15.差出人
どれ位、そうしていたでしょう。
ぎゅっと衣を握り締めたままの状態で、万里子は自分の鼓動を妙に強く、速く感じておりました。
「マール様?お気に召しませんでしたか?」
はっと我にかえります。
「いえ!すぐに行きます」
答えてから手元のメモに再度目をやると・・・指に隠れた部分にまだ文字が書かれておりました。
最初にまず飛び込んできたメッセージに、心臓がドクン。と飛び跳ねましたが、
よくよく見ると、万里子が解読できるはずのない文字でした。
英語に似ていましたが、ところどころに文字を反転されたような字もあり、
万里子には分かるはずの無い文字なのですが、文字の先に進むと自然と頭の中に
文章が入ってくるのでした。
まだ、何が書かれているかは分かりません。
そっと指をずらすと・・・すぅっと頭の中に文章が出来ました。
『自らの足で歩きたければ、温室にいらっしゃい』
温室に・・・万里子は窓から温室に目をやりました。
そして手元に視線を戻すと・・・万里子の握っているのは紙ではなく、緑の葉でした。
「あ、あれ??」
ひっくり返してみても、やはり葉っぱは葉っぱです。
そこに文字などもありませんでした。
「マール様?」
「は、はい!」
万里子は不思議さに首を傾げながら、急いで着替えサロンへの扉を開けました。
室内に残されたのは、一枚の葉っぱだけ・・・。
その葉は、風の無い室内でふわりと浮くと、窓から外に出て行き、庭の緑に溶け込んだのでした。
「わぁ!やっぱりお似合いです!」
「あ、ありがとうございます」
照れくさそうに、はにかみながらお礼を言う万里子。それはいつもの午後のサロンでの
光景でしたが、ジルはこの日の万里子は少し様子がおかしいと訝しげな眼差しで
万里子を見つめておりました。
次々に送られる賛辞も、万里子の耳には入っていないようでした。
万里子の視線は、心と共に、空を彷徨っておりました。
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ヤンテの光が少し弱まり空が紫を帯びてきた頃、濃いオレンジの衣のまま、
万里子はそっと屋敷を抜け出しました。
なんとなく、ジルに後ろめたくてジルが用があると言って自分の塔に向かったのを見て
抜け出したのでした。
今はもうあの秘密のメモは存在しないので、万里子自身の記憶に頼るしかありませんでした。
キィ・・・
温室の扉を開けると、赤い光玉で照らされた温室の前に、長身のシルエットが浮かび上がりました。
「女性に待たされるのは初めてですよ」
包み込むような低く響く声が、万里子に話し掛けました。
細長いシルエットは、万里子の方に身体を向けて一歩一歩近づいてきました。
目の前に現れたその人は、蜂蜜色の少しクセのある髪は少し長めのショートで、
その緩やかなカーブに沿って光を放っていました。
そして健康的な明るい肌色のなめらかな肌に、明るく鮮やかな緑色の瞳をしておりました。
うっすらと色づいた魅惑的な唇には常に微笑みを浮かべ、身体全体から漂う雰囲気は
艶やかで華やかなもので・・・その圧倒的な雰囲気に万里子は口をあんぐりとあけました。
ば、薔薇だ!!!万里子の頭に真っ先に浮かんだのは咲き誇る薔薇の花でした。
この世界に薔薇があるかわからないけれども、これが日本の漫画の世界だったら
確実にこの人は背景に薔薇を背負って登場する。そんな感じの男性だったのです。
ジルの美しさとはまた別の魅力がある男性・・・・
その華やかさに圧倒されて、目を見開いて驚いていると、
「私の名は、ルヴェルといいます」
その華やかで美麗な顔を、万里子の目線まで下げて目の前で妖艶に微笑みました。
呆けていた万里子の頭に、その名が引っかかりました。
ルヴェル・・ルヴェル・・どこかで聞いたような・・・・。
答えがすぐそこまで出てきているような気がするのですが、頭の中はもやがかかった
ように、答えをぼんやりさせています。
「やはりもう少し赤い方が似合うかな」
「あ!」
『ルヴェル様が、次はもっと赤い衣を用意するとおっしゃっておいででした』
先ほどの、少女の言葉を思い出しました。
「このドレス!ありがとうございました!!」
深々と頭を下げる万里子を、ルヴェルはその身を屈ませたまま、とても興味深そうに
見つめておりました。
万里子は名乗っていない事を思い出し、再度お辞儀をしました。
「すみません、名乗らなくて・・あの、マールといいます」
「マール」
「はい」
「とても強力なムバクに魅入られたようですね」
「は?む、ばく・・?ですか?」
「その胸のシルシですよ」
「失礼」そう言ってルヴェルはそっと万里子の胸元の生地を少しだけ、押し下げました。
「それはムバクの仕業でしょう?」
今日の衣は、少しだけ胸元が緩くなっているデザインでした。
お辞儀をした時に、いつもならしっかりと衣に隠れている赤い星が、チラリと見えていたのです。
てっきり虫刺され痕だと思っていた万里子は驚きました。
それが、今日初めて会った人に突然聞き覚えの無いモノの仕業と言われ、万里子は眉を顰めました。