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12.胸に赤い星を

目の前には、大きな、大きな、鬱蒼とした森が。

ヤンテはもう、空でかなり光を弱めて赤褐色のような色で薄ぼんやりとしておりました。


木々が枯れ、荒れた大地の中を移動してきて辿り着いたその場所はきっと緑生茂る

豊かな森。

それがこの暗闇で、黒々と覆いかぶさるように見えました。


「ここからが、私の領地です。結界を張って守っていますから、木々もヤンテが

消える前の状態を保っているのですよ」


足を踏み入れると、砂利で痛かった足が草の優しい感触で包まれました。


解放されたスホが、挨拶をするかのように万里子の頬に鼻を押し付け、その後

軽やかな足取りで森の中に入って行きました。

残されたふかふか浮いている馬車も。自力でふかふかとスホとは別方向に消えて行きました。


残された万里子とジル。


「さぁ。屋敷に案内します。

・・・その前に。はっきりさせておきたい事があります。

私は、あなたを召使として置こうなどと思ったのではありません。自分の屋敷の

ように、思って滞在してくれれば良いのですよ」


てっきり召使として働くのだと思っていた万里子は驚きました。


「で、でも!」


「これは、決定事項です。私の気持ちは変わりません。あなたが来てくれて、

・・・嬉しいのです」


暗闇で、ジルの表情は全くわかりませんでしたが、最後の言葉は笑みを浮かべているかの

ように少し弾んでおりました。


「ありがとう・・ございます」


「では、参りましょう」



ジルの屋敷は、ジルを建物で表したかのような外観でした。


ヤンテが薄ぼんやりとしているだけの、この空間でも青白く暗闇に浮かび上がりました。

それは沢山の塔を持つ、入り口や窓に繊細な彫刻を施した大きな屋敷・・

「雪の彫刻みたい・・・」

その近寄りがたいまでの美しさに、圧倒されます。


「さぁ。こちらです。あなたの世話をする者を紹介します」


そっと優しく背中を押され、万里子は今日から住む事になった新しい家に迎え入れられたのでございます。



屋敷の中は、壁も淡い水色でテーブルや棚などは華奢な足のついた装飾の美しい

ものでした。

天井が高く、上からは様々な大きさの光を放つ丸い玉が浮かんでいて屋敷の中を

明るく照らしておりました。


万里子の世話をする者は、「シアナと申します」と名乗りました。

シアナもジルのように色が白く、青い髪の美しい女性でした。


「今日は疲れたでしょう。ゆっくりお休みなさい。シアナ、部屋に案内して差し上げて」


「畏まりました」


案内された部屋は、30畳ほどもございました。

やはり足のついた華奢な造りの家具に、高い天井近くでふかふか浮く光玉・・

他の部屋と違う印象を持ったのは、家具が全て角が丸い事でした。

部屋の奥中央に置かれているベッドらしきものも楕円形をしており、上に

お布団らしきふかふかポケットが乗っていなければ巨大なローテーブルだと

思うようなものでした。


ベッド・・・?


そう思うと、急に疲れが出てきました。


今日は万里子にとって、長い、長い1日でした。

普通に過ごせると思っていた親戚宅の法事が一転、異世界で巨大ポケットの中で

眠ろうとしているのです。


とにかく、眠ってしまおう・・これは、長い長い夢なのかもしれない。

そう思ってベッドに向かいます。

さて、眠ろう。としたところで、パジャマが無い事に気付きます。

シアナはもう下がらせてしまいました。

クローゼットまで歩く元気もありません。疲れを意識した体は、もう鉛のように重くなっていたのです。

結局時計をサイドテーブルに置き、その場で下着姿になって巨大なポケットの中に滑り込みました。


すると、5秒も経たずに、万里子は夢の中へと旅立ったのでございます。



万里子が眠ると、天井付近で浮いていた玉も光を弱めました。



その時、サイドテーブルの上の万里子の腕時計の蓋がカチリ。と開きます。


中からはするすると、細いが意志をもったような煙・・段々大きくなり、やがて

人の形を取りました。


「だから、すぐに会えると言っただろう?」


現れたのは先ほど別れたばかりのイディ。


室内の変化にも気付かず、眠り続ける万里子の傍にそっと腰掛けます。


あどけない寝顔だ・・・

思わず、その頬に指を滑らせ、万里子の肌の柔らかさを堪能します。


そして・・・小さく、小さく呟くイディ・・・


「・・・無理、か」


実は万里子の夢の中に入ろうとしたのでした。

が、ジルの言った通り術が効かないようでございます。


「マールの身体に直接触れる術は効かないのか?ならばこれはどうだ?」


そっと、顔の右側を隠していた髪をかき上げ、右目を露にしました。

藍色の左目に対して、右目は漆黒・・・闇の、色をしておりました。


そっと、意識の無い万里子の手を取り、その手の平に唇を当てます。

漆黒の瞳は、万里子の顔をじっと、じっと見つめたまま・・・・・


「視えた・・」


イディの右目に、万里子の今見ている夢が映ったのでございます。

万里子は、夢の中に入ったばかりのようでした。

真っ白の空間の中、出会った時のようなこの世界では見ない奇妙な格好を

しています。

段々、夢が形作られていきました。背景に、ぼんやりと風景が出来て・・

その、形が出来上がる前に、イディが話し掛けました。


「マール」


一瞬にして、出来かけていた背景が消えました。


よし、声は聞こえるようだ。夢の世界が出来上がってからでは、接触は難しい。

後は声をかけ続ければ・・・


イディはそのまま、万里子と「マール」と呼び続けました。


再び、背景が形作られていきます。

ですがそれは、先ほど作りかけていた見知らぬ風景ではなく、先ほどまで一緒だった

ジルの馬車の内装でした。


あと少し・・

「俺だよ。イディだ」


そう、手の平越しにイディが言うと、夢の中の万里子の隣に、ポン!とイディが

登場しました。


自分の声を聞かせる事によって、万里子自身の力で夢にイディを登場させたのです。


ふふ。うまくいった。

手の平に口付けたまま、ひっそりと笑みを浮かべ、夢の中に登場した自身を使って

万里子に話し掛けました。


「マリコ、だね?マールとは誰がつけたの?」


「ジルさんが・・あれ?イディさん、帰ったのではないのですか?」


「そうだね・・マリコと話がしたくてね」


「でも私、マールという名に慣れなきゃいけないんです」


「どうして?」


「私は・・いらない『マリコ』だったから・・」


「いらない?『必要なマリコ』はどこへ行った?」


「んーー、多分、宮殿に?」


傍から見れば、眠る恋人の手にキスをしているような・・この光景は、一晩中続いたのでございます。


室内が、少し明るくなってきた時、やっとイディは朝が近づいている事に気付きました。

万里子との会話は、時間を感じさせずとても楽しいものでした。

ですがもう止めなければいけません。万里子が起きてしまいます。


そっと、手の平から唇と離しました。


「これは、オマケだ」


そう言うと、そっと顔を伏せ・・・少し覗かせていた万里子の胸元に近づきました。


万里子の、胸のふくらみがちょうど始まろうとしているその柔い青白い肌に、

そっと、吸い付いたのでございます。


ちゅ。小さく音を立てて唇と離すと、そこには小さな赤い星が・・・・

まるで、朝方の濃い霧の中にぼんやりと見える、ヤンテのようでございました。



イディは一体何者!?

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