17.唯一の望み sideイディ
イディの1人語り。
今日も、もうすぐ夜が明ける・・・・。
俺はなんとか意識を外に戻して、目の前で子供のように眠るマールの顔を見つめた。
初めてマールの夢の中に語りかけてからというもの、1日と空けずにマールの元へと
通った。
夢の中で、マールは様々な表情を見せた。
ラウリナに来た経緯、それまでの生活、本当の名前、家族の話、ガッコウとやらの
話もしてくれた。
実際に馬車で会った彼女は、あまりお喋りな方ではなかったが、夢の中ではよく話し、
よく笑う子だった。
もしかしたら、本来の姿はこちらなのかもしれない。
一晩では足りなかった。マールの声を聞き、くるくる変わる表情を観察し、時々触れる
指先に・・・心が震えた。
夢の中では触れてもぬくもりは感じられない。それでも触れると俺の心は騒いだ。
抱きしめても、同じだろうか?
その思いは、意外と早く実現した。
いつもより少し遅くマールの部屋を訪ねた時、彼女は既に夢を形成していた。
覗くと、背の高い若い男が居た。
・・・面白くなかった。だから、既に形成されていた夢に割り込んだ。
いつもより強く呼びかけると、男は背景もろとも歪んで霞んでいった。
すると、マールは子供のように泣き出した。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」と男が消えた方向に走ろうとしていた。
兄だったのか・・・。悪いことをしたかな。そう思ったが、消してしまったものは
もう元に戻せない。
呼びかけによって、もう夢の中には俺が出現し、背景はジル殿の馬車になっていた。
いつまでも、彼女は泣き止まない。俺なんて視界に入らないように、別の方を見て
泣いていた。
その涙に、我慢できなかった・・・・。
自分の方に引き寄せ、そっと抱きしめた。力任せに感情で抱きしめたら壊してしまいそうだった。
やっぱり、ぬくもりは感じない。人形を抱いているようだったが、腕の中にいるのは
確かに彼女だった。
夢の中だから、涙はすぐに乾く。放っておいても衣を濡らす事もない。第一女の涙は嫌いだった。
だけど、彼女の涙は見ているだけで胸が締め付けられる程、辛かった。
なんとかしてやりたい。そう思ったし、いつもの笑顔を見せて欲しかった。
いつものように真っ直ぐに俺を見て、笑顔で、「イディさん」と言って欲しかった。
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最初は、ヤンテの姫の候補だった娘1人を、ジル殿が王に報告も無く連れ帰った事に
対しての好奇心だった・・・。
大神官の身分で、儀式の後に王に会わず、報告もサク殿に押し付けて消えるなど・・
彼らしくなかった。
それに、俺は王子の側近だ。王はヤンテの姫をご自分の一族に迎え入れるお考えだった。
年齢が合えば、王子の后として迎えるのが一番好ましいとのお考えだったのだ。
その事で王子は大変怒ってらしたが・・・。
候補の娘の方も調べた方が良いだろう。だが、サク殿の顔を潰すわけにもいかない。
夜に術が使える身を利用して、こっそり調べる予定だった。
マールが本物の姫でなければ、何もわざわざその存在を報告する事もないだろう。と
考えて、候補がもう1人居る事は王子にも、王にも言わなかった。
王子の気を揉ませる事でもないだろう。
俺と王子は生まれた時から一緒だ。
俺の母は・・・力の強いムバクの美しい娘で、王をお守りする近衛隊に所属していた。
そして・・・王の恋人でもあった。だが幸せな時間は長く続かず、王との間に出来た
俺を生むと、隣国との闘いで戦死した。
俺はまだ生まれて間もなかった。まだ、体が本調子では無いのに戦地に向かった為だった。
王は大変悲しんだが、国の為、后を娶らなければならなかった。それが王子の母上だ。
俺の事も、自分の本当の息子のように愛してくれた優しい女性だった・・・。
だから。王子の為なら何でも出来た。大事な弟だし、俺に母の愛も与えてくれた存在だった。
王子の望む物は何でも与えたかった。彼の為なら死ねるし、彼の為なら何でも
諦められる。
と、思っていた。
マールに、会うまでは。
王の長子の俺が、継承権は持たずに王子の側近として居る事に、周りは俺を
『見捨てられた王子』として見た。
「王は、イディ様を見ると亡くした恋人を思い出すようで、自然とイディ様を遠ざけられたのだ」
「お母上はイディ様を欲していなかったから、すぐに戦地に赴かれたのだ」
そのような噂が真しやかに囁かれている事は、とっくの昔に本人の耳に入っていた。
どちらの噂も、続きはこうだ。
「イディ様の右目は、呪われた闇の色をしているから」
幼い俺は傷つき、笑顔で近づいてくるヤツらの裏の顔に吐き気がした。
俺自身を、見てくれる人間など、ほんの一握りだった。
この世界の国々のどことも繋がっていない異世界より、ヤンテの姫として召還された
マール。
手違いで、姫と認められずに放り出されたマールの存在を、どこか自分と重ねていたのかも
しれない。
だが、マールは戸惑いを見せながらも、全てを受け入れ、この世界で生きていこうと
していた。
小さくて華奢なマールだが、その瞳は強く俺を見つめた。
手に入れたい。初めて、そう感じた・・・・。
王子、俺には欲しいモノができました。
王が、あなたに与えようとしている娘を、俺は心底欲しいと思っています。
あなたの為なら、何でも諦められると思っていました。
でも、これだけは諦めたくない。俺の人生で、たったひとつ、望むモノです。
だから。
まだ彼女の存在は打ち明けられない。
自嘲気味な笑みを浮かべ、眠りについた王子の部屋の周りに強力な結界を何重にも
張り巡らせると、俺は別の呪文を唱えた。
今宵も、君に会いに行く為に----------。
イディが万里子に惹かれる理由。