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未来商会奇譚

サジタリウス未来商会と「願いの重さ」

高田という男がいた。

年齢は50代半ば。製造業の小さな町工場を経営しているが、近年の不況で経営が傾きつつあった。


「家族を守るために、なんとかこの工場を立て直さなければ……」


高田は昼夜問わず働き続けたが、状況は一向に改善しない。

融資を受けようにも、銀行は冷たく、取引先も手を引き始めていた。


「いっそ、何か奇跡が起きてくれれば……」


そんな思いを抱きながら帰路についた夜、彼は薄暗い路地の奥で奇妙な屋台を見つけた。


それは、古びた木製の屋台だった。

手書きの看板にはこう書かれている。


「サジタリウス未来商会」


「未来商会……?」


高田は不思議な名前に引き寄せられるように屋台へ近づいた。


屋台の奥には、白髪交じりの髪と長い顎ひげをたくわえた初老の男が座っていた。

その男は、高田を見てにやりと微笑んだ。


「いらっしゃいませ、高田さん。今日はどんな未来をお求めですか?」


「俺の名前を知っているのか?」


「もちろん。あなたが抱えている悩みもすべてお見通しですよ」


サジタリウスと名乗るその男は、懐から奇妙な装置を取り出した。


その装置は、手のひらに収まる小さな秤のようだった。

片方には光る皿があり、もう片方には小さな鍵がぶら下がっている。


「これは『願いの秤』といいます」


「願いの秤?」


「ええ。この装置にあなたの願いを込めると、その願いの実現に必要な代償を計り、実行するかどうかを選べます」


高田は眉をひそめた。


「代償だって?願いを叶えるのに何か差し出す必要があるのか?」


「当然です。何かを得るためには、何かを失う。それがこの世界の仕組みです。ただ、この秤なら、あなたが差し出すものの重さを正確に測った上で選択することができます」


高田は考え込んだ。


「本当に工場を立て直せるなら、試してみる価値はあるかもしれない」


彼は秤の光る皿に手をかざし、心の中で願いを込めた。


「工場の経営を立て直し、家族を守りたい」


すると、皿が輝き始め、もう一方の皿に何かが現れた。


それは、高田の「時間」だった。


具体的には「残りの寿命の5年」という数字が浮かび上がっていた。


「これが代償……?」


サジタリウスは静かに頷いた。


「その通り。あなたの願いを叶えるためには、5年分の寿命を差し出す必要があります。もちろん、実行するかどうかはあなた次第です」


高田は躊躇したが、決断した。


「家族のためだ。5年くらいなら構わない」


彼が皿の鍵を回すと、秤が消え、その場に暖かな光が広がった。


翌日、奇跡が起きた。


工場に新たな大口の取引先が現れ、資金繰りもスムーズに進み始めたのだ。

さらに、以前断られていた融資も突然認可され、工場は息を吹き返した。


「本当に願いが叶った……」


高田は感激し、その後も秤を使い続けた。


次に彼は、「家族が健康で幸せに過ごせるように」と願いを込めた。


皿に現れた代償は「1年間の自身の健康」だった。


「1年くらいの健康なら、なんとかなるだろう」


彼は鍵を回し、再び願いを叶えた。


家族は全員元気になり、以前よりも笑顔が増えた。


だが、その代償として、高田自身は体調を崩し、薬が手放せなくなった。


その後も、彼は秤を使い続けた。


「事業をさらに拡大したい」「家族の将来を安定させたい」――彼の願いは次々と叶ったが、そのたびに代償は大きくなり、彼自身の生活は次第に苦しくなっていった。


ある日、彼はついに最後の願いを込めた。


「自分自身の幸福がほしい」


皿に現れた代償は、彼がこれまで積み上げてきたすべての成果だった。


「工場も家族の笑顔も、すべてを失うことになる……」


高田は悩んだ。


だが、自分の心がもう限界だと感じた彼は、鍵を回してしまった。


翌朝、高田は目を覚ました。


工場は消え、家族もいなくなり、小さなアパートの一室で一人ぼっちになっていた。

彼の人生はゼロからのスタートに戻っていたのだ。


だが、奇妙なことに、彼の心はどこか穏やかだった。


「これで良かったのかもしれないな……」


彼は小さく笑い、また新しい人生を歩き始めることを決意した。


サジタリウスは屋台を片付けながら、静かに呟いた。


「人間はいつも願いを叶えたいと思うが、幸せとは案外、その途中にこそあるものかもしれないね」


そして、次の客を待つために、新しい路地へと姿を消した。


【完】

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