピクリと肩を震わせて「ごめんなさい!」と
言って勢いよくお辞儀をすると、温室の外へと駆け出しました。
とっさにジルが追おうとしますが、それをルヴェルがジルの肩を掴み引き止めます。
掴まれた肩をジルにしては乱暴に振りほどくと、ルヴェルに対して怒りを素直に
ぶつけました。
「あのような言い方!マールが自分を邪魔者のように感じてしまったら・・!」
「そうだね。彼女は面白い。そのような負の感情はとても敏感に感じるのだね」
「・・・どういう事です?」
「彼女は自分の価値に気付いていない。自信を持てず、自分を厄介者のように思っているようだ」
「それは今あなたがっ!」
「わざとそのような言い方をしたんだ。君が彼女をいくら特別に扱い、特別気にかけて
特別愛情を注いでも、それには気付かない。気付く事はあっても、自分はそれを
受けるに値しないと思っている。だから、あのように居心地悪そうにしていたのだ。
反対に、遠まわしに君と2人にするように言うと、それはすぐに伝わった」
「だから!何が言いたいのです!」
「あの状態でこのまま、ここに閉じ込めておくのは誰のためだい?彼女の?
それとも・・・・・・・・・君の?」
「・・閉じ込めるなど・・」
核心をつかれたのか、ジルはルヴェルから視線をはずしました。
「私は・・彼女を守りたいと・・」
「ジル、世間から隠し、情報を与えずに結界の中に閉じ込める事は、本当の意味で守る事にならないのではないか?」
「・・・・・」
「今、彼女に必要なのはこの世界の情報と、ここで生きる術。そしてここで生きる『意味』だ。
自分に何ができるか分かっていない、何も出来ないお荷物だと思っているよ、今は」
「彼女はヤンテの姫だ!存在するだけで・・」
「・・・彼女が本物の姫だと、すんなり認めるんだね」
「・・・あなたには隠しても無駄でしょう」
ジルが万里子を誰の目にも触れる事なく、少しでも早く領地に戻りたいと思ったのは
彼女の価値に気付き、惹かれる者が他にも居るとわかっていたからでした。
それを思った時、ジルの頭に浮かんだのは、今目の前に悠然と立っているルヴェル・・・。
遠縁にあたる彼は、ジルの尊敬する祖父と同じ、静かな、しかし熱くどんな時も
揺らがない緑の炎をその身に宿しておりました。
それ故、ジル自身も幼い頃からルヴェルを兄のように慕い、祖父亡き後唯一信頼できる人間だと
思っておりました。
ですがその分、万里子を奪われるかもしれないという恐怖にも似た焦りを感じていたのです。
「あの子は自覚が無いから、ただ存在するだけで居るのは辛いだろう」
「私は・・・マールが居てくれるだけで良いのです・・」
「・・・君は、ね。だが・・・閉じ込めるのが君の愛かい?」
ヤンテの光が弱まり、夜が近づいた事を知らせました。
温室の赤い光玉も、その色をほんのりとさせ、温室の中にも夜が訪れました。
ナハクであるジルは、自身の力も弱まってくるのを感じましたが、今日はそれ以上に
心が弱まるのを強く感じたのでした・・・。
「私は・・・」
「今の君のやり方では、彼女は自分らしさを失って潰れてしまうだろう」
「どうしろと・・・」
「君には彼女を手放す強さが必要だね」
「・・・っ!」
「そんな悲愴な顔はやめてくれ。・・・自信がないのか?」
「・・・・・・・・・・・」
返事はありませんでした・・・。ですが、苦しげに眉を寄せる青白いジルの表情だけで
ルヴェルには充分でした。
「ジル、私はね。彼女を潰したくない」
「・・・・」
「・・そして、君にも潰すような真似をして欲しくない」
その日、万里子がいくら待っても食事の席にジルはやって来ませんでした。
さて。ルヴェルがジルから万里子を引き離そうとしているのは
ジルの為か、万里子の為なのか、それとも自分の為なのか??